召喚魔道士と走る皇女
質より量。戦いを決するのはともかく量。
巨乳は揉んだり、はさんだりするにはいいけど、走るのに邪魔。
このふたつを、今のぼくは痛切に感じている。
森の中を、青い髪の美少女が、裸で疾走している。その豊かな胸は揺れ、形の良い尻が弾む。
走っているのは、セーラ皇女、つまり、ぼくだ。
サライさんや、サーシャさんには及ばないものの、セーラ皇女の胸も豊満で、ゆさゆさ、たゆんたゆんするので、走りにくい事夥しい。
別にセーラ皇女がストリーキングな露出プレイに賛同したわけではない。
タイムリミットが過ぎてダークから交代したところで、衣服を着る暇がなかっただけだ。
かなりの時間に及んでおり、大妙寺晶の身体能力だったら、とっくに息が切れて動けなくなっているところだ。
疾走する、その後ろから、ゴブリンの大群が迫る。
いや、大群と言う表現がぬる過ぎるくらいの凄い数だ。
話は、時間を遡ったところからになる。
ぼくが考案した魔道具、というか、魔道爆弾はソルタニア軍に制式採用された。
魔石の連動と可燃物を調整して、いくつか種類があるようだ。
動きのすばやい魔物にも対応できるように、銃のアイディアを加味した射出装置とセットになるタイプが魔道騎士団には配備された。
魔道爆弾と言うより、魔道弾というべきだろう。
ぼくの名前にちなんで、「アキラ弾」と言う、あまり語呂のよくない名称が決定されたが、これは、サーシャさんがゴリ押ししたそうだ。
ただ、「アキラ」と「だん」と言う組み合わせが言いにくいらしく、末尾は「たん」と発音されがちになった。
つまり、耳で聞く限りはこんな感じになる。
「アキラたん、ひとつちょうだい」
「そのアキラたん、あたしのよ」
「いやん、このアキラたん、不発だわ」
と、いう会話が、魔物との戦いで、魔道弾を使用する『銀の館の騎士』の間で交わされる。
まぁ、こそばゆい感じがするが、女の子やお姉さんに言われるのは良しとしよう。
「おう、このアキラたん、いかすじゃねえか」
「そのアキラたんはおれのだぜ」
と、魔物退治に支援参加している傭兵部隊のいかつい面々が、野太い声で言うのは勘弁してほしい。
可燃物に油をつかった焼夷弾のようなタイプでスライムを焼き払ったひげ面のおっさんが
「見たか、魔物め。おれのアキラたん萌え~」
と叫ぶのを聞いた時は、思わず腰の後ろを押さえて逃げたくなった。
いや、それ萌えじゃなくて、燃え……っていうか、そもそも、表現おかしくね?
「亜人……いや、アキラ、よくやった」
と、機嫌が良いのは《武の皇女》こと、エメルダ殿下である。
常在戦場と言う信念に基づき、四六時中、魔法衣を着用するこの美少女は、ソルタニア軍の打撃力向上が嬉しくてしかたないようである。
「魔法が使えない兵士も魔物に対抗できるようになりましたから、魔道騎士団の方々も負荷が少なくなったのではないですか?」
と、言ったのは、イケメンな騎士団長のイグニート卿だ。
聖剣騎士団を始めとする制式部隊は宰相閣下と言う人の横槍で、未だに魔道騎士団に協力できないが、自由裁量が比較的大きい傭兵部隊を魔道騎士団に回すように働きかけたのは、このイケメンだそうだ。
「はい、一時期はどうなるかと思いましたが、おかげを持ちまして、団員は十分な休息が取れるようになりました」
魔道騎士団長代行のサライさんが肩の荷を降ろしたような、晴れやかな表情を知的な美貌に浮かべている。
「ただ、魔物を退治するのは対処療法にしか過ぎませんぞ」
と、若干、浮ついたような雰囲気になった会議の場を締めたのは、強面のバンテス将軍だ。
ここは、エメルダ皇女の執務室に続く会議室で、ソルタニア軍の面々が顔を揃えている。
魔道爆弾の発案者であるぼくも呼ばれてここにいる次第だ。
「確かに、姉上レベルの特別製では無いとは言え、魔石の在庫は無制限ではない。そろそろ、市民の生活に必要な分も不足しつつあるようだ」
エメルダ殿下が首肯する。
「根源である召喚士を何とかしなければならぬが?」
と、言って、藍色の髪の皇女は、銀髪の美しい騎士団長代行を見る。
「はい。手が空いた分を巡察に振り向けておりますが、未だに……」
サライさんの美貌に憂いが宿る。
召喚魔法は世界に働きかける魔法なので、発動自体はどこにいても察知できる。
しかし、それは、世界地図を見ながら町内の特定の家を探すのと同じで、実際に位置を突き止めるには、一定の距離で魔法陣の噴出する魔力を感知しなければならない。
魔物の出現位置が、それぞれ離れている為、おそらく、召喚魔法の術者は、移動を繰り返しているものと思われる。
対処は可能とは言え、被害が出ているのも事実。
このままでは、イズミットの再侵攻に対応するのも難しい、と、言う事で、会議を開いているのだが、中々に、これといった案が出てこない。
召喚魔法に関する知識は、ほとんど廃れているので、手がかりが無い状況だ。
ぼくの中で、セーラ皇女も悩んでいる様子である。
ダークは全く反応しない。
ぼくも、一応、意見を問われたが、魔力皆無なぼくは、魔法の事がわからないので、首を横に振るしかなかった。
結局、この場での結論は保留と言う事になった。
解散して、宿舎に戻る途中で考える。
(魔法が使えれば、何か役に立てるかもしれないけど、魔法が使えないんじゃ、そもそも、魔力を察知する方法なんかはわからないしなぁ)
と、心の中で呟いた時、「魔法がつかえない」と言う言葉に閃くものがあった。
駄目で元々なので、試してみる事にした。
魔道騎士団が、潜入した召喚魔道士を探すために取った手法は巡察の数を増やして召喚の魔法陣が発動する時の魔力を探すと言う正攻法だ。
ソルタニア皇国の版図は決して狭くは無いが、実験と後方攪乱が目的だとすると、潜伏地点は、皇都からあまり離れていない範囲と言う事である程度絞られてくる。
食料や水、その他の資材の入手を考慮すると、あながち的外れとは言えないだろう。
召喚魔法の使い手、つまり、生涯の大半を魔法の習得に費やした魔道士が、サバイバル技術を持っている可能性は低い。
潜入していると言う事は、ソルタニア国内事情に疎いと考えられるので、物や情報が集まる皇都か、その周辺を潜伏先に選ぶだろうと言うのが、イグニート卿やサライさん達の考えだ。
また、あまり田舎だと、よそ者は目立ちやすいという点を考慮すると、やはり、皇都周辺が潜伏先と言う可能性は否定できなくなってくる。
だが、皇都周辺といっても、それでも広大な範囲になる。
魔道騎士団が巡察を増やすといっても、中々ヒットしない。
そこで、召喚魔道士が召喚魔法を使う場所の選択肢を奪う事で、逆に待ち伏せできないかと思いついた。
ぼく自身、魔法に縁が無いと言う事実をトリガーに、魔法の発動を阻害する魔石に関するセーラ皇女の知識から考えついたのだ。
サライさんには悪いが、聞き及んだ巡察の周期や範囲を、こっそりとリークする。
魔道騎士団の面々に内緒にしたのは、かりにも騎士たる彼女達が、かませ犬のような任務を納得しないと考えたからだ。
特にエレナなどは激怒しそうだ。
しかし、これだけで、召喚魔法を行う予想地域を巡察予定区域以外に絞り込む事ができる。
そこから先は、魔道騎士団に内緒にしている関係上、ぼく……と、言うより、セーラ皇女の仕事になる。
後は、巡察予定から外れた地域に、魔法発動を阻害する魔石を見つからないように、いくつか設置する。
そうして、召喚魔法の発動が可能な地域を絞り込み、そのうちの一つを監視する。
幸運にも二日目で、ソルタニアに潜入した召喚魔道士が召喚魔法を行使しようとする所を補足した。
「魔の皇女! 行方不明と聞いていたが、生きていたのか」
召喚魔道士は、信じられないと言う様子で、自分の前に立ちふさがったセーラ皇女に交代したぼくを見ていた。
人形のように整った顔だが、性別がわからない。
「まぁ、よい。ここでお命を頂戴すれば、同じ事」
そう言って、召喚魔道士は、着ていたローブの前をはだけた。このローブが魔法衣らしい。セーラ皇女の視点で、ようやく見る事ができた。
召喚魔道士は、ローブの下に何も身につけていなかった。
豊かとは言えないが、それなりに形の良い胸、そして、股間には見慣れたものがぶらさがっている。
両性具有のその身体には、一面に、魔法の紋様らしい刺青があった。
その、紋様に光が滲む。
次の瞬間、ぼくの前に、魔法陣が出現した。
早い。詠唱の変わりに、身体に刻んだ紋様で召喚を行っている。
魔法陣から魔力が噴出し、三つの首を持つ獣が姿を現す。地獄の番犬ケルベロスだ。
一方のセーラ皇女も衣服を脱ぎ出す。
魔法陣とかケルベロスが居なかったら、露出合戦だなぁ、などと、大妙寺晶たるぼくは、呑気なことを考えた。
召喚魔道士も、訝しげに眉をひそめ、次の瞬間、驚愕に目を見開いた。
美しい身体を惜しげもなくさらした青い髪の少女。
その姿が、瞬時にして、見慣れぬ、漆黒の戦士となったからだ。
異界の戦士ダークたるぼくは、兵装を使う事無く、その手甲に覆われた拳で、ケルベロスの三つの頭を叩き潰した。
瞬殺である。
「ほほ、なるほど。皇女殿下が行方知れずになったのは、それが理由ですか」
召喚魔道士は、何か一人で納得していた。
「黒き戦士よ。私にはお前を打倒する強さの魔物は呼べぬ。しかし、こういう事はできるのだぞ」
そのほっそりした身体を覆う紋様が強い光を放つ。
明確な攻撃を受けていないので、ダークの意識は様子を見ているようだ。
魔物と人間を別々にカテゴライズしているのか、ケルベロスとは別目標に扱うようだ。
あるいは、先日の一件が影響しているのかもしれない。
そして、魔道士は手にした短剣で、自身の形の良い乳房の中央から下腹部を、一気に切り裂いた。
鮮血と臓物が溢れ出すかと思われた瞬間、その肉体の裂け目が次元の裂け目になったようだった。
そして、ゴブリンが怒涛のように溢れ出す。
魔戦銃を弾切れになるまで撃ち、魔力剣を使い物にならなくなるまで振るい、強力無比な四肢で殴り潰し、蹴り潰す。
しかし、ゴブリンは途切れる事無く襲い掛かってくる。
召喚魔道士も、溢れるゴブリンの中に埋没する。
この時点で、ゴブリンの数が増えるのは止まったようだが、それでも物凄い数だ。
ダーク顕在化のタイムリミットを感じたぼくは戦略的撤退を選択した。
一瞬、抵抗する気配があったが、漆黒の戦士は、退路へと疾走し、ゴブリンの集団がそれを追いかける。
かくして、走りながらセーラ皇女に「位置」を譲り、揉むどころではなく、疾走を続けることになった次第である。
直接に行使できる強力な攻性魔法が無いセーラ皇女では逃げるしかない。
体力強化の魔法を使い続け、魔力切れになる寸前、ゴブリン集団の方がスタミナ切れを起こしたようで、なんとか逃げ切る事に成功した。
へとへとになったゴブリンの群れは、通報を受け、駆けつけた魔道騎士団と傭兵部隊に殲滅された。
召喚魔道士の生死は確認できていない。
後日、あの場所に行ってみたが、山のようなゴブリンの残骸に混じってナイフとローブの切れ端が見つかっただけだった。
しかし、この日以降、魔物による被害の報告は減少していった。
なお、通報した樵からは、ゴブリン集団の先頭を、人間離れした速さと一糸纏わぬ姿で疾走する痴女の目撃談もあったが、そちらについては、未確認扱いとされているそうだ。
その話を耳にした後、セーラ皇女からは、どよ~んとした気配以外は感じられなくなり、ぼくは、また、ユリア殿下の督促に悩まされる事になる。