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24話 ハルシネイション

「むさい」

 マスターテープを手にした江田が雅斗の部屋に入って来るなり、一樹は一言切り捨てる。

 確かにパソコンや音響機械ばかりの部屋に男三人というのはむさ苦しい。まだ一樹のアパートのように狭く無いのが救いだ。

 金髪の男を見下ろして、黒髪の男が嫌そうな顔をする。

「何だ、これは」

「これとか言うなよ、失礼だなー」

 一樹は口を尖らせて文句を言う。

 どちらの気持ちも分からないでもない雅斗は苦笑いを浮かべた。

「ありましたか、s&bのマスター」

「ああ。それにしても凄い機材だな、どうしたんだ、こんなものを」

「父親の趣味です。・・・・一樹、何を探している?」

 雅斗はベッドの下を覗き込んでいる一樹を睨む。

「んー、おねーちゃんが裸になってるやつ」

「それなら左の本棚の一番右下だ。・・・これで音質を調べられるはずです」

 推理では、このテープ自体に何らかの音が入っている。沢田は「眠くなる」と言った。それは一種催眠のようなものかもしれない。

「犯人はおそらくライブで被害者と仲良くなり、この曲を聴くように仕向けるんだと思います」

「・・・できるのか?」

 本棚をあさる手を止めずに一樹が答える。

「簡単だよ、ライブの時に歌っている詩と、CDに入っている詩が違うとか何とか話せばいいんだ。・・・うげぇ、これ医学書じゃねーか・・・ま、大体ファンなら家に帰ってもう一度聞き直すことくらいするだろうな」

 彼は再び「エロ本捜し」に戻った。

 そういうことです、と雅斗は肩をすくめる。

 曲にもし催眠効果のある音が入っているとすれば、被害者は自ら犯人を招き入れるか、あるいは昏睡状態で犯人が侵入するのに気付かない状況になっていたのだろう。

 どちらにしても、犯人はこれに何らかの細工をしていると思う。

 雅斗はテープをセットし、自ら組み直したプログラムを起動させる。

 スカーレット・バタフライが流れ始め、パソコンの画面上に音の周波数が記録されていく。よく声紋を調べるときに警察が使うものと同じようなものだろう。組み直している分、多少こちらの方が性能は良いだろうが。

 パソコンの画面上に次々と記録される周波数にある変動を見つけて雅斗はにやりと笑った。

「一樹」

 振り向かずに来るように指示すると、一樹は雅斗の頭の上に肘をついて口笛を鳴らす。

「ビンゴ♪」

「・・・何が見つかった?」

 身を乗り出し、机に手を突いて江田は画面を凝視する。一樹は画面を指差して説明する。

「サビに入った時から波が変わっただろ? 雅斗が探していたのはこれだよ」

「人間の耳は高音過ぎても低音過ぎても聞こえない。けれど耳から入った音は脳に影響を及ぼす。この周波数帯は脳波をシータ、あるいはデルタ波にまで・・・」

 言いかけて、そこまで細かく説明する必要はないことに気付く。

 雅斗はかいつまんで説明した。

「要は、この音を聞いていると普通で言う熟睡している状態、あるいはそれに近い状態になるっていうことです。催眠術にかかっている状態になるとも言えますね」

「催眠術? とすればこれを聞いた人間全員が危険じゃないのか?」

「そうとも言えません。明確な指示が無ければ眠くなるだけかもしれないし、かかりやすい人と、そうでない人がいます。・・・音を取り出してみます」

 音楽の部分や雑音部分を消去し、特殊な周波数を発している部分だけを取り出す。そのままでは聞き取れないため、音を変質させて人間の耳にも聞こえる音にする。

 微睡むような、人の声のような、おかしな音だった。

「んー? 良く聞こえねぇ」

「これがその音なのか? 唸っているようにしか聞こえないが」

「・・・・そうか、モノラルだ」

「モノラル?」

 聞き返された言葉には答えず雅斗はキーボードを叩き、プログラムに命令を加える。指示通りに音を分離したパソコンは再びスピーカーから音を流す。今度はステレオではなく、モノラルで。

 今度は前よりもはっきりと聞こえてくる。

 しかし、やはりそれは唸るような微睡むような奇妙な音。声であるが何と言っているのかは聞こえなかった。呪文や、お経のようにも聞こえる。

「何だ? これは」

「うわあああ!!」

 突然一樹が大声を上げる。

 大きくのけぞり、まるで何かを追い払うように両手を大きく振って部屋の端まで逃げる。

 心臓を押さえ、肩で息をしながら彼は震える声で言う。

「び、びびった!」

「どうしたんだ、一樹?」

「どうしたっていま、こんなでかい蝶がいたじゃねえか」

 そう言って彼は手を広げて見せる。

 それはちょうど人の頭くらいの大きさだ。そんな巨大なものがいればさすがに雅斗も驚くだろう。だが、蝶の姿はどこにもない。

「お前、薬でもやっているのか?」

「何だと!」

「どこにそんな蝶がいる?」

「そこに・・・・あ、あれ?」

 指を差して、一樹はきょとんとする。

「おかしいな、さっき絶対にいたんだけど・・・」

「うわぁ!!!」

 今度は江田が声を上げた。

 やはり何か追い払う仕草をしてやがてコードに足をとられ、転倒する。

 一樹がにやにやと笑いながら一矢報いる。

「だっせー」

 せせら笑う彼を睨み、江田は雅斗に言う。

「今、蝶がいたよな?」

「いいえ」

「お前こそドラッグやってんじゃねーの?」

「誰がやるか! だが、今確かに・・・」

 江田はきょろきょろと見渡す。そこには蝶の姿が見られない。

 二人そろって幻を見たのだろうか。

「どんな蝶でした」

「赤黒いこのくらいの蝶の大群だ。おかしいな、確かに見えたんだが」

 彼が示した大きさは普通のジャコウアゲハくらいの大きさだ。

「・・・・ハルシネイション」

「は? 何だって?」

「幻覚だよ。この曲のせいっていう可能性が高いな」

 雅斗はテープの入っている機械を指で叩いた。

 腑に落ちないという風に二人が同時に首を傾げる。

「なら、何故お前は見えなかった?」

「そーだよ、雅斗だけ催眠にかかりにくいとか、そんな説明じゃ納得いかねぇぞ」

「確かに。だけど同時に聞いていて条件は同じ・・・・・・ああ、もしかして」

 音を止めて雅斗は振り返って二人を見る。

「二人とも、このCDどのくらい聞いた?」

「クワトロのファンの子とつき合っていたからー、飽きるくらい聞いたなぁ」

「先輩は?」

「自分のCDだから、それほど聞いてはいないな。いや・・・練習場でタローが聞いていたか?」

 雅斗は頷く。

「俺は最近買ったばかりだから、数回程度。ということは・・・」

 この場合、幻覚を見たか否かの条件と成り得るのは一つに絞られる。

 頻度だ。

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