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5話 涙も出ない


 澄子のマンションに着くとマンションの前で数人の男女の姿が見えた。

 一度二度顔を合わせたことのある奴と、中学時代の同級生が混じったメンバーだった。口もやることもろくでもない奴らだが、遊びにはうってつけだった。

 彼らはそれぞれ買いだしてきたらしいビニール袋をもち、マンションの住人に迷惑になりそうな声で遠慮無く喋っている。

 メンバーの中心にいた男は二人の姿を確認すると手で合図を送ってきた。

「イズミ! あ、なんだ一色も一緒か」

「可愛くねぇな、相変わらず」

「お前に可愛いなんて思われたかねぇよ」

 もっともなことをいいミクニは心底嫌そうな顔をした。

 一樹の腕に絡みつくような姿勢でイズミが首を傾げる。

「ねぇ、みんな何で中に行かないの?」

「それがスミの奴いないみたいなんだ。電話したけどケータイもつながらねぇし」

 イズミは眉をひそめる。

 澄子は、約束したのに何も連絡せず出かけるようなことはしない。

「変なのー、買い物にでも行ったのかな?」

「そう思ってここで待ってたんだけど、お前らの方が先に着いた」

「じゃあ勝手に中に入っちゃおうか。鍵の隠し場所私しっているし」

「そうだな」

「んじゃ、鍵取ってくるねー」

 一樹が同意すると、イズミは走って玄関の方へ向かう。一同もそれに続いた。

 普通のマンションと言った風情の建物は監視カメラが各階に備え付けられている。これがあると無いとでは格段に安全性が違う。女の子の一人暮らしならもっといい防犯システムのある場所に住んだ方がいいと思うが、十代の財力ではこの程度だろう。

 イズミが鍵を持っているのを確かめて澄子の部屋へと向かう。

 ふと、一樹は視界の端に何かを捕らえて立ち止まる。

「どうした?」

 ミクニが怪訝そうに振り返る。

「あ、いや、今蝶が飛んでた気がして・・・」

「お前クスリでもやってんの?」

「実はちょっと」

「アブねー、近付くなよ」

 冗談で言うと、彼も冗談で返した。

 きっと気のせいだろう。こんな冬場に蝶がいるわけがない。

 鍵を開けて真っ先にイズミが飛び込んだ。

「おっじゃましまーす」

 一樹もそれに続き、その後を女の子達が入り、最後にミクニが入った。

「あれ? 電気付いてるじゃん。スミちゃーん、いるのー?」

 呼びかけながら彼女はリビングへ向かう。

 何か、嫌な予感がした。

 イズミがドアを開ける。

 一樹の視界に床に倒れた人らしきものが映る。

 そして鮮烈な、赤。

 とっさに一樹はイズミの目を隠した。

「みんな止まれ!」

 びくっとして全員の動きが止まる。

 かたかたと震えるのはイズミだ。目隠しをされた状態で彼女は硬直している。

「何だ、どうしたんだ?」

 ミクニが後ろから問いかける。

 竦んだまま動けないでいるイズミを引きずり出すようにして、一樹は一旦ドアを閉めた。血の気が引いて自分の手も震える。声はあごの裏に貼り付いてしまったようにざらざらとした。

「・・・誰か警察と、救急車を」

「何? 何があったの?」

 どう説明すれば良いのだろうか。

 彼は必至に言葉を選ぶ。

 あれは死体だ。しかも事件性がある。

 脳裏に浮かんだのはくだんの「連続殺人事件」だった。

「・・・・、澄子が、倒れていた」

「え? うそ」

 慌てて中に入ろうとする女の子を手で止める。

「行かない方が良い。・・・多分、もう、息がない」

「え?」

 誰も、その言葉を理解できなかった。

「何・・・? どういう意味? 冗談でしょう?」

 一樹は首を振る。

 冗談でこんな事は言えなかった。一瞬しか見えなかったが、彼女は腹部を引き裂かれ、天井を向いていた。目は見開かれ、身体は硬直しているように見えた。

 あの状態ではもう生きていない。だが、本当にもう助からないのか確かめる必要がある。もし助かるのなら、応急処置くらいは出来る。

 彼はミクニにイズミを預け、耳打ちでどういう状況なのか簡単に説明する。みるみる彼の顔色が青ざめていくのが見えた。

「一応、確認してくる。警察への連絡、頼んだ」

 リビングの扉を開け、中に入った。

 ばたん、と扉が閉まったと同時に扉の外からイズミの悲鳴が聞こえた。



 すぐにあの事件を連想したのは今まで自分のところに何度も警察が来ていたからだろう。

 一樹は自分でも恐ろしいくらい冷静だった。

 現場を荒らさないように澄子に近付き、腕を取って脈を確認する。手は冷たく、脈は完全に止まっていた。呼吸もない。

 随分と経っているのだろう。白いカーペットに付着した血液が端の方が少し乾き始めていた。

「一色」

 後ろからミクニが呼びかけた。

 廊下では女の子の泣き声と、それを宥める男の声が聞こえる。

 彼はリビングに入るとすぐにドアを閉める。一瞬澄子の姿を見てひるんだ様子を見せるが、必至に冷静になろうとしているのか、気丈な声で言った。

「警察、すぐ来る」

「そうか」

「・・・どうだった?」

「脈は、ない」

 言って自分の声が無機質なのを感じた。

 人が死んだ。

 しかも彼女は知り合いだ。そしてその死体の近くにいるというのに、テレビの殺人事件の報道を見るくらいの感想しかない。

 悲しくない訳ではない。だけど何か自分の感情に違和感を覚えるのだ。

 つき合っていた女の子達が犠牲になったときもそうだった。悲しくて、嫌な気分になった。しかし、殺人鬼よりももっとおぞましい何かが潜んでいる予感がするのだ。そのせいで悲しむという感覚が薄らいでいる。

 涙も出ない。

「お前、冷静だな」

「・・・言いたいことあるなら、はっきり言えよ」

「お前のせいだろ、これは」

 その言葉がどういう意味を持つかも考えず、彼ははっきりと言った。余裕が無いのだろう。責めるような眼差しで彼は一樹を見ていた。

 はっきり言えと言ったのは自分だから責められないが、正直少し傷ついた。

 天野の弟にも似たようなことを言われたが、これは明らかに意味が違う。

「噂、お前だって聞いているだろ?」

「殺された三人に共通した知人がいた。それが、俺だって?」

 冷静な一樹に対して、ミクニは明らかに怒りを露わにしている。

 ぎり、と歯ぎしりをする音が聞こえた。

「・・・そうだよ。お前の遍歴くらい大体知ってんだよ。少なくとも二人はお前とつき合っていたんだ。お前がやったんじゃないのか?」

「それは違う。大体いつ俺が彼女を殺せる? お前らの方が先に着いただろう?」

「その前に来ていたかもしれないじゃないか」

「俺はライブハウスにいたよ。イズミが証人だ」

「自分に有利に発言してくれそうな奴を選んだのか? 最悪だな、お前」

 馬鹿馬鹿しくなった。

 一樹はミクニに向かって見下したように笑う。

「お前、自分がなに言っているのか分かっているのかよ?」

「何だと!」

「お前が俺を殺人犯にしたてようとしたんじゃないのか? お前、イズミが好きなんだろう? イズミは俺に好意を持ってる。お前にしてみれば俺は邪魔者だな」

「てめぇ!」

 いきりたってミクニは彼の胸ぐらを掴む。

 ぶちっと音がしてシャツのボタンが飛んだ。

「言って良いことと悪いこと、あるだろうが!」

「・・・お前と同じ事言ったんだよ、ミクニ。放せよ。ケンカをしていい場所かどうかくらいお前でも分かるだろ」

「・・・っ!」

 顔を真っ赤にして怒りを飲み込んだ男は、まだ冷めやらぬ雰囲気で一樹を突き飛ばすように放した。

 一樹の顔を横目で睨んで彼はドアの方に向かう。

「・・・死神が」

 吐き捨てるように言い残して、ばたり、とドアが閉まる。

 再び部屋は静かになった。

 廊下側からはどん、と壁を殴るような音が聞こえる。

 一樹は落ちたシャツのボタンを拾い上げてポケットに仕舞い込んだ。

「・・・・言われなくても分かっているさ」

 自分の関わった人間がこれだけ沢山死んでいるのだ。

 誰よりも自分が死神だと思っているのは自分自身だ。

 そんなこと、人に言われなくても、分かっている。




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