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6話 深夜2時の警察署

 夜中になるととたんに濃いコーヒーが飲みたくなるのは体質だろう。

 コーヒーを飲むと眠れなくなる人が多いらしいが、雅斗の場合はそうでもない。どちらかと言えばアルコール類の方が眠りを妨げる結果になる。別に法律云々を守るとかそう言う理由ではなかったが、雅斗は滅多な事でアルコールを飲まなかった。

 いつものようにエスプレッソマシーンを動かしていると、テーブルに置いてあった携帯電話が震えた。

 一樹の携帯電話からだった。

 出ると、そこから聞こえたのは聞き覚えのない声。彼は「伊東」と名乗り、警察官だと告げた。驚いているとさらに驚く内容が付け加えられる。そして「強制」ではないが、警察署まで来てくれないか、と言われる。

 さすがにこの時間は寒くなる。

 今年、着るのは二度目になるフードの付いたカーキ色のジャンバーを着込み、家の前でタクシーを拾った。

 出がけに母親に文句を言われたが、そんなことよりも一樹の事が気になっていた。

 殺人事件の、第一発見者になった。

 重要参考人として任意同行を求められた彼は仕方なく警察署に赴いた。容疑者でもないのだから身元引受人が必要な訳ではない。ただ、雅斗に来て欲しいと言っているそうなのだ。他に連絡のとれそうなところもなく、警察は仕方なく彼に電話をしてきたのだ。

 被害者は一樹の知人の女の子。まだ十代の女の子と聞いて少し驚いた。

「・・・ああ、でも天野じゃなかったのか」

 雅斗が少し残念そうに呟くと、タクシー運転手は少し怪訝そうにした。

 タクシーが警察署の前に着くと時計はもう深夜二時を指していた。

 普段から近寄りがたいイメージのある警察署は深夜二時ともなるともっと近寄りがたくなる。だからと言って警察署の前をうろうろしているのも変だ。

 意を決して中へと向かう。

 入り口で雅斗を呼び止めた守衛らしき警官に事情を話すと、背の高い刑事が出迎えに来た。

「一色一樹くんのお友達ですね?」

「はい、そうですけど」

「彼は今会議室の方にいます。どうぞ」

 事件に何の関係もない自分が入っても良い物かと迷ったが、促されるままに中に進む。

 会議室の前には数人の男女がソファに座り込んでいた。

 雅斗と年は変わらない位だろう。一樹と負けず劣らず派手な髪と服装をしている。だが、その顔色は暗い。

 雅人達が近付くとちらほらと顔を上げたが、何も言わずに再び下げた。一人の男だけが何故か雅斗を睨み付けていた。

「どうぞ」

 刑事に言われ、雅斗は会議室の中に入る。

 会議室と言ってもそれほどの広さはない。長机を四つほどくっつけて並べただけで一杯になってしまうようなスペースだった。

 その端に仏頂面の一樹が座っていた。

 年配の刑事が扱いに困ったように腕組みをしている。

 一樹は雅斗の存在に気が付くととたんに笑顔になった。

「よう、悪いな、雅斗」

 軽い口調で言った彼はいつもと変わらない。

「何だ、元気そうじゃないか」

「元気だよ。ただまぁ、色々とあってさ。・・・な、おっちゃんもう俺帰っていいだろ? もう同じ事何度も聞かれてうんざりしてんだよ」

 そう言うと彼の向かい側に座った刑事が渋い顔をする。

 刑事の考えていることが大体読めて雅斗は口元を押さえる。

 おそらくあの年配刑事は一樹が犯人だと思っている。むろん証拠も無しに下手なことは言えない。だから任意同行という形でしか事情聴取が出来ないのだ。

 一樹はこれで頭の回転が速い。物事に淀みなく答えてかえって疑いを深められたのだろう。

 悪意もない。頭もいい。刑事としてはやりにくい相手なのだろう。その上彼は高校生だ。長時間拘束している訳にもいかない。

 何とかして短時間で話の矛盾点を引き出そうとでもしたのだろう。

 年配の刑事の作戦は失敗に終わったようだ。

「任意同行ってのは帰りたいときに帰れるんだろう? 俺はちゃんと全部話したし、雅斗も来たことだから早く帰りたいんだけど?」

 年配の刑事はちらりと一樹をみて、視線を雅斗に向ける。

「有賀、雅斗くんと言ったね」

「はい」

「彼とはどういう関係で?」

「クラスメートで友人です。高校に入って知り合いました」

「良くこんな時間に出て来られたね」

 雅斗は優等生の笑みを浮かべる。

「彼が、心配でしたから」

「随分と仲が良いようだね。あまり仲良くなるタイプには見えないのだけど」

「人を見かけで判断してはいけないと、教えられましたから」

「ぶはっ!」

 変な声を上げて一樹が吹き出す。

 ネコをかぶっている態度がおかしいのだろう。睨み付けたくなるのをぐっとこらえる。

 裏を見据えように刑事が彼の目を見つめていた。雅斗は逸らさない。

 やがて男は息を吐いた。

「・・・自宅まで送らせましょう」



 廊下に出ると、先刻いた男女の姿はなくなっていた。

 代わりに妙に体格の良い婦警が立っている。

 婦警、と言うのには少し語弊があるだろうか。婦警の格好をした大男とでも言うべきだろうか。顔はそれなりに良いのだが、どう見ても男にしか見えない。

 彼女(?)は片手に十字架のようなものを持って仁王立ちをしている。伊東と並んでもひけを取らないくらい大きい。

 深夜二時にこんなところにこんな格好でいるのなら、酔っ払いか何かが保護されてきたのだろうか。

 伊東が蟀谷を押さえて溜息をついたのが聞こえた。

「藤岡さん、何を・・・」

「あちょー、覚悟ぉー!」

 妙な奇声を上げて婦警(?)が一樹目がけて飛びかかる。

 持っていた十字架が彼の額へ直撃する。

「ぐはっ!」

 ばしっ、と痛そうな音を立てて直撃した十字架は跳ね返り宙を舞う。衝撃を受け、一樹の身体が大きく後方にのけぞった。

「いっ、いってー!!!」

「やったわよ、イトメくん! この子痛がっているわ! 十字架で! 吸血鬼よ、やっぱり吸血鬼だったのよ!」

「誰だってこんな金属片をいきなりぶつけられたら痛がりますよ! す、すみません、大丈夫ですか?」

 伊東はそう言って倒れた一樹を助け起こす。

 一樹は涙目で悪態を付く。

「何だよこのおっさんは!」

「おっさんなんてレディに向かって失礼ね! あら、可愛いわ、この子。お姉さんとデートしない?」

 突然矛先を自分に向けられて雅斗は本能的に関わりたくないと思った。

「遠慮しておきます」

「もてるな、色男」

 立ち上がりながら揶揄するように笑う。雅斗は嫌そうにした。

「嬉しくない」

「本当にすみません」

 本当に申し訳なさそうに言う伊東に一樹は苦笑する。

「苦労してんのな。あんたが謝る事じゃねぇし、ケガ無いし、それに少し目が覚めた」

 反撃とばかりに雅斗は切り返す。

「マゾ」

「うるせぇよ」

 悪態をつくも僅か笑っている。

 本当に少し目が覚めたようだ。

 伊東はもう一度謝り、正門前で待っているように言う。婦警(?)は不気味な笑いを浮かべながら伊東の後を付いていった。

 二人が去ったところで雅斗は彼を見た。額にくっきり十文字が刻まれている。

「・・・大丈夫か?」

 彼は額をさする。

「ああ、あのオカマ思い切りやりやがったけどな」

「そうじゃなくて、大丈夫か?」

 つり上がった瞳が、僅か苦痛に揺れる。

 知人の死体を見てしまったのだ。そうでなくても相次ぐ殺人事件の被害者が自分に関わりがある人ばかりで精神的に病んでいたのだ。

 強がって、何も感じていない風を見せていても、彼は明らかに痛がっている。

 無理して笑っている彼を見て、雅斗は痛ましくなった。そうしていないと大声で喚きたくなるのだろう。自分を呪いたくなるのだろう。

 だから笑う。

 けれど、それは周りの人間にとっては、人の死を何とも思わない不謹慎な者としてとらえられる。

 誰も彼のそういうところに気付こうともしない。

 彼は雅斗の肩にとん、と額を置いた。

「泣いたっていいよ」

「・・・ばーか。泣かねぇよ」

 言った彼の声が僅かに震えたのを雅斗は指摘しなかった。


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