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隊長と副長  作者: 魚日
2/6

2.私を捕まえてごらんなさい

「おい、ライザック閣下の隣に立ってるのって、ヴォルガ隊長じゃないか?」


そうですね、ヴォルガ隊の隊長ですね。


「え?……あぁ、ほんとだ。隊長も同行するんだな。……ってか、騎士団の精鋭を連れて行くにしてもなぁ……?」


そうですね、騎士団最強を競い合う御兄弟が、揃いも揃ってなんてアイルファードから王女殿下を迎えるにしても……。


「豪華だなぁ」



違いますよ、不用心というか……。

勝るとも劣らない戦力を両方一気に国外に持ち出すなんて何考えてんだ、と言いたいけれど、それを考えずに団員を構成するとも思わないし、今の私は、近衛隊の一騎士にすぎない。

私ごときが隊長に意見するなど。

「アレグリアス・ヴィーチェ!」

フルネームで呼ばれて、振り向く。

「?……なんでしょうか?」

ライザック閣下に呼ばれたのだと気づく。

「……あのさ、兄貴に何か……してくれないか?」

「はぁ?!」

周りの視線を集めるように、思わず大声が出てしまった。

「声がでけぇよ」

「……すみません、あの、何かしたのか?じゃなくって、ですか?」

頷くライザック閣下を見ていると、ヴォルガ隊長を彷彿とさせる。

……やっぱ似ているなぁ。

「……理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「いや、ぶっちゃけ今回の任務にはヴォルガ隊へ出動命令は出てないんだ」

「……ヴォルガ隊の隊長殿がいるのは私の気のせいですか?」

理由は否応なしに察したが、あえて皮肉を込めて聞く。

「あぁ、俺も実は気のせいじゃないかって期待している」

閣下、その期待は確実に裏切られてますね、今まさに。

ってか、

「……ご本人の前ではお答えしかねますよ、閣下」

ライザック閣下のすぐ後ろにはすでに隊長がいた。

隊長と目を合わせずにすぐ後ろに居た栗毛の馬の鼻を撫でてやる。

調子は良さそうだ。

「それから、閣下」

振り返ると、閣下と隊長がにらみ合っていた。

「ん?」

「私の事は、どうかアレグリアスとお呼びください。フルネームはちょっと……」

近衛最強の呼び声高いライザック閣下にフルネームで呼ばれたせいか、隊長がこちらに視線を照射しているせいか、先程から他の騎士からの視線が痛い。

「アレグリアス……殿?」

「殿なんてつけないでください、余計目立ちます」

閣下が殿をつけたのは隊長があからさまに嫌な顔をしたせいだろう。

しかし、

「将軍がそんな風に呼んでいいわけがありませんよ、私は近衛の一騎士なんですから」

「わかった、アレグリアスか……長いな。愛称は?」

しばらく考える。

そもそも男所帯の騎士団で自分の事を愛称で呼ぶ人物なんていない。

ヴォルガ隊に居た頃は、副長。

今はヴィーチェと呼ばれている。

「……、妖精たちにはアリアと」

「そうか、……睨むなって。……こんな兄貴だけどいいのか?」

閣下が呼び捨てを通り越して、愛称を呼ぼうとしているのはよく分からないが。

「……いいんじゃないですか?私はもうヴォルガ隊の騎士じゃありませんから、何とも言えません」

そう答えた時、ちょうど整列の号令がかかった。

「では、将軍、隊長、失礼します」

そう言って二人と別れる。






「……なんか、論点ずれてなかったか?」

「……俺も、将軍になれば、彼女をアリアと呼べるのか」

……こっちも論点がずれてる。

どうやら隣に立つ兄は恋人を愛称で呼びたいらしい。

「普通にいつ呼んでもいいじゃねえか」

「……愛称がアリアだなんて知らなかった……」

少なからずショックを受けているらしい。

……兄貴もこんな顔するんだな。


自分よりも少しだけ背の高い兄をライザックは小さく、可愛らしいもののように感じた。










*************










「…………において、……が……」

……陛下の声聞こえないなぁ……。

従軍する人間は全員が全員軍人であるわけではないのだから、魔法なりなんなりで拡声させればいいのに。

高級将校にばっかり陛下の声を聞かせてどうする。

……まぁ、今の騎士団長なら……しょうがないか。












「違う、もっと背筋を伸ばして……。あぁ、そうだ、そのままの姿勢で……。前を見ろ、手元ばかり見るんじゃない」

「……アリア、何してんだ?」

振り返ると、ライザック閣下が栗毛の馬を引いてこちらに歩いてきた。

「クラウド閣下は今回の遠征には参加されないので……。直属の上司が特にいないので、最後尾をのんびり行こうかと」

「んで、見習いの乗馬指導か?」

頷くと、面白そうに笑われる。

「閣下こそ。いつもの青毛の馬はどうしました?」

「あぁ。ヴォルガに乗っていってもらってる。もともとはあいつの馬だしな」

近衛騎士ディノーバ・ライザック将軍はいつも青毛の馬に乗っている。

テロルゴには青毛の馬に乗る騎士はほとんどいない。

趣味で青毛の馬を保有している貴族はいるが、戦場で乗ることはしない。

それというのも目立って仕方がないのだ。

腕に相当な自信がない限り、戦場で青毛の馬に乗る騎士は居ない。

その数少ない騎士の代表格が、目の前の御仁であるのだが。

「そもそも、そんなに大所帯でもないのになぜ見習いに馬をつかわせようとしないのでしょうか。徒歩でアイルファードの王都まで従軍って……負担とか、考えられたのですか?」

こんな事は本来将軍に言うものではないが、高級将校の方針にいささか腹が立つ。

「あー、それはファガース……陛下も言ったんだけどな。アホの……今の秘密な。騎士団長閣下様が却下を出した」

ため息をつくと、閣下は更に続ける。

「……ため息つくのは早いな。……宰相様がそれに味方してるから面倒なんだよ」

思わず額に手を当てる。

あんのジジィは陛下の言動に反対することが生きがいなのだとは知ってはいたけれど、善悪関係なしか。


「……閣下、先程の陛下のご挨拶が拡声も何もされていなかったのは……」

「あぁ、団長様と宰相様が要らんと一刀両断したせいだ。あいつ等、国王を慕う騎士を作りたくないんだろうな。実際、そんなことの配慮もないのかと不満を持っている騎士は居るしな」

それはそれで、その騎士が浅慮であるとは思う。

「さて、俺も体力ありそうなのを探すか」

気を取り直したように徒歩で従軍している見習いを見回し始めた。

ふと、横を見ると貴族出身の騎士が見習いに馬を御させて、その馬に乗っている。

自分で御せないのならば馬に乗るなと思うが、歩くなんて思考はそれ以上にないだろう。

ふと、その騎士の家が宰相派の家柄であったことを思い出す。

……それでか。

閣下は考えなしに言いたいことを言っているわけではない。

それが分かって、思わず笑みを浮かべる。


……やはり、似ているな。


考えていないようで、考えているところ。


何もしていないようで、しているところ。


……だからこそ、か。


だからこそ、私はあの人に惚れているのだ。







*************






弟が出立直後に昇進祝いに譲った青毛の馬を押し付けて、自分は栗毛の馬を引いてどこかに姿を消した。

おそらく、見習い騎士のところだろう。

あの男は、若く力に満ち溢れている人間が大好きだ。


そんなことよりも、現在進行形で避けられている彼女と話をしたい。

……したいのだが。



「ディノーバ殿、お父上はお元気ですか?」


「ディノーバ殿、次の社交会ではぜひ妹君同伴の上ご出席を……。あぁ、私にも妹がいまして……」


「ディノーバ殿、私の姉が貴殿に憧れておりまして……」


「ディノーバ殿」


「ディノーバ殿」


「ディノーバ殿」



……やかましい。


自分の隊の貴族出身者は身分で人を推し量るのが嫌いで、貴族の中でいわゆるはみ出た存在が多いため忘れかけていたが、本来貴族とはこういう存在だった。

適当に受け流しながら淡々と移動していると、日が暮れ、その日の野営地に着いた。

なぜこうも興味に触れもしない貴族の相手をしなければならないのかとイライラしていると、ライザックが馬を駆けさせ戻ってきた。

そのまま青毛と並べる。


「今年は不作だなー。いや、いい人材はそろってるんだけどなー」

つまりは、血の気の多いのがいなかったという事だろう。

「……従軍していない者ならいるだろう」

とは言ったものの、見習い騎士本人が望まない限り弟に紹介することはしない。

この男は確実に全力を出すからだ。

見習い本人が望まない限りは極力手合せをさせたい男ではない。


「そうかー、……で?やっぱり捕まったか」

にやにや笑っているところを見ると、やはりわざとだったようだ。

「おかげでな。……俺は彼女を探してくる」

馬の手綱を押し付けて、自分より後ろの隊列の方へ歩き出す。

従軍している女性騎士は目立つから、何より自分が彼女を見つけられないはずがない。

そう思ってか、自然と歩くスピードがが速くなる。

「あーあ。……行っちゃった」


ライザックが後ろを見ると、馬を引いてくる女性騎士の姿。

「……逆から来るなんて思わねぇか」

ライザック達は最後尾に居た。

確かに、彼らは最後尾に居たのだ。

しかし、如何せん貴族様というのは行動が遅かった。

移動も、なにもかも。

今回の王女を迎えるための遠征軍の人選は最終的な権限は国王ではなく、騎士団長にあった。

そこからは、くだらない話。

同じ騎士見習いでも、優先されるべきは実力でなく家柄、身分。

それでもやっと選出された他階級の出身の騎士見習いには馬さえ与えず、徒歩でついて来いときた。

多分、すでに離脱者なりなんなりは出ているだろう。

それさえ、きっと今の騎士団長は気がつかない。

気がついたとしても、替えが聞くと思っている。


実に、くだらない。



そんなことで最後尾の騎士見習いは、マイペースな貴族様のすぐ後ろをついて行っていると、ほとんど遅れることなく野営地に到着した、というわけである。









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