期待はずれと魔道具
ぼくは観念した。
今度こそ、サライさんを始めとする魔道騎士のみんなに嫌われてしまう。
できの悪い弟のような扱いだったが、そこそこの好意は受けていた筈だったのに、それらが全て失われてしまう。
何よりも、目の保養ができなくなる……
蒼白になったぼくを放置して、エメルダ皇女はなにやらごそごそやっていたが、魔法衣のまんまで、こちらに向き直ると、左の掌をこちらに向けた。
「拳で打ってみてくれ」
わけのわからないままにへっぴり腰のテレフォンパンチを、差し出された掌に打ちつける。
掌と拳がぶつかるパチンと言う音が響く。
「やはり、そうか。魔法衣はある意味最強の防具なのだが、お前はそれを素通ししてしまう力があるようだな」
興奮したように、エメルダ皇女が言った。
「では、これで突いて見ろ」
エメルダ皇女は短剣を渡してきた。
「軽くつつくだけだぞ」
と、また、掌を向けてくる。
言われた通り、そっと、短剣でつつこうとするが、掌の手前で何かに当たっている感じだ。
「う~む、お前の能力は武器には反映されないようだな」
腕を組んで考え込んでしまった。
美少女が裸で腕組みをして考え込んでいる図は、微妙に艶かしい。
見えないので、良くわからないが、魔法衣と言うか、魔法布で作られたグローブみたいなものを左手にはめていたらしい。
魔力の布は、ナウザーの人間なら全て持っている魔力に反応する。
ぼくは魔力が皆無なので、それが見えないし、どうやら触れる事もできないようだ。
それはぼくの魔力が皆無と言う身体に限った現象のようで、間に他のものを介在させて、ようやく魔法衣に触れる事ができる。
或いは薄い手袋をすれば、魔法衣の形状とかは手探りで知ることはできるかも知れない。
エメルダ皇女は、ぼくがさわれない事には気がついたが、見えないと言うか、透視していることには気がつかないようだ。
人間は目に見えているものをまずは信じる。
自分に見えているものが、他の人には見えていないと言う事は中々気がつかない。
特にぼくは視力を失っているわけでは無いから、余計にわからないだろう。
(助かった)
と、安堵した。
「どうやって、魔法衣の防御を浸透させているんだ」
エメルダ皇女が顔を上げて尋ねてくる。
「体質……としか言いようがありません」
事実をそのまま述べる。
「むぅ。現在で最も強力な鎧たる魔法衣を打ち破る存在と言う事か」
こちらを見つめる視線に剣呑なものが混じってくるような気がした。
「ばらしてみれば、何かわかるか……」
物騒な事を言い出してくる。
「まぁ良い。恩人を殺してしまうわけにもいかぬし、軍への応用はまた考えよう」
どうやら、防具としての魔法衣を無効にすると言う事実を軍事的に何とか利用できないかと言う事しか念頭になかったらしい。
暗殺者が隠し持っていた武器を見つけた状況を加味すれば、気づきそうなものだが、軍事優先の考え方しかしない《武の皇女》で助かったと言うべきだろう。
美しい顔に残念そうな表情を浮かべるエメルダ皇女を見ながら、ぼくはそう思った。
(本当にこの子は脳筋ね)
と言うセーラ皇女の、ため息混じりの呟きを聞いた気がした。
「ところで」
とエメルダ皇女が話題を変えてきた。
「武器に使える魔道具について考えているそうだな。お前の部屋を掃除していた侍女からそう聞いたぞ」
机の上のメモを見られたらしい。
「ええ、まぁ」
「武力の向上を考えるとは感心だ」
上機嫌で《武の皇女》は、うむうむとうなづいている。
素っ裸の美少女が偉そうにしている図も、これはこれで有りかもしれない。
「軍の方でも研究はしているが、魔道具の利用は難しいものがあってな。中々うまくいっていないのが現状だ」
魔道具は本質的に単純な機能しか持たない。
魔法を使えるまでに魔力を持たない人々への補助と言う位置づけであり、灯りや冷暖房のような、一定条件の効果を永続的に続けると言うものがほとんどらしく、また、強い力を持たせる事も難しいらしい。
たとえば、炎を発生させる魔法具がある。
ライターとしては十分に使えるが、火炎放射器並みの出力は望むべくもない。
セーラ皇女なら、そのような魔石を作れるかもしれないが、それでも、一回使えば魔力が枯渇して、新たに魔石をつくる必要がある。
使い捨ての武器と言う事になるわけだが、さすがの《魔の皇女》も戦いで運用できる量を作ることは難しい。
と、言う事をエメルダ皇女は語った。
まぁ、セーラ皇女が不在なので、現状はそれも難しいわけだ。
ぼくらの世界で言えば、使い捨ての武器……と表現して良いものはわからないが、例えば、爆弾とか手榴弾、大きなものではミサイルは繰り返し使うものでは無い。
基本的に火薬が爆発しておしまいだ。
火薬を使って、繰り返し使う武器と言えば銃があるが、敵に打撃を与えるのは銃自体では無く、銃から発射される弾丸だ。
弾丸自体は、使い捨ての武器と言えるかもしれない。
(ん、銃か)
厳密な銃の構造はわからないが、仕組みと言うか理論そのものは単純だ。
大雑把に言うと、金属の筒の中で火薬を爆発させて、その爆発力に指向性を持たせて弾丸を撃ち出す。
弾丸に込められた運動エネルギーで対象を破壊する。
エアガンなんかは、火薬では無くて、ガス圧で弾丸を発射するわけだ。
火薬がナウザーに存在するかは不明だが、エアガンレベルのものはなんとかなるのではないだろうか。
要するに弾丸に指向性を持った運動エネルギーを与えれば良いので、魔道具として作れなくもないんじゃね?
異世界でファンタジーの方向で魔力剣とか、炎の剣とかを考えていたのだが、ぼくの持つ現代の知識がようやく活かせる機会が来たのかもしれない。