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22話 誰でもいい

「え、うそ、ラッキーかも」

 つい言葉が出てしまって尚は慌てて口を押さえる。

 独り言なんておばさんのすることだ。辺りを見回しても尚の独り言を聞いていた人間はいなそうだった。ほっとして尚は本屋へと入る。

 その道を通ったのはたまたまだった。

 友達が急用で来られなくなったのもたまたまだ。なのに、偶然にも雅斗の姿を見かけると運命めいたものを感じてしまう。

 雅斗は一人だった。

 一度CDを手にとってそのまま隣の書籍コーナーへと向かった。店の奥の方は専門書等が置いてある。参考書でも買いにきたのだろうか。

 尚は何気ないフリをして雅斗の方に近付く。

 彼が真剣に選んでいるのは医学書だ。

 医者になった彼は容易に想像できた。頭のいい人だ。医者を目指しているなら優秀な医師になりそうだ。

「あれ、有賀くん?」

 尚は偶然を装って雅斗に声をかけた。

「ああ、沢田先輩」

 彼は医学書を棚へと戻した。手にはCDが握られている。

「偶然ね、買い物?」

「ええ、まぁ。先輩も買い物ですか?」

「うん。・・・・あれ、クワトロ? 有賀くん聞くの?」

 尋ねると彼は少し驚いて見せた。

「・・・知っているんですか?」

「うん。有賀くんも好きなの?」

「最近、好きになったんですよ。バラードとか、いいですよね」

 彼はにこりと笑った。

 尚はドキリとする。

「先輩も好きなんですか?」

「わ、私、ライブとか行くくらい好きなんだよ。CDも限定モノとか、全部持っているし」

 雅斗が目を見開いた。

 ひょっとしたらこれはチャンスなのかもしれない。

「よ、良かったら、CD貸そうか?」

 心臓が高鳴る。

 断られたら、どうしよう。告白した時みたいにドキドキしている。

 返事までの時間が異様に長く感じられた。

 雅斗は少し長めの瞬きをして、頷く。

「ぜひ、お願いします」



 沢田が自分に好意を持っているのは雅斗も知っていた。だから、多分、頼み込めば多少無茶なことでも承知してくれるだろうと思っていた。

 案の定、すぐにでも借りたいという雅斗の頼みに、彼女は顔を赤くしながら家まで案内してくれた。

 実際CDを借りる事は目的ではない。

 彼女には悪いが少し、試したいことがあったのだ。

「可愛い部屋ですね」

「あ、あんまり見ないでね、恥ずかしいから」

 沢田の部屋は天野の部屋より女の子っぽいというか、ぬいぐるみや小物がたくさん置いてあるファンシーな部屋だった。

 天野の部屋はどちらかというと自分の部屋に似ている。殺風景で生活感がない。彼女の部屋は散らかっている訳ではないが生活感のある部屋だ。これが普通の高校生の部屋なのだろう。

 壁にはSIVAと書かれた大きなポスターが貼られている。これでは落ち着いて眠れないんじゃないか、と思うが彼女にとっては至福なのだろう。

(・・・? どこかで見たことがあるような・・・?)

「紅茶でも飲む? いいものじゃないけどさ」

 声をかけられ現実に戻った雅斗は微笑んで頷いた。

「はい、いただきます」

 雅斗はピンク色の時計を見る。ちょうど良いくらいの時間だ。

「CD、かけてもいいですか?」

「あ、うん、好きにしてくれていいよ」

 紅茶とお菓子をお盆にのせて、彼女は雅斗をもてなしてくれた。

 男を自分の部屋に入れたのは初めてだろうか。少し緊張した様子だった。

 学校で彼女の視線を感じたり、偶然を装って近付いてくることは良くあった。きっかけは何か知らないけれど、どうやら彼女に気に入られたらしいと言うことはすぐにわかった。

 鬱陶しいと思いながらも、沢田は先輩であり、彼女の立場的にも敵に回したくなかったために邪険に扱えなかった。それもまた高校生活では仕方のないことだと割り切っていた。

 彼女にとって、恋愛の出来る対象であれば誰でも良かったのだろう。たまたま雅斗が目に付いて、自分の「好み」であったから恋をしただけの話だ。恋している自分に酔っているだけだろう。

 そうでなければ雅斗のことをろくに知りもせずつきまとったりしないはずだ。

 雅斗も男である以上は女の子に興味が無いわけではない。だが、同年代に比べでかなり淡泊なほうなのだと思う。

 だからもてることは嬉しいが、答える気がない以上は迷惑なだけだ。

 だが、まさかその彼女を利用する日が来るとは思っては見なかった。

(すみません、先輩。出来る限り全力で守りますから、許して下さい)

 雅斗は沢田のCDのコレクションから例の曲の入ったCDを入れるとスタートボタンを押す。計算では噂の時間ちょうどあたりにあの曲が流れるはずだ。

 はたして、あの蝶は現れるだろうか。

「そういえば有賀くん、医者志望なの?」

「どうしてですか?」

「さっき医学書のコーナーにいたからさ、そうなのかな、って」

 なるほど、と雅斗は頷く。

「あれは血液学について少し調べていたんです。知り合いが稀な血液型だって聞いたので少し興味が湧いたんですよ」

「へぇ、Rh型とか、そういうの?」

「そんなところです。先輩は何型ですか?」

 沢田は少し嫌そうに答える。

「・・・B型よ」

 多分、最近の血液型占いのブームで悪いことばかり言われるB型という血液型を気にしているのだろう。

 沢田は「やっぱり」「だと思った」などと答えられるクチなのだろう。

「普通の?」

「ちゃんと調べたこと無いから分からないけど、多分そうだと思うよ」

 稀血は献血や輸血の時に詳しく調べられるだけで、普段は普通の血液型として認識される。だから本人の申告が稀血ではないという証拠にはならない。少し惜しい。

「有賀くんは?」

「俺はAB型ですよ」

「やっぱり? AかABのどっちかだと思ってた」

 雅斗は小さく笑った。

 緊張も少し解けてきたのか、沢田はいつもの様子で色々なことを話しかけてくる。雅斗が聞いていようがいまいが構わない様子だ。雅斗もそれに対して適当に受け答えをしながら曲が「スカーレット・バタフライ」になるのを待った。

「あっ」

 不意に彼女が声を上げる。

「私、この曲好きなんだよね」

「スカーレット・バタフライですね」

「うん、これでファンになったんだ」

 でも、と彼女は少し不思議そうに首を傾げる。

「この曲聞くと何でかいつも眠くなるんだよね」

「眠く?」

「うん、リラックスするからかな? アルファ波っていうの? そーゆーの、出てるかもしれないよね」

「・・・・かもしれませんね」

 曲が終わる。

 蝶の出てくる気配はない。

 沢田は稀血ではないから出てこないのだろうか。

 それとも他に違う条件があり、それがそろっていないだけなのだろうか。

(・・・あるいは)


 あるいは、天野を連れ去った時点で、他の「生け贄」は必要なくなったのだろうか。



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