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30話 杞憂、あるいは

 天野真里が血まみれの状態で発見されてから五日が過ぎた。

 腹部を鋭利な刃物で刺されていた彼女は出血多量という状況にも関わらず奇跡的に一名をとりとめ、二日後に目を覚ました。

 警察による面会謝絶の処置はとられているものの、家族や友人に関してのみの面会は一時的に許可された。

 ベッドの上で半身を起こした彼女はまだ本調子ではないのか青白い顔をしていた。長かった髪の毛は肩の当たりで乱雑に切られ腕や頬には包帯やガーゼなどが当てられている。腹部の刺し傷の他に複数の擦り傷とかがあったようだ。

 彼女は行方不明になった直後からこの病院で目を覚ますまでの記憶が全くないと答えた。

 雅斗たちと彼女との面会は彼女の体力を考慮して五分ほどで強制的に終わらせられた。

「案外と元気そうだったな」

「ああ、そうだね」

 彼の言うように事件に巻き込まれたはずの彼女は混乱している様子もなく落ち着いた様子だった。

 まるでいつもと変わりない。

 それがほっとするような、かえって不気味なような奇妙な感じがした。

 天野の病室を後にした雅斗は、一樹のつきあいで別の病室に向かっていた。

 以前、彼が友人澄子の遺体を発見したときに一緒にいたイズミという女の子が、同じ病院に入院しているらしい。精神錯乱で一時入院した彼女は直後受けた検査で潜んでいた病気が発見されたそうだ。そのため、まだ入院しているという。

「よお、調子はどうだ、イズミ?」

 病室を覗き込んで彼が声をかけると少女の顔にぱっと華が咲いた。

「イロくん? 来てくれたんだ!」

「入院したって聞いたからな」

 廊下で待っているのも妙だからと、雅斗も一樹の後についた。軽く挨拶をすると、彼女は気さくに笑いかけてくれる。いかにも今時の高校生という感じだが、そんなに悪い印象はない。

「・・・手ぶらみたいなもんだけど、これ、お見舞い」

 彼はポケットの中から十羽ほどの不格好な折り鶴を出す。

 イズミはくすりと笑った。

「折り方間違ってるよ」

「そうか?」

「こんな太い首のつるなんて初めて見たよ」

 金髪は肩をすくめる。

「でも、嬉しい、ありがとう」

 そう言って彼女はベッドの脇からクッキーの缶を出して開いた。中は色々な小物が詰まっている。コルクの栓やピンバッチ、小さなリボン、献血手帳なんてものもある。

 イズミは缶の中に折り鶴を入れながら笑う。

「これね、私の宝物なの」

「へぇ、色々あるんだな。見てもいいか」

「うん、半分近くはスミちゃんとの思い出なんだけどね」

 缶を受け取って中を見始めた彼はピタリと手を止めた。

 中を覗き込んだ体勢で雅斗も止まる。

「発見が遅れたら私、やばかったんだって。スミちゃんがきっと教えてくれたんだって思うの。まだ信じられないし、悲しいけど、スミちゃんの思い出はずっと一緒」

「イズミ・・・」

 彼女が、泣き出してしまいそうな気がして雅斗は一樹に「下で待っている」とだけ耳打ちして病室を出た。

 あの状態で初対面の自分がいない方がいいだろう。

 下のロビーまで降りると、雅斗は自動販売機で紙コップのコーヒーを買う。見舞いに来た人に交じり、何人か記者らしい人影が見える。

 みんな天野の取材にきたのだろうか。

 さすがにカメラを持ったような報道関係者は入り口のところで警察関係者に止められていたが入院患者は落ち着かない様子で外の方を気にしていた。

「有賀先輩」

 マスコミを避けるように玄関先までタクシーで乗り付けた彼はロビーに入って来るなり雅斗に声をかけた。

 顔を見られたくないのか帽子を目深に被りマフラーをした彼は一見して誰だか分からない状態になっていたが、声をかけられてすぐに亜夜だと分かる。

 姿はごまかせても声はごまかせない。

 彼は姉の着替えを持ってきたのか紙袋を下げていた。

「この間は、ありがとうございました。色々お世話になって」

「俺は何もしてないよ」

「邦彦兄さんから聞きました。あの後も姉のことを心配して色々探してくれたって」

「そんなんじゃない」

 雅斗は肩をすくめた。

 実際に天野が心配だったというよりは、自分の興味を満たすためだった。彼女が死んで発見されることを期待していたくらいだ。礼を言われると少し後ろめたい気分になる。

「でも、無事で良かったな」

「はい。本当にあり・・・わっ!」

 がたん、と音をたてて紙袋の底が破け、中のものが一気に床に散乱する。

 一瞬の注目を浴びたが、すぐに興味を失ったのか、周りの人は彼の様子を気にする風でもなかった。

 雅斗は笑って散乱した中身を拾い上げた。

「着替えかと思ったらノートパソコンか。紙袋じゃ重みに堪えられなかったみたいだな」

「ですね、・・・壊れてなければいいんだけど」

 彼は床に強く接触した部分を撫でながら苦笑した。

「天野のパソコン?」

「はい、姉のです。退屈かな、って思って」

「ネットゲームにはまってたもんな。でも、病院でネットに繋げられるのか?」

「内蔵のゲームもあるから大丈夫だと思いますよ。・・・ひょっとしてgreenって有賀先輩のことですか?」

 尋ねられて一瞬何のことなのか分からなかったが、すぐに天野の言っていたチェスの強い相手のことだと思い出す。

 そう言えばIDを教えられたきり何一つ手を付けていない。

「いや、俺じゃないよ」

「ふぅん、じゃあやっぱり一色先輩なのかな」

「一樹?」

「在学中は同じ部活だったんです。よく部室で他の人とチェスとか将棋やっているところ見たんですけど、一色先輩強かったから」

 雅斗は感心したように頷く。

 一樹がそう言うゲームに強かったというのは初耳で、少し驚くが、同時に彼ならばそれもあり得るだろうと納得する。

「亜夜もよくネットでチェスを?」

「はい。姉のパソコンを借りて」

「強い?」

 亜夜は肩をすくめる。

「姉にも勝ったこと無いんですよ。いつも良いところまで行くけどチェックメイトされます」

「天野の強さを知らないから何とも言えないけれど、強いんじゃないのか?」

「だといいんだけど」

 彼は声を上げて笑う。

 天野の髪が短くなっていたせいで、彼らの容姿はよく似ている。だが、こうして話してみると性格的な部分で正反対な部分が見え隠れする。

 同じ環境で育った双子でも性格が違うのと一緒だ。目に見えては分からないけれど彼らはあまり似ていない。

 落ちた荷物をまとめて病室に行くと言い残して去っていく彼を見て、妙な違和感を覚える。

(・・・まさか、な)

 雅斗は少し落ち着かない様子で髪の毛を掻き上げた。

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