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暴走する狂戦士と山賊の悲劇

 ソルタニアの皇都から馬車で半日ほどかかる位置に、それほど大きくはない山がある。

 幼い頃の第一皇女セーラが両親の皇王、皇妃と共に、東方のゾーガ神殿へ赴く為、始めて皇都を出た時の野営地から、それほど、離れていない場所だが、人は元より、動物や昆虫も居ない静かな空間だ。

 長じて魔道を身につけたセーラが、転移魔法を使って、時々一人の時間を過ごす秘密の場所だと言う事は誰もしらない。


 動物や昆虫が居ないのは、周囲に仕掛けられた結界の魔道具のせいで、この結界は、元々人を寄せ付けない為のものだ。

 この場所に人が立ち入るのは、数ヶ月ぶりで、ここ数年で言えば、セーラ皇女以外で訪れた人間は、ぼくが初めてだろう。

 転移用の魔道具であるところの電子回路を思わせるような紋様がぎっしりと刻まれた輪を潜り抜けて、ぼくは抱えていた荷物を降ろした。


 深夜にわざわざ宿舎を抜け出したのは、ダークに使わせる武器としての魔道具……一応、魔戦器と呼んでいるけれども、これを作成する為だ。

 夜中に、セーラ皇女に「位置」を譲って、こつこつと組み立てていたのだが、最終調整は、かなりの魔力を込めた魔石を生成し、魔戦器に組み込む必要がある。

 奥宮でそれを行うと、魔力を察知されてしまうので、人里離れた、ここまでやってきたというわけだ。


 魔戦器が完成したら、イズミットを探る為に、いよいよ、皇都を離れる予定のようだ。

 セーラ皇女は。

 ぼくは、サライさんやユリア殿下と離れるのが気が進まないし、皇都でのんびりしていたいのだが、魔法衣の件を暴露すると言われては従うしかない。

 もっとも、何回かは調整する必要がありそうなので、今しばらく先の話になりそうだ。


 ナウザーの……と、言うか、ソルタニアには寝巻きに該当する衣装は、男女とも、丈の長い貫頭衣だ。

 ゆったりしたサイズなので、セーラ皇女と「位置」を変わる場合も着替える必要が無い。

 さっそくに、交代し、作業を開始する。



 魔戦銃。

 基本的に風の魔石を組み込んで鋼鉄の弾丸を発射する仕組みだ。

 ただし、連発する為の機構ができていない。

 多分、専門家の職人に設計からやってもらう必要があるだろう。

 某劇画のスナイパーで十三な人みたいに一発の弾丸だけで狙撃する分には、十分だが、もう少し検討が必要だ。

 現在の銃は、銃身内に施条ライフリングと言う螺旋状の溝を彫って、弾丸に旋回運動を与える構造になっている。

 サーシャさんにあけてもらった穴は非常に滑らかではあるけれども、このままだと命中精度がかなり落ちる。

 溝を切る以外の方法もあるようだが、どちらにしろ、ナウザーの加工技術では造れそうにない。

 そこで、螺旋運動を与える為の魔石をもう一つ装着する方向で検討しているが、各々の魔法発動のタイミングは調整を重ねる必要があるだろう。

 弾丸は銃身の口径との調整済みのサイズで、鋳型で作成している。

 火薬が不要なので、こちらは比較的簡単だった。


 次に、当初検討していた魔力剣。

 切断する瞬間だけ、魔法が発動していれば、魔力消費も何とかなりそうな気がして、色気過剰の天然美女サーシャさんにもらってきた剣に魔石を組み込んでみた。

 剣身に加わる衝撃をトリガーに、一瞬だけ、超高温の魔力が剣身を覆う仕組みだ。

 これも、試験を繰り返して、発動の調整が必要だ。

 剣自体も、素材の検討から練り直す必要があるだろう。


 剣はもう一振り、廃棄予定のナマクラなものを失敬したものがあって、こちらは、同じ原理で、風の刃を発生させる。

 魔力で斬るなら、剣自体に刃は必要ない。


 最後の「これ」は間違えて持ってきてしまったらしい。

 使われた場合に発動する仕掛けで振動する魔石を組み込んでみよう。

 返却した後に、いたずら程度にはなるかもしれない。

 これぐらいの息抜きは許されるだろう。



 作業を一応、完了して大きな息をつく。

 魔の皇女、セーラ・メルヴェル・ド・ソルタニアの生涯の中でも、一番、魔力を消費した作業のようだ。

 このまま、横になりたいほどだが、これをダークに使わせてみる必要がある。

 ダークに位置を譲ると衣服が弾けてしまうので、とりあえず(うひひ)脱ぐ事にする。


 衣服に手をかけた瞬間、意識を抑えつけられる感覚がある。

 こんなところで「あんな事」をされてはたまったものではないと言う事だろう。

 いや、ぼくもケダモノでは無いので、毎度毎度、リビドーに身を任せる事は無い。

 しかし、見るぐらいなら……


 貫頭衣をたくし上げて、頭から脱いだ、次の瞬間、セーラ皇女は、ダークに「位置」を譲っていた。


 不平とか不満と言う感情を遠くに感じながら、ぼくは、ダーク……異界の戦士の意識で、目の前の魔戦器を見る。

 現状の主兵装である大剣の状況とを勘案して、装備に加える判断を下す。

 魔石を組み込まれたそれらを無差別に、全て鎧に設置されたハードポイントに取り付ける。

 今回はテストが目的なので、取捨選択はその後になる。


(第一条件、兵装の有効性をテストせよ)

(第二条件、テストは、新たに装備した副兵装全て対象とする。例外は無い)

(第三条件、対象となった兵装は、目的・用途に従って使用せよ)

(第四条件、用途を果たさない、もしくは、試験の継続が無効と判断されるまで、選択した兵装を使用せよ)


 兵装のテストと言う前提条件に従って、次々に発令されるそれらのコマンドを確認する。

 夜明けには、宿舎に戻らなければならないので、時間的に無制限と言うわけには行かない。

 もっとも、ダークは顕在化にタイムリミットがあるので、問題は無いだろう。


 さて、テストだが……

 ぼくは、ちょうど良い標的がいるのを探知した。



 ソルタニア聖皇国は比較的治安が良い方に入る方だが、最近はイズミット侵攻に由来する大陸西域の荒廃の影響を受けている。

 難民や敗残国の兵士が山賊化するのは、避けられない。

 この商人と思われる馬車を襲っているのも、そうした山賊なのだろう。

 奪われて死ぬよりは、奪って生きるのを選択した人々だ。

 皇都の近くまで山賊が跋扈するのは、ヤンボル高原での戦いで、少なからぬ将兵が戦死した為、巡回の衛士が減っているのも要因のひとつだろう。

 この商人は、以前と同じ治安状況と想定して、夜に単独で馬車を走らせたのだと思う。

 現代社会のような情報ネットワークが無いナウザーでは、それも仕方が無いといえば、仕方が無い話ではある。


 セーラ皇女が対応策を考えているのを遠くに感じながら、ぼくは、そこに歩み寄っていった。


 商人は夫婦だったらしく、男の方は血を流して倒れており、それに女が取りすがっている。

 女が抱えている赤ん坊が火のついたような泣き声を上げているのが、煩わしくなったと見えて、山賊の一人が女に剣を振りかぶるところだった。

 ぼくは魔戦銃を兵装選択し、その山賊を狙って撃った。

 風の魔石の発動と共に轟音がして、弾丸が飛び出す。

 しかし、螺旋運動との連携がうまくいっていないようで、かなり離れたところに着弾した。

 魔石の発動は後付けで調整可能なようにしてるので、そのつまみを操作して、次弾を装着する。

 山賊達は轟音に驚いたように動きを止めている。

 距離も離れている事もあり、ナウザーの夜を照らすシャルーンの明かりだけでは、漆黒の鎧を察知できないようだ。


 山賊の一人が詠唱し、灯りの魔法である、かなり大きな光球がいくつも打ち上げられる。

 魔道士まで加わっていると言う事は、元々は敗残国の兵士だったのかもしれない。

 総勢七人と言うところだろう。

 灯りの光球は遠くからも見えるので、近くの衛士がいた場合、まずい事になるかもしれないが、逃げ足に自信があるのか、腕に自身があるのか、兵士だったとすると、多分、後者かもしれない。

 だが、ドラゴンとも渡り合う、このダークに対抗できる筈も無い。

 目的を山賊の無力化に設定したままで、次弾を発射するが、またも大きく外れてしまう。


「いたぞ!」


 見つかったようだ。

 だが、ぼくの歩みの速度は変わらず、つまみを再調整し、弾丸を装着する。

 飛来する何かを察知して、銃身で打ち払う。

 山賊の一人が矢で狙撃したようだ。

 この距離で当ててくるとは、かなり腕の良い射手のようだ。

 その射手に標的を変更し、発射する。


「ぐあっ」


 腕を押さえて、弓を取り落とすのが見える。

 心臓を狙った筈だが、まだ命中精度が足りないようだ。


 ……って、殺しちゃ駄目だろう。

 山賊から攻撃を受けた瞬間、目的が無力化から鏖殺に切り替わったのを感じて、ぼくは慌てた。

 目的を無力化に再設定しようとするが、ダークは受け付けてくれない。


 対象が魔物であれ、人間であれ、敵性分子は全て殺すと言う意思を持つ異界の戦士。

 殺人に禁忌を持つ、現代日本の高校生。

 ぼくとダークの意識がずれる。

 そして、大妙寺晶としてのぼくは、主体の意識から外れてしまった。


 銃については、だいたいの癖がわかった。これ以上は調整レベルでは命中精度は上がらないのがわかる。

 魔石のレベルから作り直す必要があるようだ。

 試験の継続が無効と判断しパージすることにして、ダークは銃を近くの草叢に放り投げた。


 高温を発生する魔力剣を兵装選択する。

 主兵装と同じ近接戦闘用である事を確認。

 有効距離がかなり離れていると判断し、それまでの歩みを疾走に切り替える。

 ダークは、凄まじい加速で、瞬時に山賊達の元へと辿りつく。


 目的は鏖殺だが、前提条件が兵装のテストなので、まずは、山賊達の剣を狙って、魔力剣を振るう。

 一合した瞬間に、超高温の熱が、相手の剣を溶かす。

 剣を抜いていた五人は、溶け落ちた自分の剣身を見て腰を抜かした。

 魔道士は攻性魔法を使えないようで、とっくに腰を抜かしている。

 弓の使い手は、腕を押さえてうずくまったままだ。


 魔石の発動に問題は無いようだ。

 しかし、超高温の発動と発動の間が短すぎたのか、魔力剣自体も溶けてしまっている。

 これは素材から検討しなければならないだろう。

 用途を果たさない兵装と判断し、パージする。


 山賊達は全員、戦意を失っているが、目的は達成されていない。


 現代日本の高校生である大妙寺晶としてのぼくとしては、ここまでで十分だと認識している。

 いや、相手に戦意があろうが、なかろうが、殺人の禁忌を犯すつもりは無い。

 ここ、異世界の価値観がどうであってもだ。

 これ以上は単なる殺戮だ。


 しかし、異界の戦士ダークは、一度、敵性に分類された相手は殲滅しなければならないと言う認識だ。

 タイムリミットがくるまで、その行動を止めることはできない。


 セーラ皇女の意識もダークを抑えようと全力を振り絞っている。

 しかし、ぼくとセーラ皇女の二人がかりでも、ダークを抑える事はできない。

 セーラ皇女は「位置」を奪おうとしたが、ダークは簡単にそれを跳ね除ける。

 ダークにとって、自分でも変更できない自身のルールが有り、それを遵守する事は異界の戦士にとっての至上命題となっている。


 そして、ぼくは、最後の力を振り絞って、兵装選択に介入した。


 それらの内部での葛藤は、外から見るとほんの短い時間だっただろう。

 命の危機を感じただろう山賊達は悲鳴を上げた。

 ダークは、そんな山賊達に何の感情も持たずに、選択した兵装を山賊達に見せ付けるようにかざした。



 そして、しばらく動きを止める。

 その兵装の使用方法について、検索する必要があったからだ。


 山賊達の悲鳴がひときわ高くなる。

 ある意味、命の危機以上に危険なものを感じている様子で漆黒の戦士の手にある凶悪な形状の「それ」を見つめている。


 そう、それは、装着した兵装の中でも、一番、グロテスクな形状だろう。

 節くれだっており、筋が浮いている……安産祈願のお守りだ。

 荷物をいっしょくたにして持ってきたので、紛れ込んでしまったものだ。

 ぼくやセーラ皇女の知識から、このケースにおける当該兵装の目的・用途を検索する。

 感情を持たない筈のダークが、一瞬、この兵装のテストは放棄したいと言う衝動を覚えたような認識があった。

 しかし、一度装備した兵装はテストの対象としなければならない。

 例外はない。

 腰を抜かしたまま、腰の後ろを両手で押さえ、顔面蒼白でいやいやをしながら後すざりする山賊達に向かって。

 漆黒の戦士はゆっくりと歩き出した。


 最後に残った風の刃の剣を装備する前に、ダークが顕在化できるタイムリミットが来た。



 後日談としては。

 生き残った商人夫婦からは、漆黒の戦士の動きが、それまでと打ってかわって、非常に不本意そうな、億劫なものに変わったと言う証言が残っている。

 途中で耳を塞いで目をつぶったので、それ以降の詳細はわからないそうだ。

 山賊達は全員がソルタニアの衛士に捕縛されたが、当分の間、痔に苦しんだと記録されている。



 あのお守りは、綺麗に洗い、セーラ皇女が魔法で浄化した上で、こちらから出向いてサーシャさんに返してしまった。

 振動の魔石は未だに発動するようだが、サーシャさんがそれをどのように扱ったかは知らない。


 異界の戦士ダークは「自身のルール」を少しばかり見直しているような気配である。

 ダークに「位置」を譲るタイミングは慎重に図る必要があるだろう。

 セーラ皇女は、何だか頭を抱えているような感じで、ユリア殿下の手紙の催促にも応える様子が無い。

 魔戦器の完成はもうしばらく延期になるようだ。

 ぼく、こと、大妙寺晶は、と言えば。

 あまり思い出したくない一件だったが、誰も死ななかった事で、良しとしている。

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