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2話 脱皮


 数学の問題を解き終えて雅斗は天野から貰ったメモを眺めた。

 「green」が強者で、「AM」が天野。

 そう言えば自分もイニシャルが同じなのだな、と雅斗は思った。

 結局あの後当たり障りのない会話をして学校に向かった。予鈴が鳴る直前に校門をくぐり、教室に着いたのはいつもと変わらない時間だった。天野が遅刻すまいと急いでいたせいだろうが、二人で来たというのにいつもと変わらない時間で少し驚く。大抵二人で歩けば、特に隣が女の子の場合は遅くなるものなのだ。

 一限目は数学だ。

 授業は練習問題を解くことが中心になるため、これほど退屈な時間はない。何故こんなに無駄な時間を取るのだろうか、と常々不思議に思うのだが、雅斗以外の生徒はそう思わないらしい。

 この学校の生徒はスポーツ推薦枠で合格したのでなければ頭がいい人間がそろっている。そんな偏差値の高い学校と称されるこの学校ですら、彼の脳を持てあましているのだ。

 そのチェスの強い人というのは雅斗をどれだけ楽しませてくれるのだろうか。そもそも彼がチェスを止めたのは自分以上の相手に出会わなくなったからだ。過度な期待はしないが、少し楽しみだった。

 ちらりと天野の方を見ると彼女も問題を終えているらしく、前の席に座った少女に質問をされていた。

「雅斗」

 後ろからペンでつつかれて雅斗は振り返らずにノートを渡す。

「んー」

「サンキュ」

 受け取って彼はノートを写し始めた。

 このクラスで唯一金髪の男は一色一樹という。別に外国人という訳ではなく、単に髪を染めているだけだ。授業というものに真面目に取り組む気などさらさらない。雅斗のノートを丸写しするとは言え、ノートを取っているだけまだマシな方だ。数学も単位に関わる「ノート提出」が無ければこんな面倒なことをしないだろう。

 授業なんかよりもナンパの方が積極的で入学から七ヶ月で泣かした女は両手両足を使っても治まりきらない。タチの悪いことに顔がいいから厄介なのだ。

 彼もこの学校にいるからには頭が悪い訳じゃない、・・・はずだ。

「なぁ、雅斗」

「うん?」

「天野って美人だよな」

「なんだ、お前今度は天野狙いか?」

 一瞬、彼が今朝の事を見ていたのかとドキリとするが、そんなはずはない。彼は一限目を遅刻してきたのだ。

「俺が気になってるのは弟の方」

 椅子から落ちるところだった。

「・・・お前、いつから趣旨替えしたんだ?」

「ん? あ、違うぞ、俺は最初から両方オーケイ・・・・って、そうじゃなくて、俺疑われているんだ」

「誰に、何を?」

「天野弟に連続殺人犯じゃないかって」

「なんだそりゃ」

 何のジョークかと笑って振り向いたが一樹の表情はいつになく真剣に見えた。

 雅斗が僅か表情を変える。

「・・・理由は?」

「俺さー、被害者とおつきあいしていたことがあってさ」

 連続殺人事件。被害者は全員若い女性。今朝の被害者は確か女子大生。最初の被害者は女子中学生で、次はOLだったはずだ。

「誰と?」

「三人全員」

 それは交際関係が広い。

「ケーサツに完全にマークされたっぽい」

「当然だな」

 普通に考えれば彼は限りなく黒に近い。疑うのは当然のことだ。

「俺もそう思う。けど俺じゃねぇよ」

「アリバイは?」

「何度も聞かれたけど深夜にアリバイがある方がおかしいだろう? まぁ、その前日なら女の子と一緒だったけどー」

「さいで」

「俺天野と中学同じだったから、天野の弟知っているわけさ。中三で多少オス化した天野って感じ」

「オス化」

「マジだぜ? 性格温厚で争いが嫌い。だけど基本的に正義感バリバリだから、間違っていると思ったら虎にだって噛みついちゃう性格」

「・・・ひょっとしてシスコン?」

「シスコン」

 大体それで想像がついた。

 外見が姉にそっくりと言うことは一見すれば大人しそうで、一歩間違えばパシリ役に回されそうだが、不思議とそうはされない。中身は真っ直ぐで、人当たりが良く人と形を知っている人からは可愛がられる。女子にはもてるだろうが、恋愛対象にはされていない。そういうタイプの少年だろう。

「その天野弟に殺人現場で野次馬してるところを何度か目撃された」

「何でそんなところ行くんだよ」

 わざわざ疑われに行くようなものだ。

「自分とつき合ったことある女が殺されたなら少し興味湧くだろ、フツー」

「で、警察にマークされているのも感づかれて怪しまれている。どうせお前の事だから中学時代に天野を口説いた経験でもあるんだろ?」

「ばれたか」

 一樹は舌を出して笑う。

「鈍いのかそれともかわされたのか、尽く失敗したけどな」

「で、弟は何か言ってきたのか?」

「言ってきたぞ、しかも直接‘犯人なら自首して下さい’だぜ? 暗に‘姉さんに近付くな’とも言われたけど」

 万一彼が犯人なら逆に刺激しかねない言葉だ。

 吹き出しそうになって何とか笑いを飲み込んだ。

 姉を囮に利用しての陽動作戦なら頭のいい考えだけれど、話を聞いた限りの彼の性格ではあまり考えずに行動したのだろう。頭の悪い行動に呆れるを通り越して逆におかしくなる。

「そんで今弟が気になるって訳だ。んで、今冷静になって天野見てたら思ったんだ」

「何を?」

「美人だな、って」

「結局それか」

「いや、これは結構重要だぞ。被害者の共通点を探したら‘俺とつき合っていた’の他に、若くて美人ってのが当てはまるんだなって思って。とするとだ」

 彼はぱたんとノートを閉じて雅斗の前に差し出した。

「天野は殺人犯に狙われそうだってことだな」

 ノートを受け取りながら雅斗は微笑する。

 あの天野が被害者になる、というのは結構単純な方程式にも見えた。



   ※  ※  ※  ※


「あ、伊東さん」

 鑑識のジャンバーを着た中年の男が小走りに近寄ってきた。

「時計の中から見つかったものですが、虫の抜け殻でした」

 男は写真付きのファイルを開いて見せる。

 写真に写っているのは時計の内部に寄生したような何かの皮だった。蝶が脱皮した後の抜け殻のようだったが、サイズが明らかに大きすぎた。これが挟まっていた為時計は動かなくなっていたのだ。

 ヘビの抜け殻ほどの長さもない。かといって虫となるとその虫は二十センチを超える青虫になる。不自然な大きさに不自然な位置。

 何かの間違いだろう。そう思って確認を急いだが、結果は不自然な事を肯定するものだった。

「種類は?」

「特定できませんが、蝶の種類ではないかと。それと、付着していた赤黒い液体ですが、血液である可能性が高いです」

 普通ならば他の動物の血液か、虫の体液なのかと確認するところだろう。

 しかし、伊東は半ば確信しながら問い返した。

「人の?」

 自分でもどうしてそう聞いたのか分からないが、問われた側の方が少し驚いたようにする。

「ええ、そうです。今DNA鑑定を急いでいますが、人の血液であることは間違いありません」

「不自然だな。犯人がやったにしても、被害者がやったとしてもその意図が分からない」

「それを調べるのが私たちの仕事よ」

 伊東は声のした方を振り向く。

 少し眠そうにまぶたを押さえながら岩崎は二人に近付いた。何故か片手にはブランド品の紙袋が握られている。

 鑑識がやや嬉しそうに会釈をした。

 伊東は背筋を正した。

「岩崎警部」

「不正解」

「え、あ・・・岩崎さん」

「論外」

「あ、愛警部」

「可愛いけど、ちょっとダメ」

「・・・愛さん」

「認めるわ」

 ようやく呼び方が気に入った彼女は微笑む。

「伊東くん、その件は後回しにして出かけるわよ。・・・原村さん引き続きお願いします」

「はい、任せて下さいよ」

 中年の男は自信ありげに頷いて科捜研の方へと走り始めた。

 付いてくるように目で合図を送った愛は彼とは逆の方向へ向かって歩き始める。方向は駐車場の方だ。

「どこへ行くんですか?」

「藤岡眞由美の自宅」

「はぁ? あの、アイドルの?」

 ややバカにしたような目つきで彼女は男を見上げた。

「そんな訳ないでしょう。同じ名前だけど、私たちの仲間の・・・何をがっかりしているの?」

「いえ・・・何でもありません」

 がっかりした、と言うよりは脱力したのだ。

 どうも彼女と会話すると疲れる。

「厳密に言えば違うのだけど、刑事のようなものだから、同じように思ってくれて構わないわ」

「刑事のようなものって・・・」

 三流小説じゃあるまいし「銃携帯を許された探偵」という訳ではないだろう。一体どんな女性なのだろうか。

 どうせ説明する気など無いのだろうから、追求は諦める。

「それでどんな女性なんですか?」

「女性・・・そうねぇ、綺麗な子よ。身長はあなたと変わらないんじゃないかしら?」

「・・・俺、180はありますよ?」

「知っているわ」

 さも当然のように言い切る愛に伊東は首を傾げる。

 身長180センチに近い女性。同性に「可愛い」でなく「綺麗」と言い切らせるのであれば容姿やスタイルはモデル並なのだろう。しかも長身ということは外国人モデル並ということだ。

 アイドルの藤岡眞由美は小柄でどちらかと言えば「可愛い」印象のある女の子だ。名前だけで想像すればビックリするような女性だろう。

 そんな女性が殺人事件を捜査する仲間としてやっていけるのだろうか。

 自分のことを名前で呼ばせる上司だけでも規格外れだというのに、これ以上変人が増えるのかと思うと、胃の奥がきりきりと痛んだ。




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