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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

超なんたら

超がんばる

作者: 八木雲刻斎

 壁や床に刻まれた幾何学的な模様に、直線や曲線を用いて作られた建築物。

 自然現象で偶然出来上がったものでもなければ、どうぶつが巣を作る為に穴を掘って土を固めた、なんてモノでは無く、人の手によるものだと思える。

 ひょっとしたら、私が元居た世界のそれより高い技術で作られた物かも知れないけど、その製作者たちがどんな人なのかを知る術はない。

 いや、それどころかこの施設を使用し、この技術の恩恵にあずかっている人すら見当たらない。


 でもそれも仕方ないことだと思う。

 所々欠けた床や天井、動力が切れた扉、動く気配の無い生活施設、全てが止まっているこの建築物は見るからに死んでいる。

 無機物相手に生死も無いとは思うけど、そう表現するのが一番当てはまる気がする。


 私()が、今居るこの建築物は、ドーム上の形状をしているのだと思う。

 森の中に作られたからか、表面は薄緑色だったけど、周りの森の木々が濃すぎて、ドームを覆い隠しているのであくまで外から軽く見たり、中に入って調べた上での想像だけど。


 森の中と違って、ドームの中は生き物の気配が感じられないとは言え、警戒の意識を無くせるわけも無く、私達は効率が悪いとは知っていても、二人で行動している。



「はぁ」


 思わずため息が漏れるのも仕方ない。

 明らかに人の手で作られたっぽいこの建物を見たときは大いに喜んだだけに。

 なのにいざ入っても、人っ子ひとりいやしない。


 前を歩く人は、死んだこの建物の中身を見たり、時々壁を叩いたりしてブツブツ言いながら歩いているが、この人はこの状況に悩んでいないのだろうか。


「はぁ」


 そう思うとまたため息が出る。何度目だかもうわからない。

 すると、前を歩いていた人は足を止めて振り返った。


「ん、疲れた? まぁ魔法使いタイプって体力無さそうなのに、休み無しで歩かせてしまったからか」


 その人の言う通り、私達がこの世界に来てから結構時間は経っている。

 別に何日単位、では無く何時間と言う感じだけど。時計が無いので分からないがきっと2~3時間以上は経ってると思う。

 でも私は別段疲れて溜息を付いていたわけじゃあない。

 前の人も歩きっぱなしなのに疲れたようには見えない。熱帯気候的な感じのここの環境のせいで、少し汗が滲んでいるけれど息は乱れていないし疲労しているようには見えない。


「いえ、そういう訳じゃなくて」

「ん? そうか。俺は結構疲れたしちょっと腰下ろせる場所で、休みたいと思ったけどな。とりあえずここらで一休みしよう」


 全然疲れてるように見えないし、精神的にも私より余裕がありそうなのに「どっこいしょ」といかにも疲れてます、という態度で壁に背をもたれさせて地面にどっかりと座るこの人は、きっと私を気遣っているのだろう。

 最初の態度のせいで私を実年齢より幼く見ているのかも知れないし、単に今の姿が幼いから気を利かせてくれているのかもしれない。

 どっちにしろ、一見はガサツに見えて優しい人なのだとは思うけど、それでもちょっと近寄りがたいと思ってしまう私は、ひょっとしたら酷いやつなのかも知れないけど、やっぱりあんまり近づけないから、私は隣ではなく向かい側の壁に背をもたれさせ腰を下ろした。


「なんか距離のとり方が心を傷つけるなぁ」

「……すみません」


 私の態度はかなり失礼だとは思うけど、この人は何だかんだで口で言うほど気にしてるようには見えない。

 悪い人ではない、というか良い人だとは思うんだけどやっぱり怖いから、どうしても距離をとってしまう。









 私は、ここに来る前……と、言うのだろうか。

 西暦2918年の日本でゲームをしていた。

 そのゲームは3Dマップの多彩なフィールドで基本1対1、最大3対3くらいで戦う格ゲーの一種。

 確か発売したのは4~5年ほど前、それだけ経てばかなり古いゲームとして中古屋でも安く買えるけど、私は結構このゲームが好きで発売日に買って、今でも何日か置きにちょろっとプレイしていたりするくらいだった。

 まぁそんなゲームだけどネットに繋いでオンラインで見知らぬ誰かと対戦、とかもシステム的にはできるので久しぶりにオンラインにつないで見たら、偶然にも一人だけやっている人が見つかった。

 古いゲームだし1時間くらい対戦ロビーに繋いだまま放置して、誰も来なかったら大学の講義の予習でもしようかと思ってた所なのでえらい驚いたけど、対戦相手が居るなら早速やろうと勝負を持ちかけた。


 で、キャラを択んでマップはランダム、いざ対戦……と、思ったら光に飲まれて私はここに居た。



「え?」


 家で座布団に座りながらゲームのコントローラーを握っていた私は、気付いたら教科書や社会番組でしか見たことが無いような、いや、そんな物にも載ってないような謎ジャングルに立っていたのだ。


 驚きのあまり、声も出せずに口をパクパクさせるだけだった私は、まず周りを見て驚いて、次に自分の姿に驚いた。

 顔は見えないけど、手はあきらかに小さくなっていていて、目にかかる髪の色もこんな綺麗な染め方してもらったことが無い、ってレベルのブロンド。服装もなんか黒っぽいローブで……まさかゲームのキャラ? さっきやってたゲームで択んだキャラ?

 まさかね……そう思いながら側頭部に触れてみたら、羊のように頭に沿う形で捩れた角が生えていた。

 アクセサリーかと思って指でコツコツ叩いたら、あきらかに神経が通っているというか、自分の体であることが判る感触がした。

 間違いない、これはゲームのキャラの青君だ。


 私がやってたゲームはキャラクターの総勢が30人くらいで、それぞれキャラに統一感がないなのが特長と言える。

 それぞれのキャラの戦闘スタイルも、接近や中距離や遠距離、積極的に攻撃するタイプや手数は少ないけど一撃が重いタイプに、物理攻撃や魔法攻撃、うんこを投げて戦うキャラなど、そこそこにバラけさせているけど、結構バランスよく、30キャラの内25キャラくらいは腕が互角なら、慣れ不慣れはあれどまともに戦えるバランスになっている。


 私の択んだキャラも体力と防御自体は低いけど、スピードと攻撃力、それとコンボこそ繋がらないけど出の早い技が強力な、近距離から中距離で戦える魔法使い、というキャラクターで、操作に慣れない初心者向けでありつつ、操作に慣れた中級者以上なら、いかに威力のある技を狙って当てることが出来るのかを楽しめるキャラクターで、他のキャラに比べて突出して強くはないけど、勝敗は操作の腕次第だ。

 見た目は12~13歳くらいの女の子で黒いローブにちょっと長めのブロンドの髪に、人外っぽさを表す側頭部から生えた捩れた角がある。まさしく今の私の姿。


「何これ……漫画や小説じゃないんだから」


 そんな事を口にしながらも、基本オタク気質な私はちょっとワクワクしながら、自分の立ち居地も考えずに、ひょっとして魔法使えるんじゃ? なんて思って何かをしてみようとしたけど


「クルル」


 ガサリと草を掻き分ける音がした方を見て凍りついた。いや、別に魔法を使ったわけでなく。

 獣独特の喉の鳴らし方というのだろうか? 音を立ててることを気にしたようにも見えない大型の動物がそこに居た。

 虎とかライオンとか? すごく大きい動物。太い前足に伸びた鋭い爪、ずっと一箇所、つまり私をピタリと見据える目、そして硬そうな毛。全てが尋常な生物の範囲であるはずなのに、とてもじゃないけど動物園で見たことの有る動物と同じ存在とは思えない力強さを感じる。

 私にも分かるくらいに音を立てて、野生動物としてそれで良いのかとも思ったが、そうじゃない。

 単にこの位置、距離にして3~4メートルという距離にまで接近した後なら、獲物に自分の存在を気付かれても気付かれてなくても同じ事という余裕だったのかも知れない。

 動物は顔の作りが人間と違うし、言葉も通じないから何を思ってるかなんてわかるわけないんだけど。でも私はその時、目の前の動物が何をしようとしてるのかがわかった。


 食べられる。


 そう思ったとき、私はストンと腰が抜けて、さっきまで魔法が使えるかも~、とか言って和んでた気分も何もかもが吹っ飛んで。

 もう全ての思考を放棄して、気を失ってるのと変わらないような状態になってしまった。


 ぐっ、と獣が気持ち身を沈め、それなのに体が膨らんだように感じる。それはきっと、素早く動く為にキン肉に力を溜めているからだろうと、こんな状況なのに他人事のように考えている部分もあるのに、動いて逃げなきゃならないという当たり前の部分が働かない。

 そして、フワッと音も無く獣の体が浮き上がったとき


「何しとんじゃオラァ!」


 耳を(つんざ)くような豪快な声と共に、人が降って来た。

 いや、最初はそれが人だとは思えないくらいの速度と、結果だった。


 獣の首を蹴り飛ばそうとでもしたのだと思うけど、結果は全然違う物だった。

 獣の体がまるで地面に落ちた水風船のようにバシャッと弾けて血が飛び散って、ギリギリ残っていた獣の下半身の断面とでも言えば良いのか、内臓やらがくっきり見えた後に、ぶちゅっと音を立てて滝のように血が流れ出したのを見た後、私は意識が飛んだ。


 それから、そんなに時間が経ってない内に私は起こされたらしいけど、私を起こした人の体の右半分が黒ずんだ血に濡れているのを見て、再び意識を失って迷惑をかけてしまった。






 で、2回も気絶したショックからどうにか目を覚ました時には、なんとかその人を見ても気絶しないで済むようになれたけど。


 その人の姿は、180くらいと女性としては凄く高い身長に、胸とお尻も大きいけど、肩幅がガッシリしていて全身にバランスよく乗ったキン肉があるために、ボンキュボンという体型ではなく、ズドーン、とかそんな擬音が似合いそうな体型。首も太ければ腕も足も指も太い、という印象を持つ。デブじゃなくて、太い。

 顔は、ちょっと鼻が低くて掘りが浅いけど、女にするのが勿体無いくらいのハンサム顔。髪も短めに切られていて、服装はプロレス団体っぽいロゴの入った白のTシャツに、サイドにラインの入った白のジャージ、動きやすそうなスニーカーという、スポーツ選手の練習着のような服装。

 それはまさに、私がここに来る直前にやってたゲームで対戦相手が択んだキャラ、ゴリウーだった。それも2Pカラーだ。デフォルトの1Pカラーだとピチピチのタンクトップとスパッツで、見事に割れた腹筋が露出してたりする。まぁそこは言及するような事じゃないか。

 あのゲームは色んな設定のキャラが居るけど、設定上、サイボーグや遺伝子操作の身体改造という背景が無い、ナチュラルな身体能力の丸腰で戦うキャラは3人しかいなくて、目の前のゴリウーはその中の一人。

 接近戦しか攻撃の選択肢は無い上に、攻撃が基本単発のキャラではあるけど、攻撃力と耐久力とスピードがそれぞれ高い強キャラの一人。


 ……私はゲームをやっていたら、自分が選択していた青君の姿に(多分)なった状態でここに居る。という事は目の前の人も、ゴリウーそのものじゃなくて、ひょっとしたら私と対戦しようとしていた相手だったりするんだろうか。


「ええ……っと、あの。あ、と、ありがとうございました。と、突然の事とは言え気絶してしまいまして」

「いやいいよ、俺もちょっとあれにはビビッた。グロいしな」


 白いジャージだけに、足にこびりついた血の色は目立つのでつい、そこに目が行ってしまい、気絶する直前に見た光景も思い出してしまうけど、なんとか今は気絶せずに済みそうでよかった。

 でもその前に、はやく情報交換をしなければ、と思う。


「えっと、私は……佐藤花子、です。さっきまでゲームをやってたら……その、こんな所に居るんですけど、ひょっとしてあなたも?」

「んん、ああ、おう。そうだな、自己紹介からな。俺は山田太郎。28歳の独身男性、だったけど、なんかゲームやってたら……ってのは同じ。えぇと、多分だけど、佐藤さん? は、あのゲームのオンライン対戦で?」

「はい、私は青君を選択してました。という事は山田さん……で、いいんですよね? は、ゴリウーを択んで……」

「うん」


 やはり、そういう事らしい。

 で、話をした所。山田さんも近くにいて、最初は景色が変わって驚いていたけど、『なんとなく』チリチリした感覚を感じてそっちの方に意識を向けると、今にも大型動物に襲われそうな子供(私)が居て、反射的に飛び出してしまったらしい。


「いや、飛び出したは良いけどぶっちゃけどうするかなんて考えて無かったんだけどな。なんかメチャ速く体がかっ飛んで、無意識に蹴りが出たらああなった」

「という事は……私達、ゲームの能力が使えるとかそんな感じでしょうか?」

「多分な。佐藤さんが気絶してる間にも、ちょっと何匹か動物が来て追い払ってみたけど、ゲームのモーションの技も使えるし、自分で意図的に違う技をやろうと思っても出来るみたいだ。まぁそのキャラの能力でできる範囲、見たいな感じだけどな」


 聞くところによると山田さんは、中学と高校の頃は空手をやってたとかで、その技を出来るかどうかも試していたみたい。

 元の体よりも良く動くとかで、慣れるのに時間がかかりそうかと思ったらそうでもなく、すぐに慣れて力をコントロールできるようになったという。

 で、そうなれば次は私の事になるわけで。


「ゴリウーはプロレスキャラだけど、この体でゲームのモーションに無い空手の蹴りとか出来たんだし、佐藤さんもなんかできると思う」


 そう言われた時、こんな状況なのに私は少しワクワクした。

 私はオタク気質だから魔法とか超能力とか、そりゃ自分で使えたらなーって思ったことは何度でもある。

 そして、私のキャラクターである青君は魔法使いの設定だ。だったら出来るのでは? そう期待してもいい筈なので。


「で、出来るんでしょうかね? ちょっと、興味はありますけど」

「俺も興味あるから、ちょっと見てみたいな」


 そう言って山田さんが数歩後ろに下がって私の前に空間を空けてくれた。

 やりたいと言う願望は有るけど、いざマジでやるとちょっと恥ずかしいな……でも。


「や、やってみます!」

「おう!」


 山田さんは、ゴリウーになって得たのは体力とかだけでなく、不思議な直感も得たといっていた。

 たしか設定上はゴリウーは鍛えまくり戦いまくりの結果、野生動物以上の直感を持っているというキャラで、その設定は性能的には死角からの攻撃に対するダメージを数パーセントカットや、一度見失ったキャラを再び見つけるまでにかかる時間が短いという特性として、ゲームでは表現されていた。

 だから、山田さんの直感……私を助けてくれた時に感じた何か、というのもゴリウーの直感である可能性が大きい。当然山田さんは生身ではそんな直感を持っていなかったけど、何故か自然に使えたとのことだ。

 つまり、私も生身では持っていない魔法の力のようなものを、青君の体だから使える可能性があるという事で……おお、何かを感じる!


「ん……んん……うう!」


 初めてだからどのくらいをやれば言いのか判らないけど、折角だから派手にいきたい。

 初めての魔法がしょぼいのはカッコ悪いから。


 そう思って溜め込んだ力を、後は開放するだけとなって……不思議な感覚だけど、開放の仕方もわかる! こうだ!


「いやあああッ!」


 そうやって出した私の初魔法は、ゲームの青君の超必殺技よりも大きな破壊力を生み出した。

 青君の魔法は、色々有るけど基本的に攻撃技は前方とか、横薙ぎとかだったけど、私が力を溜めすぎたのか、解放の仕方を間違えたのか。

 私を中心に爆発的に攻撃が広がってしまった。

 私を中心に半径20メートルほどは森の木々も吹っ飛び、足元もクレーターとなって2~3メートルくらいに凹んでしまった。

 いや、それよりも……


「や、山田さんッ! だ、だだだ、大丈夫ですか!? す、すみません!」


 思いっきり山田さんを吹き飛ばしてしまった。

 とんでも無い事をしてしまった……と、ショックを感じた私だけど、山田さんは服は汚れたけど破れていないし、痛かったけど咄嗟に防御したから平気だと笑って許してくれた。

 とても、申し訳なくて頭が上げられない……




「ま、とりあえずここがドコか知らんが。まずは適当に動き回ってみよう」

「そ、そうですね。誰も居ないみたいだし、ここがゲームの世界なのかどうかも気になりますから」


 少し落ち着いた後、私達はとりあえず場所を変えることにした。

 じっとしていても何があるか判らないし、まずは人が居るところにいきたいから。


 それにこの世界の事も気になる。

 2918年の現在の地球では、こんな自然が残った環境はそうはない。それっぽい環境こそ作られているけど、そういうのは全部人の手が入ったもので、自然を保つ為に人が管理運営しているから。

 だから、さっきの私の暴走みたいな事をやってしまったら、すぐに環境警備員の人がすっ飛んでくるはずなのに来なかった。ブザーすら鳴らない。

 更に言えば、私を襲おうとした動物、あんな物も地球には居ないはずだから。


 だからここはゲームの世界。架空の世界なのでは、とも思ったけどちょっと違う気がする。

 このゲームの世界設定は地球じゃない架空の異世界だけど、けっこう文明が発達してて、魔王とかをン百年前に倒した英雄とかが帝王として君臨して、世界全土を支配しているとかそんな感じだったはず。

 地球とは方向性の違う文明の為に自然も沢山残った上で、科学とうまく融和の取れてる世界とかそんな設定だったけど、たしかゲームの中では太陽が2個ある設定だった。

 でもこの世界には太陽が一つしかないし。


 じゃあここはどこだろう? わからない。だから私達はとにかく、人と接触して情報を引き出すしかないのだ。

 人がいても意思の疎通が出来るかという心配もあったけど、青君や他の魔法使いキャラは設定上では翻訳魔法を使って意思の疎通をしてるとかなんとか。で、その魔法は設定的に難しくない魔法とかなので、ちょっと出来るかとやってみたら頭に浮かんだので、私は自分と山田さんにその魔法をかけておいた。

 だから、人がいてもこれでコミュニケーションは取れるはずなのだ。



 そう思って意気揚々と森を歩いて、1時間くらい? それで流石にむやみに歩いてもダメだと判った。

 私は問題外だけど、山田さんですら結構混乱しているらしく、その事に気付くのに遅れてしまった。

 で、私の魔法で飛べるんじゃないかと思って飛んでみたけど森の切れ目は見つからない。

 ただ、自然の中にあって不自然なもの、あきらかに人の手が入っていそうな建築物っぽい物を見つけた私達は、そこを目指す事になった。


 その間、私は青君の能力を持っていても、所詮はただのオタク女子大生でしかないことを嫌というほど知る事になった。

 森に居る動物達、その存在を察知できても、私は怖がってそれらに何も出来ない。

 だから戦うのは全部山田さん任せになってしまう。

 それだけなら、まだ良かったけど。山田さんが動物を殺す姿に怯えてしまい、私は山田さんに近寄れなくなっていた。


 頭では山田さんは良い人だと思っているし、山田さんが動物を殺しているのも襲われたからだし、そもそも私を守る為にやってくれてる事なのに。

 私の恐怖心は一行におさまらない。

 いや、むしろ時間が経つごとに酷くなって、ますます申し訳ない気持ちになってしまう。


 何か出来ることはないかと思い、山田さんが動物を倒して血で汚れるたびに、魔法で出した水で洗おうと思ったら。

 制御は出来るはずなのに、恐怖からか、私は山田さんに巨大水鉄砲というか、まるで押し流すような勢いと量の水をぶっかけてしまい。

 せめて乾かそうと、熱の魔法を使えば凄い暑さで、まるで……というか、どうみても攻撃魔法をかけているようにしか見えない。


 その度に私は申し訳なさと情けなさと罪悪感で、溜息をついてしまう。

 そんな資格はありもしないのに。



 ゲームの能力を持っていても何の役にも立てない自分に嫌気がして、それでも出来ることはと考えて、私は垂直に飛んでみた。

 魔法使いキャラは魔法である程度は飛べる設定だから、普通にジャンプするより高く飛べると思っていたから。

 なんとか人の居る町でも見えればと期待したけど見渡す限りの森や山、だけで。

 やっぱり私は何の役にも立たないのかと、そう落胆しかけた時に、森の木々で隔すように覆われているけど、あきらかに人の手で作られたっぽい物を見たときは喜んだ。

 なんとか人に会って、この世界の情報を手に出来る。っていう事だけじゃなくて、私も山田さんの役に立ってただの重石ではないという事をアピールできそうなことに。


 だと言うのに、入った建物は人っ子ひとり居ない廃墟……と、いうか何というか。


 山田さんは建物を調べながらブツブツ言っているけど、私は申し訳ない気持ちで一杯だ。

 ただでさえ役立たずなのに、ようやく見つけた建物は無人で何の役にも立たない。そんな無能なのに私は自分から山田さんと距離を置いて、その上で完全に放れることも出来ないと言う、寄生虫でもしないんじゃないかという薄汚い距離感を常に保っているから。



「ここは人が居なくなって、10年20年とかって感じじゃないなぁ。建物を隔すように見える木も、人為的なカモフラージュじゃなくて、管理する人が居なくなってからン百年単位で自然に生い茂った物っぽい」


 どうにかしてポイントを稼いで、無能じゃないとアピールしないと。と、私がそんな自分だけの都合を考えている間にも山田さんは、周りの事を考えていた。

 この建物に対する考察なんて、それこそ私が見つけたんだから私が率先して考えるくらいじゃないといけないというのに。






 私がグダグダ悩むんでる内に、山田さんはちょっとトイレと出て行って、帰ってきたら動物の死体を引きずっていた。

 お腹が減るから何か食おうとのことで。


 私は動物の死体を見て拒否反応を出してしまったけど、山田さんに


「この体なら大丈夫だとは思うが、未知の植物とかどれが食べれるのかもわからなくて怖いから。一応動物なら皮と内臓と血を避けて、肉に火を通せば安全になると思うし」


 と、言われてしまえば反論も出せない。

 むしろ、未知の食べ物に対する警戒すらしていなかった自分が、ますますどうしようもないバカみたいでより惨めな気分が募る。


 今までまるで役に立ってない私は、せめて動物の死体を洗うための水や、熱するための火くらいはと、魔法で出した。山田さんは火を熾すのに原人の真似をせずに済んだと喜んでくれたけど、それでもまるで役に立った気がしない。


 魔法で水が出せる、数少ない……というか、きっとたった一つの優位性しかない私が、同じ量の食料を食べていいのかとも思ったけど、浅ましい事に私の体の飢えは少し足りないくらいだと体に訴えかける。

 食料調達の為に動物を殺せない、捌く事もできない、火は魔法で出せるけど山田さんは自力でも木を擦れば火を熾せそうと、私なんて居なくても困らない。むしろ居ない方が身軽に動けるだろうに、山田さんはそんな事をおくびにも出さずに接してくれる。

 私が失礼にも、山田さんに怯えて距離をとってしまうのも相変わらずなのに。


 そのせいで余計に焦る。


「山田さん」

「うん?」

「私は……その、動物も怖いし、何も出来ないけど、何か出来ることがあったら言ってください! 何でもしますから!」


 焦りからか、気付いたら私はそんな事を口走っていた。

 いや、姑息で卑怯な私は、頭も大してよくないくせに自己保身にだけは頭が働いているんだ。

 だから自分で言っていてわかる。これは同情を引こうとしているんだと。

 山田さんは中身が男だって言ってたけど、今のガワ(・・)は女の物で、私も性別が女。

 もし山田さんが男なら、それこそ体を売るでもして引きつければ、すぐに捨てられることも無いと思えるけど。

 今の状況じゃ、山田さんは一人のほうが身軽で、いつ私を切り捨てるかわからない。

 魔法で水を出せることだけが私のアドバンテージだけど、山田さんならひょっとしたら私を使わなくても水を調達する手段ぐらい、いくらでもあるかも知れない。

 そうなったら、私は間違いなく不要になって捨てられる。

 それが怖い。

 だから私は同情を引いて、捨てられないようにと予防線を張っているんだ。

 情けなすぎて嫌になる……でも、本当にここで捨てられたらと思うと怖くてしょうがない……


 と、不安に揺れる目で、それでも最低限の礼儀として何とか目をそらさずに見ていると、山田さんはなんと言えば良いのかわからないといった表情をしてから


「う~~~ん、ん~~~、でもなぁ~~~」


 と、悩んでいる。

 何かを言いたいのだろうけど、珍しいと思う。

 まだ知り合って一日も経っていないけど、少なくとも私の目から見る限り、山田さんは今まで判断力もあって頭も良くて物事を深く考えていて。とてもじゃないけど私に言い難い事があるようには見えなかった。

 いや、人が良い……というか、優しい性格だから、ひょっとしたら私を切り捨てたいと思ってるのに言い出せなくて悩んでいるんじゃ……そんな考えが頭によぎった。

 ありえるだけに、それは困る。と思った。


 それだけは止めて!

 私が口を開いて、その言葉を出そうとするのに被せるように、あるいは否定するためか……山田さんが先んじて言葉を吐き出してしまった。


「下の世話の仕方を教えて!」

「それっ……はぁ?」



 ちょっと話せばすぐ分かることだった。

 山田さんは男なのに女の体になってしまったのだ。

 体は、技とか能力を使えるくらいだから問題ないらしい。

 よく、女は男と比べて尿道が短いからおしっこの我慢が効きにくい、生転換したら漏らしまくりんぐ。とか言うけれど。

 山田さんは、体自体は生理現象も含めて、まるで生まれた時からこの体であったかのように、自分の体を制御できると言っている。

 でも。


「ちょっと汚い話になるけどな? 男だったらションベンしてもさ。終わった後に軽くチンコを振ったり指で弾けば尿も切れるんだけど、女って無いじゃん? アレが。さっき外に出たときにちょっとションベンしたんだけど、終わった後パンツ上げたら股がなんか濡れた感じ? ていうか尿が切れてないって言うか……まぁそんな感じで。女はそこら辺どうやってるのかも分からないんだよ」


 ソーナノカー。

 としか言いようの無い言葉だった。

 まさかそんなつまらない事に困るなんて……と。


 それでも、私に気を使ってるだけで全然困って無い事を困ってるように言って、私にも役目があるんだと言ってくれてるだけなんじゃ、という疑いもあったけど。

 あれやこれやと話しているうちに、演技じゃなくて本当に困っていたんだと判った。

 それに、私から見て全然冷静に見えてたけど、実際にはそんな事無いという事や、山田さんも不安だらけだという事も。


「俺もいきなりこんな事になって結構、参ってるんだよ。平坦な部分が出っ張りになった代償に出っ張りの部分がへっこむのは割に合わないよ。それに女って生理とか毎月あるんだろ? それも怖いしさ」

「いや、出っ張りとかは置いといて。生理はまぁ……私は軽い方なんで何とも言えませんけど……あ、ナプキン無いと大変ですね。原始時代の人とかどうやってたんだろう?」

「あー、股に入れる物だし素材は吟味しないと怖いよなぁ。うへえ、女ってマジ大変だ」

「でも毎日じゃないしそんなには……」


 私は性別は元のままだけど、山田さんは性別が変化しちゃったから不安は私より大きいはずなんだ。

 私がしっかりしないと。女の生理現象に関しては山田さんもお手上げみたいだし。


 それが判っただけでも私の心は大分軽くなったみたいで、山田さんとの距離がだいぶ縮んだんだと思う。

 私にも出来ることがある、とかじゃない。山田さんにもできない事が有る、世の中に完璧(パーフェクト)超人なんて居ないという事がわかったから。


「いやー、女ってションベンひとつするのも大変なんだなぁ。男なら立ちションでも狙った場所に飛ばせるのに、座りションベンでもなんか足にかかるわで大変だ」

「ションベンションベンって連呼しないで下さい」

「それは良いとして。今日はもう日も沈みそうだし寝るとして。明日からどうしよう」


 私としてはどうするもこうするも、と思ったけど。

 山田さんはとりあえず、ここに止まるか動くべきかと言っている。


 私は考え無しに、動いた方が良いのではと思ったけど、やっぱり山田さんは色々と考えてたみたいで。

 動いた先は安全なのか? 初期位置から出ないことが元の世界に帰るための条件じゃないか? そもそも、この世界に自分たち以外の人間は存在するのか?

 などなど、言われてみれば何で考えもしなかったのかと、相変わらず自分のアホさ加減に呆れたりもするけど。


 とりあえず自分がマヌケなんて言わなきゃ気付かれない、と、自分を騙して今後の方針をどうするかを話し合う。

 と、言っても


「外に出たほうがいいと思います。元の世界に戻れるのかどうか不明にしても、なにかこの世界の情報を知らないと始まりませんし」

「しかし外に出て何をするか。人間が居るのか、居たとして、どんな存在なのやら……ナメック星みたいに農民でも戦闘力3000なんて世界だとちょっと怖いぞ」

「まぁそこら辺はなるべく腰を低くしながら、フレンドリーに接すればいいかと思います。何よりこの世界の人が食べる物なら私達も真似をして食べられるかも知れません。毒かどうかを怖がって野菜を食べれないとなると、栄養のバランスが怖いです」

「あー、栄養のバランスね。この世界にはインスタント食品も無いからなぁ。とはいえ、そもそも人が居るのかな? この建物はパッと見の印象はシェルターか何か、みたいに見えるが見事に朽ち果ててる。これを必要とする人間の文明が滅びてる気がするんだが」

「ひょっとしたら、必要じゃなくなったから打ち捨てたのかも知れません。あるいは古代文明の遺跡だけど、今は背伸びした原人くらいのショボイ人類の文明しか、残ってないとかの可能性もあります」

「外……この建物じゃなくて、森の外があるとして。その森の外では果たして食べ物が手に入るのだろうか? 保存食の作り方なんて知らないから、長期の旅は難しい気がする」

「もし外に食べ物が無ければ、その時にこの森に戻ればいいかと」

「外に出るにしてもサバイバル技術がないけど大丈夫かな? 俺は体がスゲー強いけど、そういう知識は全然無いと思うぞ」

「私もありません! でも魔法が使えるし、そもそも私たちの体は地球の原始人よりは強いんですから、あるていどは無茶が効くんじゃないでしょうか?」


 山田さんの言葉のたびに、自分が何も考えてない楽天的思考だと思い知らされてちょっと凹む。

 どうしよう……好きに意見を言えと言われたから言ってるけど、なんか逆らってるだけみたいな気がしてきたわ。


「ん~~~」


 やばっ、山田さんがなんか悩んでる! はわわ今度こそ切り捨てられるんじゃ……


「そうだな、先に何があるのかなんて考えたって、その時になるまでわかるわけがない。今は前に進もう」

「調子に乗ってすみま……え?」

「いや、俺も根がチキンだからどうしても保守的な考えしか出来なかったからな。佐藤さんの意見には考えさせられる物があるよ」


 切り捨てられるんじゃと思ったけど、どうにも受け入れられたみたいで……ホッとする反面、山田さんの買い被りがちょっと心に痛かったり。






 アサー! と夜が明ける。

 現代っ子のオタク女子大生の私がこんな謎施設の固い床で寝れるのかと心配したけど、ゲームのキャラだけあって全然堪えていない。もっと劣悪な環境でも行動できるキャラ、って設定だもんね。

 山田さんの方も寝覚めスッキリみたいで、寝起きのラジオ体操感覚で、大型動物を仕留めてるし。


 山田さんとの距離は縮まったと思うけど、相変わらず動物の死体の怖い私はそれに関しては足手まとい。

 申し訳ない気持ちを忘れる気はないけど、それでも昨日みたいにネガティブになるのはなるべく止めようと思う。


「佐藤さん、洗いたいからちょっと水をお願い」

「はい」


 自分に出来ることを少しずつ、そう決心してまだ血なまぐさい肉を水で洗い流してから、火をつける。

 朝から肉ってのは(ヘヴィ)すぎるぞ……! って思うけど、体が頑丈というか元気というか。普通にバクバク食べれて良かった。


「いやー、佐藤さんの魔法は便利で羨ましいなぁ。俺も超能力や魔法タイプのキャラを選択しとけばよかった」

「でも、山田さんは体が硬いというか、防御力が高いお陰で虫刺されとか無いんですよね? 私はそっちの方が羨ましいです」

「こんなジャングルだとそういう部分あるかな? でも生理的なものに限らず、能力的にも佐藤さんに頼りっぱなしになって申し訳ないからなぁ」

「そんなバカな」


 山田さんは、水や火を出せたり、外敵を阻む不可視の壁や、翻訳魔法に方角を察知できる方位磁石の術があるのを、私の方が役に立っていると言ってくれるけど、私からすればどんな魔法を使えても私一人じゃ何も出来ないという気持ちのほうが大きい。

 誰がどう見ても今の私達二人の関係は、私が足手まといで山田さんが保護者だ。

 それでも


 パァン!


 と、音が立つくらいに両方のほっぺたを叩いて気合を入れる。

 これから先、何があるやらサッパリだけど、それでも私はただの足手まといで終わらないように。


 山田さんの言うように対等の関係に、横に並べるようにならなければならない。


「お、何だか知らんが気合バッチリだな」

「はい、今日の私は昨日までの私とは違います!」

「まぁ、ゲームのキャラになったからなぁ」

「いやそうじゃなくて……」


 きっと私が重く考えすぎないように、わざと軽い事を言ってるんだろうけど。山田さんにはもうちょっと締めるところで締めてほしい。

 流石にそこまで言うのは贅沢かな。


「まぁ良いです。じゃあどっちの方角に行きましょう」

「方位磁針で東西南北がわかるにしても分かりやすい方角が良いよな。個人的に寒いのは嫌いだが、このジャングルより暑い場所というのも行きたいとは思わないから西か東かな?」

「じゃ、東に行きましょう。私たち日本人ですし」

「だな、そんじゃ行こうか」

「はい!」


 なんでこんな世界に来る事になったのかとか、この世界が何なのかとか、私の元の体は大丈夫なんだろうかとか。

 心配しだしたら切りはないけど、まずは前に歩き出そう。

 一人じゃ無理だけど、今は山田さんも居るし。

 今はまだ山田さんのオマケとか、プラスαって程度だけど、いつか持ちつ持たれつの対等な関係になれるまで。


「超がんばる」


 私がそう決意の言葉を口にしてると、山田さんは既に


「いくぜいくぜー!」


 と、ジャングルの木々をなぎ倒しながら真東へと一直線に走っている。

 いずれ追いつき並ぶ為に、あの背を見逃さないように私も走り出した。


「私達の戦いはこれからだ!」

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