凡人向けの兵装と魔女
報告のあった村の少し手前に到着したので、サーシャさんと共に、ユニコーンを降りる。
段々と薄暗くなっていく村の中を蠢く影がある。
村人は全て避難したと報告にあったので、暗くてよくわからないが、それらは全てオークなのだろう。
「ん~、逃げ遅れた人はいないようねぇ」
と、のんびりした口調で言うサーシャさんの眼が薄闇の中で、金色に光っている。
多分、探索系の魔法なのだろうが、怖いです。
その眼のまんまで、ぼくを見つめてくる。
いや、怖いんだってば。
光る眼自体もそうだが、その視線に込められた何かに抗えず、ぼくは、ユニコーンに括り付けた荷物を降ろす。
日頃、持ち歩いている包みが二つ。
一つは、ダークの副兵装―魔戦銃の弾丸と、その他の魔戦器の試作品だ。セーラ皇女が魔力を込めた魔石が使用されており、包んでいる布は魔力を隠蔽する効果があるそうだが、魔力とは無縁のぼくには、効果を発揮しているのかどうなのかはさっぱり分からない。
ちなみに、魔戦銃や、魔力剣はダークの鎧のハードポイントに装備すると、ダーク本体と共に「ずれて」しまう。
ぼくやセーラ皇女は自分の肉体しか「位置」を切り替えられないので、衣類とか装備は、問題があると、その都度なんとかしないといけないが、ダークは装備ごと「亜空間」だか「高次元」だかに持っていけるらしい。
ぼくや、セーラ皇女が、ダークと「位置」を交換する時は、大抵素裸になるか、衣類を台無しにするかしないといけないので、セーラ皇女は不公平だと不満のようだ。
何故か、ダークが「位置」を譲る時は、いつもセーラ皇女にバトンタッチするんだよなぁ。
ぼくとしては、直に揉むチャンスが増えるので、GJと言いたいのではあるが。
それはともかくとして、ぼくはもう一つの包みの方に手を伸ばす。
サーシャさんが意外そうな表情をしたようだった。
こちらは、皇都の魔道具を販売しているところで、基本的に市販品レベルの魔石で作られたものだ。
もっとも、いくつか、特別な注文はしているが……
やらなきゃ駄目?と言う思いを込めて、上目づかいでサーシャさんを見る。
サーシャさんは、おっとりと……怖い笑顔でそれに応えた。
その笑顔に見守られながら、ぼくは準備を始めた。
うまくいくかどうかは分からないが、とりあえず、やってみることにする。
いざとなったら、サーシャさんがフォローするだろうし、ぼくには、最後の手段があるのだから。
まず、村の家屋にいるオーク達を引きずりださないといけない。
両手をメガホンのような形で口元に当てて、
「お~い」
と、大きな声を上げる。
サーシャさんの笑顔が、ぴし、と引きつる。
ぼくらに気がついた様子で、村から蠢く影がわらわらと沸いて出て、こちらに向かってくる。
五〇を超える数だ。
その集団に向けて、包みから出した、大きめのバトン状の筒に貼ってあった封印の札を剥がして、そのまま投げる。
遠投とコントロールに自信は無いが、だいたい、狙い通りの位置に落ちる。
オークの集団のほぼ中心だ。
落ちた衝撃で、まず、結界の魔石が発動する。
結界と言っても、掃除等の埃を防ぐ為のもので、半径十メートル……ナウザーの単位では、五リークの範囲を埃とか粉末が、外に漏れないようにする魔法が展開される。
次にバトンに詰めた小麦粉に入れた風の魔石が発動する。
結界の中を小麦粉が舞い、煙幕のようになる。
最後に火の魔石が発動する。
粉塵爆発。
大気などの気体中に、ある一定濃度の可燃性の粉塵が浮遊した状態で、火花などにより引火して爆発を起こす現象で、多くの漫画や小説で使われた現象だ。
危機に陥った主人公が、突然に小麦粉とかパウダーの類を撒き散らすと、ああ、あれか、と、先が読めてしまうほど多用されている手法ではあるが、ぼくも臆面も躊躇いも無く使ってみた。
異世界であるナウザーでも発生するかどうかはわからなかったが、うまくいったようだ。
と、いうか、うまく行き過ぎて、轟音と共に爆風や破片がこちらまで押し寄せてくる、寸前で、サーシャさんが風の結界魔法を発動して跳ね返す。
「あー、びっくりした」
どきどきする胸を押さえて、荒い息と共に、ぼくが言うと
「びっくりしたのは、こっちの方よ」
と、サーシャさんが呆れたような、どちらかと言うと苦笑に近い表情で、ぼくを見ていた。
そして、オークの集団だったものを見ながら、ぼやくように言う。
「ん~もう。そういう手でくるとは思わなかったわ」
オークの集団は一発で壊滅したようだった。
「でも、これは凄いわねぇ。どんな仕掛けなの?」
好奇心も露に聞いてくる。
隠すつもりも無いので、先ほどのバトン状の筒の仕掛けを説明する。
但し、粉塵爆発の現象に関する説明をする時は、何となく今更のような気がしてしまったのはここだけの話だ。
「ふ~ん」
サーシャさんは、感心したような声を出した。
「これを使えば、みんな楽になるわねぇ。装備として検討してみるわ」
と、にっこり笑うお姉さんに、
「いや、これ以上、粉塵爆発を活用するのはちょっと……」
などとは言えませんでした。
「さぁ~て、予定が狂っちゃったけど」
そのまま帰るものと思っていたところへ、サーシャさんが言い出した。
「こっちも見せてもらうわよぉ」
と、残りの包み、つまり、魔戦器を入れてある方を電光石火の速さで取り上げる。
「あ、止めてください、返してくださいよ」
と、ぼくが取り返そうとするが、軽やかなステップでかわされてしまう。
なんだか、いじめっ子におもちゃを取られた子供と、そのいじめっ子のようなやり取りが続いた。
スタミナが先に尽きて、ぼくは座り込んでしまった。
ステップの度に、サーシャさんの巨乳や形の良いお尻が躍動するところを堪能したので悔いは無い。
ぼくの抵抗が無くなったところで、サーシャさんは、包みを開けて……すぐに閉じた。
「アキラちゃん、これ……」
「あー、ぼくの下穿きです。洗濯しようと思って入れてあるんです」
包みの中の魔戦器は、更に一週間ほど履き続けたぼくの下穿きを何枚か使って包んである。
ダークは気にしない筈だ。多分。
金髪のお姉さんは、さすがに、それ以上中身に触れようとせずに、ぽってりした唇を、ふてくされたようにすぼめて包みをぼくに返した。
この魔道騎士団最強の魔女は、明らかに何かを確信しているようだが、魔戦器、及び、ダークやセーラ皇女の件は、もう少し秘密にするつもりだ。
特にセーラ皇女の方は、明らかになってしまうと、色々と面倒な話になってしまう。
但し、ソルタニア聖皇国を離れて探索の旅に出る時、何人かには秘密を打ち明け、協力を依頼しなければならない。
魔道騎士団で言えば、サライさんと、このサーシャさんを候補とする方向でセーラ皇女は考えているようだ。
「まぁ、いいわよぉ~。そのうち、色々と教えてくれるわよねぇ」
すっかり暗くなってしまったので、灯りの魔法をつけて、帰投する準備をしながら、サーシャさんは言った。
今回は、おとなしく引き下がる、と、言うところだろう。
これから、銀の館まで帰り、オーク掃討の完了報告や、非難した村人への連絡、その他の仕事があるのだろう。
ぼくも荷物をユニコーンに括り付け、サーシャさんに手伝ってもらって、後ろに跨る。
「あ、そうそう」
急に、ぼくを振り返り、サーシャさんは言った。
思わせぶりに、左手でその豊かな乳房の片方を持ち上げてみせる。
「アキラちゃん、見えているでしょ」
その不意打ちに、ぼくは硬直した。
「え゛……っと、何の話かなぁ……」
冷や汗が滲み、眼が泳ぐのを自覚しながら、ぼくは、とぼけようとした。
「まぁ、私は気にしないから、いいんだけど~」
にこにこしながら、サーシャさんは続けた。
「あんまり、じらしちゃうとぉ――みんなにばらすわよ」
そう言った時の彼女の笑みは、まさに魔女そのものだった。