25話 殺せるなら
「もし、これが実際に犯人に使われたものだとしたら、被害者がクワトロのファンばかりだったってのも頷けるけど、動機ってモノが見えて来ないなぁー」
「確かに。犯人が被害者に接触した方法は分かったが、殺す理由がわからないな。ただの快楽殺人か・・・」
真剣に考え込む二人に背を向け、雅斗はパソコンに向かう。
犯人の目的はおそらく「血液」。稀な血液型の人間を捜していたのだ。そしておそらく目的の血液型だったのが天野だ。だから彼女だけは連れ去った。
分からないのは首筋の傷、腹部の刺し傷。首筋の傷はともかく、腹部はなぜ刺す必要があったのだろうか。
失血によるショック死で無いとしたら、また毒などで殺したのではないとしたら、一体どうやって殺したのだろう。
そして、何故血液が必要だったのだろうか。
とんとん、とドアを叩かれ雅斗ははっとする。
「雅斗? お友達来ているんでしょう? 夕飯どうするの?」
ちらりと二人を見ると江田は頭を振った。一樹は任せる、と身振りで伝える。
雅斗はドアを開いて答える。
「一人分、頼める?」
「いいわよ」
母親は中の様子を窺うように見た。黒髪で大男の江田。金髪でいかにも遊んでいそうな男、一樹。母親の目にはどう映っただろうか。
偏見の強い人だがさすがに本人の目の前では変な態度はとらない。母親は軽く挨拶だけをして下に戻った。家に人を呼ぶこと自体が珍しいため、偵察に来たのだろう。やっているのは遠くで監視している警察と同じようなものだ。
「雅斗は親父似なんだなー」
一樹はしみじみとした口調で言う。
「いや、母親似だよ、俺は。頭の方は父親ゆずりだけどな」
「ふぅん。ま、どっちにしたってお前のかーちゃん、美人なんだなぁ」
「・・・・お前は女なら誰でも良さそうだな」
冷たい江田の嫌味に、彼はけらけらと笑う。
「失敬だなー、俺顔さえ好みなら男だって全然オッケーなのにさー」
「・・・・色魔」
「あははー、それ褒め言葉―!」
夕食の時母親の機嫌は良かった。
料理を褒められ、さりげなく容姿も褒められ悪い気はしなかったのだろう。母親は一樹の事が気に入ったようで、雅斗は少しほっとした。
夕食を終えて部屋に戻ると、一樹は雅斗のベッドに寝そべった。
このまま泊まっていくことになった彼は、まるで自分の部屋のようにくつろいでいる。結局「エロ本」が見つからなかったのだけは不服だったらしいが、普段より少し楽しそうにしている。
「いいよなー、母親の手料理って」
まるで初めて食べたかのような反応だ。
そう言えば一樹は一人暮らしだ。両親がどうしているとかいう話は聞いたことがない。
「・・・・聞いてもいいのか?」
「んー、親のこと? かまわねぇよ。母親は飲み屋の女で、父親が手を付けて俺が出来たんだ。認知してるからさー、俺の養育費とかもらってたらしいけど、八歳の時に母親別の男作って逃亡。俺は父親の秘書って奴に育てられた感じだな」
彼はさらりと言う。
「良くある話だな」
雅斗もさらりと言うと、一樹は照れたようにそっぽをむく。
「なんだよー、同情の言葉が来ると思ったじゃねぇか」
同情の言葉なんか欲しいわけがない。
慰めないことがかえって優しいことは雅斗も知っている。さらりと言ってのけたからと言って、気にしていない訳じゃない。ずっと引きずっているから、かえってこうあっさりした口調になることだってあるのだ。
知っていて敢えて尋ねる。
「欲しかったのか?」
「いらね。それよりお前の方はどうなんだよ。随分大切にしてるみたいだけど、本当の母親じゃないんだろ?」
「あの人は俺を育ててくれた人。そのまま母親になったんだよ。二歳の時だから本当の母親みたいなもんだな」
「・・・産んだ人は?」
「俺を産んですぐに行方不明になって、六年前に遺体になって発見された。隠す事じゃないから言うけど、埋まってた彼女を俺が発見したんだ」
一樹は半身を起こす。
「・・・お前それ・・・」
「良くある話だよ」
言った言葉に感情はこもらない。
自分でも違和感を覚えるほど無感情だった。
一樹は眉間に皺を寄せた。
「ねぇよ。・・・犯人は?」
「捕まってない」
「殺したいか?」
「うん?」
「犯人、殺したいか?」
雅斗は少し笑う。
遺体を発見したときは驚いた。そして、それが本当の母親だと聞かされてなお驚いた。けれど、それ以上に何も感じなかった。それまで生きてきた自分が不幸だったなら、犯人を憎んでいたかもしれないが、不自由であった訳でも、義理の母親に愛されなかったわけでもない。
だから何とも思わなかった。それが一番ショックと言えばショックだったのだ。
「・・・どうだろうな」
「お前さ、殺したい奴とかいねぇの?」
言われて何故だかぎくりとした。
一樹は真剣な眼差しで言う。
「俺はいるよ」
それが本音であることはすぐに分かった。殺せるなら、殺したいと思っている相手がいる。だが、雅斗には彼が人を殺せる人間だとは思えなかった。
見返すと彼は少し肩を竦める。
「・・・お」
不意に携帯電話が鳴る。
言いかけた言葉を飲み込んで雅斗は携帯を受けた。
「もしもし? ああ、勇気か。ちょうど良かった」
「何、誰? 彼氏?」
先刻までの真剣な表情とはうって変わって普段通りに戻った彼は、きらきらとした眼差しで雅斗の携帯に耳を近づける。
苦笑いを浮かべて雅斗は追い払うように手で仰いだ。
あんな風な一樹よりもこっちの方がよく似合う。
「うるさいぞ、一樹。・・・ああ、悪い、今親友が一緒なんだ。・・・うん、ちょうど聞きたいことがあったんだ。今、大丈夫か?」