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4話 容疑者


「ふうん、あの連続殺人事件、あんたも捜査してるのね」

 一通り説明を聞いたところで藤岡はアイスモカを飲みながら肩肘を付いた。

 日暮れ間近のカフェは学校帰りの高校生達でにぎわい始めている。その窓際の席で女を挟んで体つきの大きい男とオカマが一人、並んでドリンクを飲んでいる姿は異様な光景だった。

 ふと伊東が視線を上げると、外のテラスで温かい飲み物を飲んでいた女子高生と目が合った。彼女は意図的に視線を逸らした後、連れの女の子に目で合図を送る。彼女が偶然を装って視線を巡らしてこちらを確認すると、二人は何かを話しやがてくすくすと笑い始めた。

 どんな会話をしているかは分からないが、少なくとも警察関係者だとは思われていないだろう。

 伊東は額を押さえた。

「遺体損壊事件っていう可能性は?」

 藤岡が聞くと愛が頷いて答える。

「皆無じゃないわ」

 死因は特定されていない。毒物による中毒死という見解だったが、実際何か毒物が発見された訳ではない。

 三人ともほぼ同じ位置に噛み傷のようなものがあるから事故より人為的なものが考えられるが、事故という可能性も捨てた訳ではない。

 誰かが死体を発見して、衝動的に腹部を切り裂いたという可能性もあるが、三人ともとなるとその死自体に誰かが関与した可能性もある。だが、遺体損壊事件という可能性もまだ皆無とは言えなかった。

「容疑者はいるの?」

「重要参考人として警察がマークしている人物は何人か。そのうち一番嫌疑をかけられているのは、被害者三人と交際した経験のある男の子」

「男の、子?」

 言葉を正確に読みとって藤岡は問い返す。

 男の子というからには成人男子ではないということだ。

「高校生よ」

「随分プレイボーイね。可能性として考えられるのは、その色男くんに恋する女の子の嫉妬、あるいは色男くんが性的欲求を満たすために行った快楽殺人、それから食事」

「食事?」

 明らかに異色な言葉に伊東は顔を上げて問いかける。

 僅か笑いを浮かべて藤岡が答えた。

「吸血鬼って知っているわよね? あれよ」

「そんな非現実的な」

「好血症だったかしらねぇ。実際人の血を好む人いるのよ。だいたい自分の血だったり、恋人の血だったりするから表沙汰になったりしないけどね、患っている人は少なくないのよ? だからといってそう言う人が犯罪を起こす可能性なんて一般人のそれと大差ないけどね」

 返ってきた言葉は案外まともで驚く。

 見てくれはともかく、藤岡は想像よりはまともな人間で安心した。

「私を呼び出したってことは、そう言う事件なんでしょう?」

「そうよ」

 藤岡ははぁ、と溜息をついた。

「・・・聞いちゃったからには協力するけどね、けど、エルメスの為にまたこういう厄介なことに首を突っ込んじゃう私って情けないわ」

「そう言うあなたのこと、好きよ」

 好きと言われて藤岡は彼女を睨む。

「疫病神に告白されても嬉しくないわよ。・・・ね、ところで伊東くんさ、今晩暇あるの? 親睦も兼ねて焼き肉でも食べにいかなぁい?」

 間延びした声で言われ、背筋に寒いものが走った。

 それと同時に怒りを覚える。

 殺人事件の話をしたあとに焼き肉の話だ。不謹慎な上に神経も図太い。

「今晩殺人事件が起きるのに、よくそんなこと言えますね」

「え?」

 きょとんとした藤岡の顔を見て、伊東は自分の口走った言葉に気付く。「今晩おきるかもしれない」そう言うべきだったのに、「おきる」と断定してしまった。これでは自分が犯人で、殺人予告をしたかのようだ。

 藤岡は視線を愛に落とす。

「ねぇ、ひょっとして彼・・・?」

「ええ、可能性が高いわ」

 冗談とも本気ともつかない表情で彼女は頷いた。

 どうやら勝手に容疑者にされたらしい。

 藤岡は不気味な笑いをうかべる。

「うふふ、じゃあ、今日は捜査本部でお泊まり会ね♪ 愛は子持ちだから帰って良いわよ、何かあったら夜中でも何でもたたき起こすから☆」


     ※  ※  ※  ※


 ステージ上では『北斗の拳』に出てきそうな格好をした男たちが騒がしいだけのロックを歌っていた。

 グリーンティーを飲みながら一樹は手の甲に貼りつけられた電車のシールを見つめた。

 中三の時、親知らずの抜歯のために行った歯医者にいまだ通っているのは、虫歯がある訳でも矯正しているわけでもない。歯科検診やホワイトニングをしに行っているのだが、それも言ってしまえば口実でしかない。

 椎名歯科医院の若い歯科医は、飾り気も愛想もない女性だった。綺麗な人だが、いつも大きなマスクで顔を隠し抑揚のあまりない声で喋る。たまにマスクを外してもあまり笑わず、口調も女性にしてはぞんざいだ。

 女性としての魅力に欠ける、というか、女性として無自覚というのか。とにかく取っつきにくい印象のある人だ。

 それなのに何故か無性に会いたくなるときがある。

 何かと理由をつけて会いに行く一樹に彼女は「また来たのか」と言う。先生に会いに来た、と言うと、馬鹿なこと言うなと切り返す。

 椎名歯科医はそれでも子供には優しく微笑みかける。治療の終わった子供にご褒美のシールをあげる。

 うらやましくて思わず欲しいと言うと、まだまだ子供だな、と苦笑しながらもシールをくれた。

 そして今日は電車の形をしたシールだった。

「あれー、イロくん今日はお酒じゃないの?」

 後ろから抱きつかれて飲み物をこぼしそうになるが、シールにだけはかけまいと死守する。

 自分の事を「イロ」と呼ぶ人間は限られているので振り向かなくても分かったが、一応確認する。

「んー? 何だ、イズミも来てたのか?」

「えへへー、イロくん探しに来たんだよー。なーんて」

 メッシュの入った茶髪の少女はやけに露出の多い格好をしている。おそらくお気に入りのバンドがあってライブハウスに来たのだろう。腕にロゴのタトゥーが入っている。

「クヴァドラート?」

「アタリー」

「最近人気出たよな」

「ボーカルのSIVAがすっごく格好良いの。もち、イロくんの方が格好良いけどねぇー」

「おだてたってやるもんねぇぞ。・・・ん? 髪切った?」

 指摘すると彼女は嬉しそうに微笑む。

「え? 分かる?」

「イズミはその方が似合うな、可愛くなったよ」

「ホント? うれしー」

 彼女はそう言って一樹の横に座る。

「ねぇ、この後暇? スミちゃんの家に集まって飲むんだけど、イロくんも来ない?」

 スミちゃんと言われて一瞬思考を巡らす。

 知り合いにそう呼ばれているのは四人くらいいるのだ。どの「スミ」だろうかと思い、イズミと仲の良い澄子のことだと思い至る。

 何度か会ったくらいだが、二回デートはした。

「ん、そうだなぁ、どうせ暇だし行くか」

「やった、逆ナン成功!」

 喜々として言ったイズミは一樹の腕に抱きついた。

(Eカップ。・・・ラッキーだな)

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