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31話 死神と蝶々

 そう、犯人を予測出来てしまえば後は簡単だった。

 犯人がどうやって人を殺してきたのか、それは、信じがたい事だが、蝶の群れやあの巨大なサナギを見た後ではすんなりと受け入れられる。

 呪詛。

 それが人殺しの正体。

 犯人は巫蠱と呼ばれる古い虫を使った呪いで人を殺した。実際に、死んだ女の子達を殺したかったから呪いを使った訳ではなく、呪いを使うために、女の子を殺したのだ。

 そう、女の子達は虫を養う為の生け贄だ。

「そもそも血液型なんてどうでも良かった。虫が、その牙で血を啜るとき何かを逆に注入する。それが被害者の血を稀な血液型に変えてしまったんだよ。死因は毒物による中毒死じゃない。ショック死だよ」

 血液型が変わったことにより身体が堪えられなかったのだ。

 現に献血手帳によると澄子の血液型は稀血ではなかった。しかし警察側が持っていた資料では彼女は稀な血液型だと認識されていた。つまり、事件の前と後では血液型が違うのだ。

「輸血で血液型が変わることだってある。身体が拒否反応を起こせば死に至る。おそらく虫に襲われた人は気付かなかっただけでもっとたくさんいた」

 病院の中庭は他の患者の姿や、看護士の姿も見える。

 柔らかく暖かい日差しの中で雅斗は憂鬱そうに息を吐く。

「証拠になるかは分からないけれど、クワトロのファンの子の首筋を確認したら何人かに噛まれたような跡が見られた。・・・これは俺の知り合いのじいさんが言っていたんだが、巫蠱は一旦体内に取り込むと蟲の力が強くなるそうだね。でも生け贄が死んでしまっては体外に取り出すことが難しくなる」

 だから、腹部を開く必要があったのだ。あるいは、虫自身が内側からこじ開けたのか。どちらにしても、あれは犯人にとってそれだけの意味でしか無かったのだ。

「羽化すれば巫蠱も完成だったんだろう? 残念だったな、・・・天野」

 呼びかけると少女は普段と変わらない風ににこりと笑った。

 何の動揺も見られない。

 ただ、普通に話しかけられて、受け答えをするかのような不自然なほどに自然な微笑み。

「くやしいわ、どうして私が犯人ってわかったの?」

 彼女は、巫蠱で人を殺してきた彼女は、悪びれた様子など微塵も見せずに笑った。髪の毛は短くなっているが、その笑顔は学校や電車の中でみた彼女となんら変わりがない。

 何か勝算でもあるのか誤魔化す事もとぼけることもせずあっさりと認めた天野は、雅斗の次の言葉を待っている。その表情に「悔しい」という感情も浮かんではいない。

「皮肉なことに君が最初に言ったんだよ。犯人は一番怪しくない人が犯人だって。襲われて生き残った君は一番怪しい。逆に言えば、君が一番怪しくないんだよ。それにね」

 雅斗は彼女を横目で睨みながら言う。

「俺は犯人の考えていることが手に取るように分かるんだよ」

「そう言っていたわね。どうして?」

「似てるからだよ。人殺しと、俺が」

 そう、そもそも天野と自分はよく似ていた。

 初めは気づかなかった。彼女があまりにも自信の姿を弟に似せていたから気づかなかった。だが、自分が何故天野の死体を見たかったのか、どうして彼女に死んで欲しかったのかその理由に気付けばすぐに彼女が自分とそっくりだと言うことが分かった。

 自分が死んで欲しかったのは自分自身だ。

 六年前、母親の死体を見つけて泣くことも出来なかった自分をたまらなく嫌悪していたのだ。

 性質的に似ている人が犯罪を起こせば、その心理状況など、どう行動するかなど、すぐに分かってくる。

 だから彼女が犯人だと言うことが分かったのだ。

 後は一つ一つ裏を取ればいい。そして証拠も全て彼女を示していた。

「クワトロのレコーディングの時、君はマスターテープを自由に触れる場所にいた。江田先輩に確認済みだ。それから電車で君に会った時、君は夜中にチェスをしていたと言ったけど、それは嘘だ。あれは蟲を回収するために出かけたせいで、睡眠時間が足りなくなっただけだった」

「あら、そんなのどうして分かるの?」

「天野が勝てなかった相手は一樹だよ。一色の樹だからgreenなんだってさ」

 言いたいことが分かったのか、彼女は肩をすくめた。

 雅斗は続ける。

「おそらく君は巫蠱が完成する前に警察に嗅ぎつかれないように、囮として一樹が犯人に見えるようにわざとあいつの交友関係を狙って蟲に襲わせたのだろう。あいつに恨みでもあったのか?」

 天野は、表情を変えずに首を横に曲げる。

「貴方がここまで頭のいい人だと知っていれば一色くんを巻き込んだりしなかったわ」

 それは雅斗の存在が誤算だったという意味だろうか。それとも、雅斗を囮に使うつもりだったと言うことだろうか。

 雅斗は首を横に振って彼女に問う。

「・・・他にも、続ける必要はあるか?」

「いいえ、結構よ」

 目を細めて笑う彼女は人殺しをしてきた人間には見えない。だがその笑顔は明らかに虚無であり、何もないものに触れているかのような錯覚を覚える。

「でも、私が犯人だと分かって、それからどうするつもり? サナギが消えてしまっては貴方の憶測に過ぎない。それに日本の法律では呪いで人を殺しても罪には問われないのよ」

「知っているよ。でも、確かめたかった」

「何を?」

「動機を」

 そう、最後まで分からなかったのが彼女の動機だ。蟲を養うことを怠れば術者本人を襲う。だから人を襲い続けたとも考えられなくもない。だが、それならば羽化させる必要はない。こんなに頻繁に餌を与える必要もない。

 彼女は、羽化した蝶を使って何かをするつもりだったのだ。それだけが最後まで見えて来なかった。

「動機、ね」

 彼女は少し失望したように雅斗を見上げる。

「誰かを呪うつもりだった、力が欲しかった、地位や名声が欲しかった。・・・そう理由をつければ満足する?」

「・・・・」

「しないでしょうね、貴方は。理由なんてないのよ。あったとしても、誰も理解しないし、無意味だわ」

 ぞくり、とした。

 彼女の微笑みは何も含まれていない。自分のしたことに、罪悪感も嫌悪感もない。そのくせ喜んでいる風でもないのだ。まるで、息をするのと同じくらい自然に人を殺したかのように。

「人はその時が来れば死ぬの。偶然も必然もなく。殺されても寿命をまっとうしても、それは不公平なんかじゃないわ。それがその人の死ぬ時だっただけのこと」

「だからといって人殺しが正当化する理由になんかならない」

「そうよ、だから理由なんてないのよ」

 彼女は短くなった髪を撫でるように触る。

「・・・後悔もしていないんだな」

「どうして? する必要が無いでしょう。ああ、だけど、亜夜は悲しむでしょうね。それだけは後悔するわ」

「何を」

 言いかけたとき、雅斗ははっとした。

 蝶がいる。

 あの、蝶が二人を取り囲むようにして集まってきていた。

 周囲の人たちがざわざわと騒ぐ。

 小さい鳥が大量に集まっているときのように鳴き声のような羽音が中庭を騒がす。

「恨んでも、憎んでも良いわ。貴方にはその権利はあるもの」

 彼女はいつもと変わらない風に、いつも教室で浮かべているあの微笑みと同じように笑っている。

「さようなら、有賀くん」

「!」

 蝶が、雅斗を狙う。

 見上げた空は真っ黒になるほどに蝶で埋め尽くされていた。

 恐怖はない。

 ただ、今まで味わったことの無いような高揚感が彼の中を占めた。それは溶け出すように雅斗の口元を歪め、笑顔を作り出す。

 何を感じているのか分からない。

 ただ、もう何年も味わったことが無いような異様な感覚が自分の中に流れ込んで繰るのを感じていた。

 死ぬのだろうか。

 そう思っても恐怖はない。

 雅斗はゆっくりと、目を閉じた。

 ・・・・。

 ・・・・。

 ・・・どこかで、子供が泣いていた。

 小さい子供。

 雅斗は不意に我にかえったように振り向いた。

 どのくらいだろうか、十歳か、もう少し幼いようにも感じる。

 泣いている子供は六年前の雅斗にも似ている。

 母親の、本当の母親の死を悲しめなくてごめんなさい。

 そう呟いたときの雅斗に似ている。

『・・・助けて、・・・を止めて』

 子供が顔をあげる。

 その顔は亜夜によく似ていた。・・・天野真里に、よく似ている。

『お願い、・・・を止めて』

 子供は誰かに向かって懇願する。

 ざわり、と身体の中で何かが蠢く。

 腰の辺りが異様に熱い。


 ・・・姉さん!


 どこかで、誰かが叫んだ。


 

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