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最終話 そして、真実は閉ざされる

 大学からいくつもの交差点を抜けて真っ直ぐ行ったところに、珈琲屋というコーヒー専門店がある。今や全国チェーンになった店は元々ここから始まったのだと聞く。他のカフェとは違う雰囲気は少し敷居は高い気がするが、待ち合わせや大学の帰りに度々利用するのだ。

 街の中を走り抜けるとメジャーデビューを果たし人気バンドとなったクワトロの曲が流れている。レコード店の窓ガラスには過激なメイクをしなくなったメンバーのポスターが貼られていた。

 珈琲屋の店内は香ばしい匂いが立ちこめている。

 店員に待ち合わせをしていることを告げると該当の人物が既に来ていたらしくすぐにテーブル席へ案内された。

 真剣な様子で何かの書類を見ていた彼はこちらに気付くと軽く笑った。

「呼び出して悪かったな、亜夜」

「いえ、僕も会ってお話がしたかったんです。・・・改めておめでとうございます、有賀警視」

 現行の法律で最短のルートで警視になった雅斗はやや自嘲気味な笑いを浮かべる。

 キャリアになって、周りの人から複雑な感情で見られても彼にはそうする理由があるのだ。

「まだ正式には警視じゃないよ」

「そう、でしたね」

 亜夜は促されて座った。

 店員にグァテマラを注文して着ていたジャケットを脱いだ。携帯電話をテーブルの上に置くと雅斗がくすりと笑う。

「そのストラップ、まだ付けているんだな」

「ええ、これは唯一の‘姉さん’ですから」

 携帯電話にはマスコットがついている。この小さな人形は15歳の時に真里が作ってくれた大切なものだ。十年も付けているからもうボロボロになりかけているが、それでもこれだけは外す気にはなれなかったのだ。

「研究室に入ったんだって? 怪しげな超常現象研究班とか名乗るところに」

「怪しげって・・・教授は貴方のお父さんじゃないですか」

「だから怪しげなんだよ」

 雅斗はくすくすと笑う。

 つられて亜夜も笑った。

 彼は出世しても変わらない。高校生の時に大人びすぎていたというせいもあるが、出会った時と彼は殆ど変わらない。

 その変わらない彼にほっとしながら、事件の事を思いだしてしまう恐怖に似た奇妙な感覚にも襲われる。

 十年前、病院に大量に蝶が発生したとき、真里は忽然と姿を消した。

 中庭には沢山の人がいて、目撃者も多数いるというのに、彼女は蝶に包み込まれている一瞬のうちに姿を消してしまったのだ。

 残っていたのは血まみれになって倒れている雅斗だけ。初めは誰もが死んでいると思った。亜夜も、彼が死んでしまったのだと思った。

 しかし彼は一命を取り留めていた。

 目覚めた雅斗はすぐに何も話さなかった。岩崎刑事達と何か色々と調べた後、彼は亜夜にこう言った。

『本当のことを、知りたいか?』

 雅斗の問いに亜夜は頷いた。

 そして、何日も食事も喉を通らないほどのショックを受けることになる。

 初めは信じられなかった。雅斗が自分の罪科を逃れるために嘘を言ったのかと思ったくらいだ。だが、彼が嘘を言っていないことは嫌でも分かる。

 何日も悩み、苦しんだ後、亜夜は彼の言葉を真実として受け入れた。

 今でもあの姉がそんなことをしたのを信じられないし、「動機なんてない」と言った言葉も納得出来ない。

 だから亜夜の中には優しかった姉と、巫蠱で人を殺して、強い力を得ようとした姉とが存在する。

 ・・・だから、彼女が人を殺した理由があって欲しいと願うのだ。何か、どうしようもない理由があったと信じたい。

 真里が姿を消してしまった今では真相は闇の中に消えた。

 もし、彼女が見つかったなら、彼女は真実を語るだろうか。

 どちらの姉が本当だったのだろうか。

 姉はまだ生きているだろうか。

 どの答えも、まだ見つからない。

 亜夜はちらりと雅斗の読んでいた書類に目をやって言う。

「お忙しいようですね」

「現場とは違った忙しさがあるよ。ろくに事件にも関われないし、岩崎刑事があれ以上の出世を拒む理由も分かる気がするよ」

 雅斗はコーヒーを飲んだ。

「それでも貴方はキャリアの道を選んだ」

「そうする方が早かったからね」

 雅斗は少し肩をすくめた。

「皆さん、変わりありませんか?」

「ああ。だけど、彼らの事を認める動きも出てきたから、結構働きやすくはなっていると喜んでいたよ」

「あの事件のせいであれだけ多数の目撃者がいたから認めざるを得なくなっていましたからね」

 病院の中庭での出来事。

 警察が何百回と調べても「超常現象」を理由にしない限り説明がつかない状況になっていた。

 苦し紛れに警察は一連の連続殺人事件を「新種の虫の毒」のせいだと発表し、半信半疑のまま世間が騒ぎ、やがて飽きたように事件の話はされなくなっていった。

 実際、警戒宣言が出された後、死者が出なかったためマスコミも騒ぐ必要がないと思ったのだろう。街を騒がせた「連続殺人事件」は「事故」として終わった。

 本当の事を知る人は少ない。

 亜夜は少し黙り込んだ。

 店員がトレイに乗せたコーヒーを運んでくる。

 ごゆっくりどうぞ、と定番の言葉をかけて去っていく店員を見送って亜夜は真剣な眼差しを雅斗に向けた。

「絶対に、姉を捕まえて下さい」

 その言葉が出たのは二度目だ。

 姉に会いたいからなのか、それとも誰かに罰して欲しいのか、実は良く分からない。分かるのは、彼もまだ、姉を捜しているということ。

「ああ、言われなくてもそうするよ」

 十年前も彼は同じ事を亜夜に言った。

 泣きたいのか、笑いたいのか分からなくて、亜夜は祈るように頭を下げた。



 蝶が舞っていた。

 ぼんやりと光る糸で翅の形を創り浮かんだり消えたりしている蝶は人の目には見えていない。それはまるで何かに惹かれるようにゆっくりと暗くなり始めた街の中を彷徨い舞っている。

 誰かが、気付いたように顔を上げ、立ち止まる。そして再び何事もなかったかのように歩き出す。

 蝶は気にする様子もなく、やがて空へと舞い上がる。

 街を見下ろしている赤い満月に向かって、ゆっくりと翅を羽ばたかせて吸い込まれるように消えた。

 吸い込まれるように、消えた。






                     了


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