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還らない魔物

 サーシャさんが無詠唱で放つ炎の矢が三匹目のオーガに炸裂する。

 それを受けたオーガは即死したが、最後のオーガが横からサーシャさんに迫る。


「させるかよ!」


 エレナが詠唱していた魔法が発動し、風の刃が、四匹目のオーガの足を抉る。

 動きが鈍ったところに、サーシャさんが炎の矢で止めをさした。



「うへぇ~疲れた~」


 エレナがぐったりしたように行儀悪い格好で座り込んだ。

 いや、気持ちはわかるんですけど、魔法衣で、そんなふうに足を広げられると、いろいろと見えてしまって……大変よろしいです。

 そういう格好をすると言う事は、エレナの魔法衣はパンツスーツのようなデザインなのかもしれない。

 サーシャさんは、立ったまま、ぽわわんと周囲を見回している。

 一応、残敵の有無を警戒しているようだが、そんな風にはとても見えない。

 この人、普通の服を着ているほうがエロいよなぁ。

 と、言うか、オールヌードな女性の集団の中では、特定の人の色気って埋没してしまうのかもしれない。


 哨戒に行った女の子が戻ってきて、報告する。


「中隊長殿、今のオーガで、当該警戒地区の魔物は最後だったようです」

「は~い。じゃあ、一刻ほど休憩したら帰るわよぉ」

「はっ」


 隊員の方がキビキビしていて、軍人らしい。


「おい、荷物持ち、さっさと水と食いもんを寄越せ。気がきかねえなぁ」


 エレナが怒鳴るので、その荷物持ちである所の、異世界の亜人、大妙寺晶、つまり、ぼくは、水筒と携帯食の包みを行李から取り出して、偉そうな赤い髪の少女のところに持っていく。

 渡す時に、つい視線が……


「あ? 何見てんだよ、さっさと他のやつにも配れ」

「は、はい」


 慌てて、同じものを他の隊員にも配る。

 立ったままのサーシャさんにも持って行こうと近づくと、サーシャさんもいきなり行儀悪い格好で座り込んだ。

 つい、視線が……


「ふふ~ん」


 意味ありげなサーシャさんの含み笑いが聞こえて、ぎくりとして視線を上げる。

 にこにこと、ぼくを見上げているのだが、何となく、背すじに冷汗が垂れてきて、視線を合わせる事ができない。


「あー、お食事です」

「ありがと、アキラちゃん」


 サーシャさんは、にこやかに包みを受け取って、何事も無い様子で食べ始めた。



 配食を終わって、行李のところに戻り、自分の分を食べ始める。

 魔法衣自体は汚れたり、傷がついたりしているのかもしれないが、そのおかげで怪我をしている人はいないようだ。

 うららかな日差しの中、草原でお弁当を食べている魔道騎士団第一中隊プラス一名は、ピクニックに来たヌーディストクラブな女性の集団にも見える。

 もっとも、妙に生臭い魔物の血の匂いとか、あちこちに散らばる魔物の肉片が無ければ……の話である。


 魔道騎士団も面々も食欲が進まない様子だ。

 通常、召喚された魔物は、時間が経つか死ぬかすると、召喚元に還るそうだが、それらの残骸は、いっかな消える様子が無い。



 ヤンボルでの戦いから一月ほど。未だに魔戦器は完成をみないが、それどころでは無い事態が発生しつつあった。

 召喚魔法の発動がいくつか確認され、ソルタニア聖皇国の各地で魔物による被害の報告が上がってきたのだ。

 しかも、ヤンボルの戦場では、時間の経過と共に還った筈の魔物が、今回は消える気配も無く、そのまま活動をしているとの事だ。

 ソルタニアに限らないが、通常の軍隊は魔物相手の戦いを想定した訓練を受けていない為、唯一対抗手段を持つ魔道騎士団が対応を命じられているそうだ。

 そういう訳で、魔道騎士団最強の第一中隊が、団長代行補佐といっしょに、オーガが出現したと報告のあった地域に出動して、無事、殲滅したと言うところだ。

 ぼくは、魔戦器の資材調達で借りがあると言う事で、荷物持ちを命じられた次第である。


 エメルダ皇女から聞いた話では、ソルタニア軍首脳は、イズミットが遠距離召喚に続いて、新しい召喚技術を開発したものと見ているそうである。

 多分、現在はその実験と後方攪乱を兼ねて、ソルタニアに潜入した召喚魔道士が、見境無く召喚しまくっているのだろうと推測している。

 ソルタニアとしては、魔道騎士団に急場を対応させつつ、魔物に対抗する専門集団を育成する事を考えているらしい。

 軍隊よりは、獣を狩る猟師の手法が一番有効と言う意見が主流で、諸国の、その道の名人に連絡を取っていると言う事だ。

 そういう経緯なので、魔物退治の専門家、及び、その組織は、国家を跨って機能する方向になるだろうと《武の皇女》は見ている。


(そうすると、いずれ、ハンターとか、冒険者とか、ギルドとかが出来てくるのかなぁ)


 いよいよファンタジーだなぁ、と、呑気に考えていると、魔道騎士団が帰還する準備を始めたので、ぼくも慌てて弁当の残りを呑み込んで、空の行李を荷馬車に積み込んだ。



 ……と言う日が、十日間続いた。


「もう駄目」


 ゴブリンの集団を殲滅して、銀の館の前についた途端、ユニコーンから降りたエレナがぐてっとひっくり返った。

 いや、だから、そういう格好は……非常によろしいです。

 エレナだけでは無く、他の面々も疲労困憊という様子である。


「あらあら」


 サーシャさんだけは、相変わらず、ぽわぽわとして変わりが無い。

 出迎えたサライさんも美しい眉をひそめて考え込んでしまっている。

 とにかく、魔物の数が多いのだ。

 魔道騎士団の七個中隊全員が連日の出動でへばってきている。


「聖剣か聖盾の殿方を少し頂くわけにはいきませんの?」


 サーシャさんがサライさんに尋ねている。

 ただ、この人が言うと別の意味になりそうなんだよなぁ。



 ソルタニア軍の編成は大雑把に次のようになっている。

 主力部隊となる聖剣騎士団。騎士団と言いながら、機動力の騎士隊と、打撃力を重視した重装歩兵部隊で編成されている。

 そして、防御に特化して、通常は皇都の守護につく聖盾騎士団。

 皇族の護衛や式典の警備にあたる近衛騎士団。

 目の前でへばっている女性魔道士で編成された魔道騎士団。

 これ以外に警察に該当する衛士隊とか、命令伝達や連絡に特化した伝令隊とか、戦時に編成される傭兵部隊とか、そんなところだ。

 元々、神殿都市国家なので、軍事力はそれほど高くは無い。


「イグニート卿に話をしてみたのですけど、宰相閣下がどうにも……」


 武官だけで兵士や武器の貸し借りはできないらしい。このあたり、文民統制が出来ているといえるのだろうか。

 ただ、体制的に非常時を想定しているわけではないようだ。


 宰相という人の話は幾度か耳にしているが、未だに遭った事が無い。

 どうも、魔道騎士団とは仲が悪いような印象を受ける。


「ん~、閣下の要求を受けちゃったらぁ?」


 サーシャさんがそう言うと、サライさんはキッとサーシャさんを睨んだ。


「セーラ殿下が拒否したものを、私が受け入れるわけにはいきません」


 それを聞いた時、セーラ皇女の悩ましげなため息の気配を感じた。



 伝令が走って来た。


「南方の村よりオーク集団出現の報告がありました。『銀の館の騎士』の守護を求めております」


 ぐったりしていた魔道騎士団の面々がよろよろと起き上がる。

 しかし、中には立ち上がる力も無い女性もいるようだ。


「えっとぉ~、みんな魔力も使い切っちゃっているみたいだしぃ、無理しなくていいわよぉ。オークなら一人で何とかなるから」


 金髪のお姉さんは、隊員を押しとどめると、一人、ユニコーンに騎乗した。


「私も出ます」


 サライさんが自分のユニコーンに騎乗しようと厩に向かおうとした。


「え~と、団長代行が不在になると、何かあった時、不味いんじゃないかしら」


 サーシャさんは、そう言って、おもむろに、ぼくの方を見た。


「アキラちゃん、荷物持ち、お願いね」


 雰囲気はぽわぽわとして、巨乳はゆさゆさとして、美しい顔はにこにことしているが……有無を言わさない何かがあった。



 能天気な雰囲気の金髪のお姉さんは、団長代行以下の騎士団の面々を押し切る人でもあった。

 サーシャさんの騎乗するユニコーンは、黄昏の中を南方へと疾走する。

 ぼくは、サーシャさんの後ろに乗り、意外に引き締まった感触のある腰に手を回して、落ちないようにしている。


 聖獣ユニコーンは異界から召喚された一角種の子孫だ。

 親和性と言うのが高かったのか、その一角種はかなり長い間、ナウザーに滞在して、こちらの世界の馬との間に子供を設けたそうである。


 大雑把に言うと、他の世界から召喚された存在で、人々の役に立ったりするものを聖獣、害を為すものを魔物と呼んでいる。

 また、召喚された存在の区分として、意思疎通が可能で、文明があると思われる場合、その存在の召喚元を《異世界》、意思疎通が不可能な存在がやってくるところを《異界》とか《魔界》とか呼んでいるが、厳密に区分があるわけではないようだ。

 どうも、気分で呼んでいるような感じであるが、召喚魔法の書物が、おそらくは、イズミット以外の国では散逸してしまっているのが現状なので、名称を初めとするあれやこれやが曖昧らしい。

 魔物の種別や呼称も、その意味では大雑把らしく、今後育成される筈の魔物退治の専門家集団が、その辺りを体系立てていくだろうと言う話だ。



「ねえ、アキラちゃん」


 ユニコーンを疾走させながら、サーシャさんが話しかけてくる。

「エメルダ殿下から聞いているから、手の位置はそこから上とか下とかに動かしちゃ駄目よ」


(ぎく!)


 揺れるどさくさに……いやいや、しかし……と言う、ぼくの内心の葛藤を見抜かれていたようだ。


「それと~」


 やや垂れ目の、艶っぽい視線を肩越しに向けてくる。


「当てにしているからね~」


 そう言って、魔道騎士団最強の魔女が、ぼくを見ていた。

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