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走る皇女、再び

 城塞都市アゾナ周辺に出没する魔物とは、あの紅い戦士だろうか。

 肉片の山と化した蜥蜴の群だったものの前で考え込む。

 同型と見えた真紅の戦士――とりあえず、これも安直にブラッドと呼ぶ事にするが、このブラッドに対し、ダークからは一切反応が無い。そう、不自然なまでに。


 まぁ、ダークに関しては考えても仕方が無いところが多いので、気持ちを切り替えて、今後の予定を再検討する。

 まずは、別れてしまったパーティーとの合流だろう。

 彼らはアゾナに転送されている筈なので、その為にも、早く、地図と一致するポイントへ戻らなければならない。

 しかし、道は中々に険しそうだ。


 蜥蜴の残骸が放つ血の臭いにつられたのだろう。

 炎のようなたてがみを持った獣――炎狼と呼ばれるそれが、数匹現れていた。

 皇女ぼくの方をご馳走と見なしているようで、低く唸りながら、ゆっくりと近づいてくる。

 無論、皇女ぼくも温和しく彼らの胃袋に納まるつもりはない。

 バッグから魔戦器の一つを取り出す。

 本来、ダークの兵装として造ったものだが、セーラの躰でも使える。むしろ、魔力供給と言う点では、セーラ皇女に相応しい武装とも言える。


 炎狼達は、人間を襲うのが始めてでは無いらしく、剣や槍の間合いより、やや離れた距離までくると、それ以上、近づこうとせず、周辺をゆっくりと回り始めた。

 しかし、皇女ぼくが選んだ武装は、もっと間合いが大きいものだ。

 先手必勝。

 皇女ぼくは、手にしたそれを一番近い炎狼に向けて振り下ろした。

 その炎狼は、あっさりとそれを――避けられなかった。

 単なる鞭なら可能だっただろう身のこなしだったが、束ねた革紐が展開し、いわゆる多条鞭となって、打撃の範囲が広がった為だ。

 鞭の間合いを読み損ねた事もあったかもしれない。

 今まで見たことが無いから、ナウザーに鞭の類があるかどうかは不明だが、使い手が滅多にいないことは違いない。

 そして、打撃をトリガーとして、鞭を電撃が覆う。

 炎狼は瞬時にして黒こげとなった。

 それを見た他の炎狼が怯んだようだった。

 もっとも、魔石に含まれる魔力も半減してしまった。

 しかし、今の電撃はデモンストレーションを兼ねて、わざと過大にしておいた為で、通常はこれの十分の一以下で使う武器だ。

 残りの炎狼を相手にするには充分過ぎる。

 むしろ、これで、手強いと見て逃げてくれればありがたい。

 目の前にいる群は、それほど飢えているように見えないし、もし、飢えていても、新鮮な蜥蜴の肉が散乱しているのだから、既に一匹を犠牲にした狩りを続ける筈が無い。


 皇女ぼくは、そう考えたのだが――逆効果だったようだ。

 仲間を殺されて、怯んだかに見えた炎狼達は、一斉に遠吠えのような声を上げた。

 ややあって、他の炎狼が次々に現れた。


 後で知ったことだが、炎狼は基本的にいくつかの集団で狩りをする獣だが、連帯意識は強く、一匹でも害された場合、周囲にいる仲間の集団を呼び寄せてしまうのだ。

 この時の皇女ぼくは、そんな事は知らなかったが、続々と数を増やす炎狼に、やむを得ない、と判断した。多少、オーバーキルになるが、この局面を打開するには他に方法がない。

 皇女ぼくは、素早くスカートとシャツを脱いで、鞭の魔戦器と共にバッグに仕舞った。

 そして、右手を目の前にかざして「位置」を譲る時の言葉を呟く。


交代リリーブ


 目の前の、美しい手が、手甲に覆われた黒く凶悪な手に変わる――筈なのだが、変化がない。


「あら?」


 ダークに交代できない。

 世界ナウザーが黒い戦士の顕在化を拒むような、この感覚は覚えがある。タイムリミットを過ぎた時と同じだ。

 だが、この数日、ダークに交代した事は無い。


(ひょっとすると……)


 さきほどまで居た、真紅の戦士を思い出す。

 同型のアレが同じ異界から来たとすると、その異界からの存在自体が世界ナウザーに顕在化できる時間に制約があるのかもしれない。

 言い換えると、ブラッドがダークの顕在化時間を食いつぶしてしまったのかもしれない。

 ……等と言うことを考えている余裕はなさそうである。

 皇女ぼくは、バッグをひっつかむと、身体強化の魔法を展開し、デジャブーを感じながら、回れ右をして走り出した。


 炎狼は四つ足の獣で、そのスピードは、いつかのゴブリンの比では無い。

 それが、とてつもない集団で追いかけてくるのだから、何回か、非常に危うい時があった。

 先頭を走る炎狼の息を、むき出しのお尻に幾度も感じた。

 身体強化の魔法に費やす魔力がみるみる減っていくのが自覚できた。


 一方で、炎狼は魔物ではなく、この世界ナウザーの、普通の生き物である。

 ゴブリンのようなスタミナはなかった。

 肉食獣は瞬発力に優れるが、持久力に乏しいとされるが、それは、この世界ナウザーでも同じだったようだ。



 なんとか、炎狼の群から逃げ切る事には成功した。

 しかし、代償は大きかった。

 闇雲に、かなりの距離を疾走したので、現在位置がさっぱりわからなくなってしまったのだ。

 そして、もう一つ、大きな問題があった。

 はっきり言うと、皇女ぼくの腹の虫である。


 大妙寺晶の躰でいる時に食事は済ませてはいるのだが、セーラ皇女の躰で食事をしたのは、ソルタニアで牢屋に入れられる前である。

 世界ナウザーから《位置》がずれている間は、時間が止まっているようで、顕在化しない限りは、食事や睡眠などの諸々の生理現象も停止している状況だ。

 皇都を出発以降、ずっと大妙寺晶でいたので、セーラ皇女の方は特に問題がなかったが、《交代》して、そろそろ数刻が過ぎ、くびれたお腹からは、やたらと大きな音が鳴りだした。


 セーラ皇女の意識は、真っ赤になって目を瞑って耳を塞いでいるような気配だ。

 じつのところ、魔力の消費の問題もあるのだろうが、セーラ皇女の躰の燃費は極めて悪い。

 一方、ダークはと言えば、食事、もしくは、それに該当する行為が不要なようである。あれだけの戦闘エネルギーをどこからどうやって補給しているのか、これも大きな謎だろう。

 合体(?)してからの各々の食事の事情は、こんなところだろうか。

 ちなみに出す方は――あ、いや、これは置いておくことにしよう。セーラ皇女の意識が次元を越えるレベルの金切り声をあげそうだ。


 ともかく、空腹で動けなくなるまで、さほどの時間はなさそうだった。

 皇女ぼくは服を着る気力も無く、全裸のままで座り込んだ。

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