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隊長と副長  作者: 魚日
5/6

5.他人の幸は蜜より甘い

5話です。よろしくお願いします。


初めて彼女を見た時、兄貴は面食いだったんだなって思った。

今まで女になびかなかったものだから、もしかしたら男色なんじゃないのか、なんて噂まで流れていたのに。

ただ、彼女――アレグリアスを見た時、俺は納得した。

これがいいなら他の女になびかないのも分かる。――そう言ったら、兄貴は面白そうにこう言った。

「……外見だけの女に、俺は惚れん」



「……って言ってたなー」

馬で移動しながら、呟くと、銀に見える白金の髪が振り向く。

「?何をですか?」

彼女が不思議そうに首を傾げるので、ライザックは笑いながら首を振った。

「いや、ヴォルガがアレグリアスのことを話してた時のこと思い出してただけだ」

「ヴォルガ様、なんて言ってました?」

「……あんたが可愛いだけの女ならここまで惚れてないって言ってた」

俺の言葉に、彼女は顔を真っ赤にして俯く。

……確かに、顔だけじゃないな。

「何を、話しているんだ?」

振り返ると兄貴が無表情にしか見えない顔で不機嫌になっている。


「……いやぁ、アレグリアスは可愛いなって話」

「当り前だ」

冗談で言ったつもりだったのだが、真顔で返されたものだから、何とも言えなくなる。


「なぁ、アレグリアス。こんな兄貴でいいのか……って、お前もか」

兄貴に呆れた視線を向けてからアレグリアスを見ると彼女も先程よりも顔を真っ赤にしながらヴォルガを見つめている。

「……アレグリアス、顔顔」

自分の頬を叩きながら言うと、はっとしたようにアレグリアスが頬に手を当てる。

「……ライザック様」

「ん?」

「ヴォルガ様が……、かっこいいです……」

ぽぉっと、のぼせた様に夢見心地な声でアレグリアスが俺に話しかける。

否、話しかけているのは俺じゃない。

「アレグリアス、……どうせ言うなら俺に言ってくれ……」

ヴォルガも嬉しそうに、のぼせた様に彼女に囁く。

「ヴォルガ様……」

「アレグリアス……」

「お前ら、いい加減にしてくれ……」

頭を抱えたくなる。


大体、なんでこんなに元気なんだ、この二人。

今朝誰よりも早くこの二人は集合場所に来ていた。

詳しい事をヴォルガに訪ねると、惚気ながら、

「俺がどんなに遅れたくても、肝心の彼女が早起きなんだ」

まぁ、マリーの酒場に留まった朝もいつの間にか城に戻って仕事をしていた女だ。

確かに早起きだろう。しかし……

「……お前、体力ないのか?」

軽い冗談のつもりでそう言ったとき、槍を構えたヴォルガに睨まれた。

兄弟の武勇伝なんか聞きたくはないので、それ以上の詮索はしなかったが。



「明日の朝には国境を越えるな」

ムリヤリ話題を変えると、アレグリアスがヴォルガから少しだけ離れる。

「えぇ、日程的には少々遅れています……。どうする気なんですかね」

あんのバカ親父……とアレグリアスが小声で言ったような気がするが、実際に言ったとしてもそうでないとしても俺は何も聞いていなかったことにしよう。

「その事なんだがな。騎士団長からさっき伝言で『少数精鋭で国境まで王女殿下を護衛せよ、人選はもうしてある』ってよ」

「……意味が解らん」

「つまり、『俺達ここで待ってるから、行って来い』って事だな」

その言葉に、怒りを通り越して呆れているアレグリアスとヴォルガ。

「もちろん、二人とも『少数精鋭』の中に含まれてる」

「……婚姻とはいえ、政略的なものが絡んでいるのに、よくもまぁそんな勝手をしようと思えますね」

「まぁ、仕方ねぇよ。騎士団長サマだし」

「宰相サマは人事のやる気が余程ないんでしょうね」

発言だけでも問題になるようなことを平気で呟くアレグリアスを、その場に居た誰一人として諌めるものはいなかった。



出発の時から感じていたのだが、宰相の事に関してはアレグリアスは俺より大分きつい。

「アレグリアスは宰相が嫌いなのか?」

「上司に好きも嫌いもないでしょうけど……馬鹿なひとだとは思いますよ」

とりあえず、好意的な感情は極めて薄いということだけは分かった。





*************





少数精鋭などといえば聞こえはいいが、要は体よく仕事を押し付けられる騎士のことだ。

大半は現在の政治体制に不満の多い平民出身の騎士だったり、もしくは貴族の身分にありながら貴族社会にうまく溶け込めなかった、ヴォルガ隊のような騎士である。

「ウチの騎士団、結構頑張ってると思ってたんだけどな」

「というか、アイルファード王国って確か海洋国家ですよね。海軍の方に力を入れていると思ってました」

「……後ろ着いて来てないぞ」

ヴォルガの声に俺とアレグリアスが振り向くと、一等級の軍馬に乗っているにも関わらず、その速さに着いて行けないテロルゴの騎士が多くいる。

大半は貴族身分の、国境で待機という形で休んでいた騎士ばかりだが、アイルファードの王都から変わらないスピードで走り続けていた騎士たちにも、さすがに疲れの色が浮かんできていた。



きっかけは、アイルファードの王都でテロルゴの国王、俺の主君でもあるファガース・ゾロディアス・テロルゴの結婚相手のアルティアライン・アイルファード王女を護衛しようとしていた時のことだった。

言い方は良くないが、アイルファードはテロルゴよりも賊の数が多い。

オクトという世界でも有数の貿易都市から本来であれば船でアイルファードの王女をテロルゴの王都まで護衛する予定であったが、海賊の動きが活発化していたため陸路になったこともある。

だから、厳戒態勢で臨む、もっとわかりやすく言うと貴族様がゆったりと旅をするかのように時間をかけてテロルゴに戻るつもり、だった。

そう、だったのだ。

しかし、ここで問題が起こる。

いかんせん、国境で待っていた貴族の騎士の進行速度が遅い。

王女を乗せた馬車は豪奢だし、護衛の騎士の恰好も、決して質素ではない。

そして、馬車の通れる道となると、移動ルートが限られてしまうため、どうしても賊に狙われる。


狙われ始めたと気がついたのは、後続の騎士団が襲われたときである。

まさか、見捨てるわけにも行かず、騎士が騎士を賊から守り抜くという構図が出来上がってしまった頃、とうとう王女の馬車が狙われ始めたのだ。

その直後から、現在まで最高速度で王女の乗る馬車とその護衛は可能な限りのスピードで移動している。

「……これ、目立つんじゃねぇ?」

「見つかっているんだから、手遅れだろ」

「婚姻の過程がもう始まってますから殺傷はできうる限り控えた方がいいですし」

下手に賊を討つのもよろしくないらしい。

「……ってか、王女殿下はこの速さで移動して大丈夫なのか?」

変人と名高い男色王の王妃候補である王女は、やはり変人の噂があるらしく、話によると自室から出てこない日があるらしい。

それも、当日入っていた社交会をキャンセルしてまで、らしい。

そんな王女が疾駆させた馬車に乗せておいても大丈夫なのだろうか。



「大丈夫、わが国の姫君はそんなにか弱いレディじゃありませんから」

その声に振り向くと、栗毛の馬に乗ったアイルファードの将校が馬を並走させてきた。

「……どちら様?」

「初めまして、私はアイルファード騎士団副団ちょ……あぁ、今は、騎士団団長のオルトヴァレス・ドルレアンと申します」

男は柔らかな笑みを浮かべて挨拶をする。

「今は?」

「前の騎士団長がいきなり辞めまして、私最近団長になったばかりなんですよ」

困りますよねーと暢気に言っているが、この男の底知れない何かをその場に居たヴォルガもアレグリアスも感じ取ったようだ。

「……それで?騎士団長閣下がこんな軽口叩いてる不良騎士達に何の御用で?」

「いやぁ、テロルゴの騎士団長にご挨拶にいったんですけど、想像のはるか上を行く凡愚だったもので若干混乱してます」

どうしましょうか、と向けられ、自分を含め俺達は混乱した。

ここは上司である騎士団長を凡愚呼ばわりされて起こるところなのか、それともこのとんでもないこと言っている騎士に同調するべきなのか。

「あぁ、大丈夫です。初めから反応に期待なんてしてませんから」

あっけらかんとそう返され、さらに訳が分からなくなる。

「そうそう。本題を忘れるところでした。私、これから賊の足止めをして来ます」

「騎士団長自ら……ですか」

そう返したものの、正直何を言っているのかわからなかった。

「えぇ。前の騎士団長が自分で突っ込んでいくタイプだったので、それを踏襲しようかな、と」

にっこり笑っているが、ここは既にテロルゴ国内である。

「それならテロルゴの騎士団が……」

「だから、一応そちらの騎士団長に聞いたんですよ?そしたら平気な顔して『よろしく』って言われちゃったんで、じゃあよろしくして来ますってことで」

行ってきますと言われた。

「……俺も行きます」

自国の上司の言葉に呆れたいが、ここでこの男を簡単に見送る訳にも行かない。

「いやぁ、やっぱりそう言ってくれましたね」

嬉しそうにする男。

「良かった。アイルファードの騎士団が全員あんなのだったらどうしようかと思いました。充分です」

もう一度柔らかく笑うと、オルトヴァレスは速度をだんだん落としていく。

「……チッ、ヴォルガ!アレグリアス!」

振り返ると二人は肯く。

ヴォルガとアレグリアスが馬の速度を上げる。

自分を追い抜き、王女の馬車の横に馬をつけた。

それを見届けると、俺自身は先程の男を追う。



追いつくと、既に男は何人かの賊を斬っていた。

「おや、やはり来ましたか」

おや、とその後のセリフが噛み合わないのほほんとした男はこちらを向いたまま、背後から斧を振りかざす賊を槍を振ってなぎ倒した。

さらに笑顔を向ける男の背を別の賊が斬りつけようと襲ってくるが、それもなぎ払う。

「さて、まだやるか?」

賊に笑顔を向ける男。

それに賊たちは怯むが、こちらは自分が増えたとはいえ二人しかいない。

「囲めーー!!!」

賊の中の誰かが叫ぶ。

賊が周りを取り囲んでいる途中も男はあわてる様子もなく、ただ笑ってその様子を見届けている。

「……言ったでしょう?死にたい奴から前に出ろ、と」

その言葉が俺の耳に届いた瞬間、

大地が揺れた。


「おや、もう終わりですか?つまらんな」

優しい笑顔の男は、にっこりと動かなくなった賊の山を踏みつけた。


自分たちを取り囲んでいた賊の輪が無くなった。

逃げる賊もいたが、それは追うことはしない。

「いやぁ、助かりましたー」

暢気に礼を言って来る男。

助かった、などといっているが俺はほとんど賊を斬らなかった。

斬れなかった、という方が正しいのか。

自分が斬る、というより斬れる賊の絶対数が居なかったのだ。

ほとんど、この男が倒してしまった。

「……片付けはこちらに任せて下さい。それぐらいしかできませんが」

「十分です。ありがとうございます」

そう言うと、男は馬の首をなでる。

「さぁ、じゃあ自分は国に帰ります」

「帰るんですか?」

「えぇ、王女殿下の護衛騎士が血まみれはまずいですし……それに、実は自分は護衛に参加しない予定だったんです」

と、いうかそもそもここにいること自体が問題なんですけど。

そう言いながら男は槍についた血を振って払った。

騎士団長は本来国に居るはずだったらしい。

「では、どうしてこちらに?」

「……そうですね、名残惜しいから、ですかね」

王女のことだろうか。

それほど王女は皆から慕われていたのだろう。

アイルファードの王女が興味を示すのは本だけ。いつか本とアイルファードでは本と結婚できるようになるだろうという噂まで流れていたが、それはきっとデマなのだろう。


「お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「……失礼しました。テロルゴ王国近衛騎士、ディノーバ・ライザックです」

「あぁ、貴方があの『黒き死の風』の……」

「……その呼び名はあまり好きではありませんが」

きっと、苦い顔をしていたのだろう。面白そうに、男はこちらを見た。

「それは失礼。……では、ディノーバ・ライザック将軍、貴国テロルゴ王国と、我が国アイルファードがこの婚姻でより良き隣人となれるよう願っております。……殿下を、姫達を、よろしくお願い致します」

アイルファード式の最上敬礼をとると、オルトヴァレス騎士団長は静かに国境に引き返していった。





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