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旅立ちと見える寂しさ

 ささやかな一つの出陣式があった。

 聖盾せいじゅん騎士団を退団した若者。

 その妻になる、元魔道騎士団のお姉さん。

 若者の弟で聖剣騎士団の見習いだった少年。

 傭兵部隊に所属していた、ごつい体格のおっさん。

 ソルタニアで名人と呼ばれた猟人の一番弟子と言う少女。

 ナウザー神殿の治療院で働いていた、治癒魔法の使い手と言う神官。

 この六人の集団が、皇都の城門から旅立つところだった。



 出陣式と言うにはつつましいものだったが、見送る人々の顔ぶれは豪華だった。

 ぼくは、エメルダ皇女に呼ばれて参加している。



「まだまだ未熟な連中だが、しっかり面倒を見てやってくれ」


 バンテス将軍がそう言うと、古い付き合いと言う元傭兵のおっさんが豪快に笑う。


「まかせろや、と、言いたいが、おれの方が面倒を見られる事になるかもしれねぇな。魔物相手ってのは、どうも勝手が違うからな」


「父の敵討ちでもあります。一匹でも多くの魔物を退治して、イズミットに思い知らせてやります」


 元騎士の若者が力強く、上司だった聖盾騎士団の団長にうなずいてみせる。



「気をつけろよ。まぁ、どんな獣だろうと、魔物だろうと、おめぇが遅れを取ることはないだろうがなぁ」


 猟人の世界で、名人芸を謳われた老人が孫のような少女の頭を撫でる。


「子供扱いしないでくださいよ、師匠」


 少女は頬を膨らませているが、老人の節くれだった手をはねのけるでもなく、撫でられるままだ。



「もう少しで、騎士になれるところだったけどね。ぼくの教え子の中で、一番の剣の使い手が居なくなるのは残念だよ」


 イケメンなイグニート卿が、少年に語りかける。


「ありがとうございます。団長から賜りました、この剣にかけて、聖剣騎士団の名に恥じぬように頑張ります」


 少年は頬を紅潮させて、イグニート卿を見上げて言った。


 その傍らでナウザー神殿の司祭と元神官は無言で礼を交わすのみだった。



 皇都周辺ではあらかた掃討されたとは言え、イズミットの魔道士が召喚した魔物の蠢動は、ソルタニアの国境を越えた各地で続いている。

 正規軍を向けると、国家間の紛争にもつながりかねない為、民間の武力集団として、この六人が赴くところだった。

 これから、この六人に続いて、いくつかの集団が見送られる事になるだろう。



「中隊長には本当にお世話になりました」


 サーシャさんの部下だったと言うお姉さんが、サーシャさんとの別れを惜しむ。


「頑張ってねぇ」


 急用でこの場に不在のサライさんの代理を務める、相変わらず、ぽわぽわなサーシャさんがにこやかに応える。


「頂きましたお守りは大事にします」


 あのお守りは、この人の為のものだったらしい。


「あんな機能までつけて頂いて、毎晩が充実しています」


 使ってるんですか!?


「義弟を入れても二箇所だけだったんですが、おかげで三箇所が同時に……」


 どういうプレイをしてるんですか!

 ……って言うか、何のお世話をしてたんですか、サーシャさん。

 色々とつっこみたいところを、後が怖いので、ぼくは、ぐっと我慢した。


「各神殿、及び、各地の猟人達や主だった傭兵団には連絡している。何かあったら、そちらを頼るとよい」


 おしのびと言う事で、少数の護衛をつれたエメルダ皇女が、励ましの言葉を送る。


「諸君の旅と戦いは、いままで誰も経験した事の無いものになるだろう。そんな未知の世界に赴く諸君に、私は《冒険者》の称号を送ろう」


 異世界ナウザーで、最初の冒険者が誕生した瞬間だった。




 ぼくらも、そろそろ、旅立つ時が近づいて来ていた。

 最後の準備をしなければならない。


 まず、セーラ皇女から送られたと言う荷物が、宮殿に届くように手配する。

 中身は、今までぼくが受け取っていた手紙を、そちらで受け取れるようにした転移魔法の魔道具だ。

 これで、ユリア殿下の朝の訪問が無くなると思うと、少し寂しい気がした。

 次に、先日出発した冒険者に続く準備をしているいくつかの集団のリストから、同行するに妥当な集団を選ぶ。

 セーラ皇女は候補を決めているようだが、もう少し検討するみたいだ。


 この頃に、サーシャさんには、ぼくの秘密の一部を打ち明けた。


「ばらそうかなぁ~、どうしようかなぁ~」


 と、顔を合わせる度に言われるので仕方が無い。特に、サライさんやエレナ、エメルダ皇女がいっしょにいる時に、プレッシャーを強める傾向があった。

 但し、同時に召喚された異界の戦士ダークのことしか話していない。

 セーラ皇女の方は、ソルタニアを離れるまで、誰にも言うわけにはいかない。


 どういう事態になるかが分からないので、黒い戦士に、実際に入れ替わってみせるわけにはいかず、口で伝えただけだったが、ドラゴンを撃退した時の目撃者の報告や、山賊の一件に関する報告を読んでいたらしく、どこまで信じたかどうかはわからないが、サーシャさんは、それ以降、その件に触れる事はなくなった。


 ちなみに、あの山賊のうちの数人が、皇都の繁華街の一角で、店を開いたらしい。

 店の名前が「目覚めた漢たち」とか何とか言う怪しげな飲み屋らしいが、恐ろしくて近づいた事は無い。

 初犯だったと言う事で、短い刑期で出てきたと聞いている。

 本当は別の事情で牢獄から追い出す事にしたとの噂もあったが、関係者の口が妙に重いらしく詳細は不明だ。



 そして、魔道騎士団では、ひと騒動がおこった。


「そんな莫迦な!」


 エレナが激昂している。

 西の塔の団長代行が詰めている執務室で、サライさんと言い合いになっているのを、清掃係として床を拭きながらぼくは眺めていた。


「セーラ皇女から、宰相閣下の要望を一部認めるとの手紙がありました。しかたありません」


 サライさんが、昨夜、セーラ皇女が悩みながら書いた手紙をエレナに示す。

 宰相閣下なる人が出した要望とは、魔道騎士団の指揮系統に関するものだった。

 魔道騎士団は《魔の皇女》たるセーラ皇女が創設した一団で、皇女の私兵に近い位置づけだったらしい。

 セーラ皇女、及び、皇女の信任者からの命令しか、動かす事はできない。

 魔物への対応はセーラ皇女からの手紙による承認で動いたもので、軍の命令に従ったわけではない。

 皇族とは言え、個人が所有する強力な武力集団と言う存在が、ソルタニアの政治運営には具合が悪いと言う事だろう。

 ソルタニアを離れるに当たって、セーラ皇女が悩んだ件のひとつだが、指揮系統を再編し、軍への編入を認める方向で結論を出したようだ。

 サライさんを正式に団長とする事を始めとして、いくつかの交換条件と引替えに、宰相閣下の要望を受諾する事が、その手紙には記されている。


 まず、人事権は魔道騎士団の独立性を確保した。

 これは、魔道士集団と言う特殊性から合意されたらしい。魔法の事がわからない人間が指揮官になっても弊害が大きすぎるというわけだ。


 次に、中隊長以上の軍紀に関する権限。

 ソルタニア軍に憲兵に該当する集団は創設されておらず、軍内部の揉め事は近衛騎士団の預かるところとなるが、その権限を魔道騎士団の指揮官にも付与する旨で、女性だけで構成された騎士団と言う特異性から、これも合意に達したようだ。

 これ以外は、軍の命令に対して拒否できなくなるわけだが、一方で、物資や他の騎士団からの支援は、今後スムーズに行くことになる。


 そして、制式部隊として、制服の着用が義務付けられる。

 ここが、ひとつの難点だったようだ。

 魔法衣のデザインはよくわからないが、平時は各団員が思い思いの服装をしていたので、受付けから見える銀の館の中は、騎士団と言う軍人の集団には、とても見えない。

 規律集団として、制服の着用義務はそれほど不合理な話では無い筈だ。

 問題は、女性向けの軍服が無い事だろう。


 この世界の女性向けの丈の長い衣類では、足回りの動きに支障が出てくる。

 従って、丈を短くする必要があるが、それだと(いろいろと)見えてしまう。

 パンティーに該当する衣類が無いのは、この世界で一般に流通する布が、若干肌触りの粗いものしか無い為、女性の敏感な部分が擦れてしまって苦痛になる、と、言う事情があるようだ。

 ただ、肌触りが良い布が、少なくとも一つは存在する。


「下履きについては、魔力布によるものが支給されます」


 と、サライさんが宰相閣下と言う人からの文書を示した。

 高価なものだが、軍服の機能と風紀の問題を考慮するとしかたが無いところだろう。

 エレナは不満そうだったが、セーラ皇女が承認したのであれば、と、言うふうで、矛先をおさめたようだった。



 数日後、練成場に新しい制服に身を包んだ魔道騎士団が勢ぞろいし、近衛騎士団の将軍から、軍を統括する元帥に昇格した《武の皇女》の閲兵を受けた。

 元帥に昇格する代わりに正式に皇位継承権を返上し、臣籍となった藍色の髪の少女は、今後エメルダ閣下となるが《武の皇女》の呼び名は引き続き使われる事になりそうだ。

 ぼくも関係者として、閲兵式の末席に身を置き、魔道騎士団の制服を見つめた。

 ワンピースではなく、腰から上と下が別になっているつくりで、シャツと、丈の短いスカートのような感じだ。

 一口で言うと、セーラー服を思わせるデザインだった。

 足が露出しているせいか、団員の女の子やお姉さんは少し恥ずかしそうにしている。


 この衣装については、宰相閣下が機能性を考慮して草案を出したと聞いており、その人に遭った事は無いが、多分、友人になれるかもしれないと、ぼくは思った。

 団員全ての胸に輝くペンダントには、セーラ皇女が送ってきた(ことになっている)魔石がある。

 皇女の支援魔力を肩代わりする魔石で、世界の漂う魔力を集める蓄電池のような機能を持っている。

 セーラ皇女が、今までの、短くはない期間をかけて作成した特殊な魔石だ。

 ようやく完成し、これで心残りは無くなったようだった。


 エメルダ閣下の訓示の中、不意に突風が吹き、団員の制服のスカートもどきがまくれ上がる。

 慌てて、何人かの女性達が裾を押さえつけるが、ぼくは、しっかりと、魔力の布越しのモロな光景を目にやきつけた。

 それはそれで良いのだが、パンチラとか、魅惑の三角地帯は望むべくも無いと言う事に気がついて、少し寂しい気がした。

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