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23話 マスター・テープ

 連休は終わった。

 亜夜に一度連絡をとってみたが、天野が発見されたという話は聞かない。

 学校に着くと天野の席がポッカリと空いている。彼女が休みだというのは珍しいと、クラスメート達は騒いでいたが、担任はそれに関して何も言わなかった。

 いたずらに騒いで彼女が戻ってきたときにクラスで浮く可能性を減らすためという、学校なりの配慮か、警察に口止めをされたのか分からない。どちらにしてもあの優等生が何らかの事件に巻き込まれたかもしれないという話はスキャンダラスだ。学校も家も隠しておきたいのだろう。

「なー、天野行方不明ってホント?」

 後ろから呼びかけられ雅斗は振り向く。

「誰から聞いたんだ?」

「愛ちゃんと、オカマが喋っているところ聞いたんだ。俺、動揺させて犯人かどうか見る作戦なのかな、とか思ってさー」

 雅斗は苦笑する。

「違うと思うよ」

「だよな。愛ちゃんそーゆーの嫌いそうだもん」

 で、と彼は身を乗り出す。

 瞳が楽しげに輝いている。

「お前は何で知っているんだよ?」

「ああ、天野弟が家に尋ねて来たんだ」

「亜夜が? 何で?」

 雅斗は簡単に経緯を説明した。

 体験してみなければ俄には信じがたい事件に関しては触れなかったが、話し終えると彼は珍しく難しい顔をした。

「・・・・お前、絶対警察にマークされたぞ」

「お前と共犯容疑でな」

 一回話を聞いただけでそこまで頭が回るのはやはり頭の良い証拠だ。

 おそらく警察は今回の件で雅斗をマークしただろう。一連の事件に関わりのありそうな事件なのにも関わらず、少しだけ内容の違う事件。

 それの遺留品とも取れるものを発見した雅人。

 勇気がいたことも手伝って、岩崎が雅斗を疑うことはないだろうが、警察内部では確実に一色一樹と有賀雅斗は共犯である、という説が浮上しているはずだ。

「一樹はどうなんだ? ずっと警察と一緒だったんじゃないのか?」

「ああ、連休中ずっとつきまとわれていたよ。おかげでさー、デートもできないし、酒も煙草も禁止だよ、嫌になるよな」

「・・・・の、割に楽しそうだな」

「あ、ばれた?」

 にっと彼は笑う。

「警察の内部事情が見えて楽しかったぜ? 俺やみつきになりそう。ってか、俺警察官目指そうかなぁ」

 鼻で笑って手をひらひらとさせた。

「せいぜい頑張れよ」

「本気にしてないだろ」

「お前に警察は似合わないよ」

「じゃあ、俺に何が似合うっていうんだよ」

 暫く考えて思いつく職業を当てはめるも、ちょうど良さそうなものは一つしか見つからなかった。

「・・・・・・ホスト?」

「・・・・やりてぇ」



 昼休みになって雅斗は教室を抜け出した。

 階段を上がって二年生の教室へと向かう。

 沢田の様子を見に行くわけではない。別に会いたい人物がいたのだ。

 二年の教室の前で、手近な人に声をかける。

「すみません、江田先輩呼んでもらえますか?」

「うん? 江田? そりゃ珍しい」

 男子生徒は怪訝そうな顔をしたが、ちゃんと江田を呼び出してくれる。出てきた男は黒髪の大きな男だった。

 体格がいいせいか、余計に大きく見える男は嫌でも目立つ。黒髪で顔の輪郭を消すようにしていたが、その面差しはやはり「彼」だ。

 男は自分がどうして呼ばれたのか分からず困惑した表情を浮かべている。

「・・・何の用だ?」

 問う声は低い。押し殺したような声にも聞こえる。

 雅斗は目を細めて笑う。

「クワトロの話、といえば分かりますか?」

「なっ・・・・」

 声を荒げかけ、彼は慌てて口を押さえた。

 明らかに狼狽している様子。

 間違いない、彼がクワトロのボーカルの「SIVA」だ。

 江田はちらりと周囲を見回して、他に聞いている人間がいないのを確かめるとほっとした様子で上を示した。

 屋上に上がれ、と言っているのだ。

 雅斗は素直にそれに従った。

 学校の屋上は普段閉鎖されている。しかし、鍵が壊れているために屋上に出入りする生徒は多い。それを知りながら鍵を直す気配のない教師達にも問題はあるのだろう。

 雅斗は屋上への扉をあけ、ざっと周囲を見渡す。

 昼食を食べに来ている生徒が何人かいたが、何の話か聞き取れるほど近くにはいない。雅斗はそこからさらに離れて場所をとった。

「話、とは何だ」

 先に切り出してきたのは江田の方だ。

 威圧的な態度でこちらを見下ろしているのは彼の虚勢だろうと雅斗は判断する。雅斗はくすりと笑って首を振った。

「俺、脅すつもりも、疑っている訳でもないですよ」

「疑う、だと?」

「例の噂はクワトロのメンバーの耳にも入っているんでしょう?」

 尋ねると大男は視線を逸らすように下を向いた。

「俺、犯人はクワトロのライブを見に来ていた人物だと思っています」

「・・・・」

「中にはメンバーと親しくて楽屋や練習場に出入りしているファンだっている。そう言う人物が連続殺人事件の犯人の可能性が高い、と思っています」

「・・・・何の話だ」

 とぼけて見せているものの、彼の表情は確かに「分かっている」感じだ。

 雅斗は声を立てて笑い、もう一度首を横に振った。

「だから、脅すつもりはないんですよ、SIVA?」

「その名前で呼ぶな、ここは学校だ」

 日差しが温かい。風は少し冷たい。

 雅斗は風でなびいた髪の毛をなでつけて江田に頷く。彼は諦めたように息を吐いた。

「・・・・何が目的だ?」

「マスターテープを貸して下さい」

「マスターを?」

 思いもよらぬ頼みだったのか、彼は驚いた様子を見せた。

 クワトロはCDを何枚か作っている。それをプレスしたときにマスターと呼ばれる音源を作っているはずだ。

 もし、雅斗の仮説が正しければ、CDにプレスされる前の段階で、音に何らかの細工がされているはずだ。音楽CDを解析するより、マスターを直接解析した方が早い。むろんマスターに細工が無ければCDの方を調べるつもりだが。

「何故また」

「調べるんですよ。例の噂が本物かを確かめるために」

「・・・・・お前、有賀雅斗か」

 一瞬驚いたが、雅斗は平然として頷く。

 全校生徒が知っている程の活動をしている訳ではないから、全員が自分の事を知っているとは思っていない。しかし、入学式で総代をし、学年首位になっている自分を知っている人がいてもおかしくはない。

「そうです」

「では、まだ調べているんだな」

「まだ?」

「亜夜がお前はもうこの一件から手を引いたと聞かされていた。真里を探しているんだろう?」

 大男が少し微笑む。

 優しい顔だった。恐い、とか、ネクラとか、そういうイメージは一切ない。

 口調から言えば親しい間柄だろう。天野の恋人と言うには違和感がある。そうであればそれらしい話を聞いても良いくらいだ。

 そうなると、彼は親族か幼なじみのどちらかだ。可能性の高いのは、

「イトコですか?」

「ああ、そうだ」

 江田はあっさり頷く。

 なるほど、ならば最初から彼女の名前を出せばこんな脅すようなマネをしなくても良かったのだ。先に調べておけば良かったと今更後悔する。

「そう言うことなら協力しよう。他に、俺に出来ることはあるか?」


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