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17話 守り刀

 境内の掃除を終えて奉納する舞いの練習を終えるまでは殆ど誰とも口を聞かない。

 神仏共に後継者不足で悩む昨今にしては珍しく岩崎の神社は規模が大きい。修行の為にここに来る人も多くいる。氏子や観光客も訪れる神社だが、勇気の使う場所は拝殿から離れていることもあって人が入る事が少ない。必然的に誰とも口をきかないことも多くなる。

 こういう時は、寂しいと思ったことはなかった。

 誰とも顔を合わせずただ集中することはそれほど苦にはならない。

 修行も神事も嫌いだ。神なんか信じていない。けれど舞いを奉納する時は少しだけ何かをしているような気分になる。それは練習の時も同じで、穏やかな気持ちになれる。だからこういう時間は苦にならない。

 けれど今日は気持ちが入っていかないのを感じていた。

 出仕前が着る白袴を着込んで気合いを入れたのだが、いつもは失敗することのない場所で扇を落とす。

 勇気は溜息をついた。

「・・・・集中してないな」

 集中できていない理由は分かっていた。

 初めて、「見える人」に会って動揺しているのだ。

 勇気が見ている幻は、彼の他に誰も見ることはなかった。だからあんなものは信じていないし、おかしい事だと思っていた。

 けれど、見える人がいた。

(雅斗兄ちゃん)

 お前も見えるのか、と彼は驚いた様子で勇気を見た。

 驚いたのは勇気も同じだ。

 現実にあれは存在している。雅斗が嘘を言っているようには思えないし、一晩明けてもパソコンでやいたCDが残っている所をみるとあれは夢ではなかったと分かる。

 とても信じられないが現実に起こったことなのだ。

 蝶が現れた。

 噂の「死の曲」を聞いている時に、女の人が現れ、その人が蝶に飲み込まれていった。あの人に何かがあったら連絡をくれると雅斗は言ったが気が気ではない。

 勇気は扇を拾い上げた。

 ぞわり、と背筋が寒くなった。

 思い出したのはコンビニの近くで中学生とぶつかった時に拾ったマスコットのことだ。あの時、あの中学生には嫌なイメージがまとわりついていた。そしてマスコットを拾ったとき、脳裏に浮かんだのは蝶のイメージ。

 勇気は練習場の端に置いてある自分の服のポケットを探った。

 あのマスコットに当たる。

 捨てるに捨てられず、もしもう一度あの中学生と会うことがあれば返そうと思っていた。

 だが、今そのマスコットは禍々しいものに包まれている。不気味な程暗い赤がまとわりついているような嫌なイメージがある。

 勇気はその人形を三方の上に置いた。

 神殿の方に向けて簡易的に祭壇を作る。漆塗りの杯に御神酒を注ぎ、玉串をマスコットの上に置く。

「・・・・・」

 勇気はその前に正座をする。

 二礼二拍手一礼。

「・・・・・‘掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に’」

 自分の言葉に力があることを知っていた。

 だけど、認めたくはない。認めれば、自分が普通では無いことを自覚せざるをえないからだ。

 でも、何もせずにいるのは嫌だ。

 雅斗の家で見た蝶。イメージとして見た蝶。どちらも、同じものだった。そうだとすれば、このマスコットを祓うことが何か意味があるかも知れない。

 お祓いとしてはかなり略式的になる。

 だが何もしないよりは遥かにマシだ。

「‘祓へ給ひ 清め給へと白す事を聞こし食せと 恐み恐みも白す’」

 祓詞を終える。

 かたかた、と地震でも起きたかのように周りのものが小刻み動く。

 杯の中で御神酒が波紋を描き始めた。

「!」

 勇気は慌てて大麻をつかむ。

 お祓いに使う紙の付いた棒は、見えない力によって後方に吹き飛ばされる。同時に勇気は何か巨大な力に上から押さえつけられているような感覚に襲われた。

 頭の中に直接イメージが流れ込む。それは電流のように一瞬で彼の中を駆け抜けた。

 蝶、大群。

 知らない人、髪の長い女の人。

 雅斗、知らない人、中学生。

 母親。

 若い刑事。

 大きな女の人。

 人。

 クヴァドラート。

 再び蝶。

 自分。

 サナギ。

 ・・・・・・・羽化。

 息が出来ないほど苦しかった。膨大な記憶を一気に頭の中にたたき込まれた衝撃で意識が混濁する。

「・・・・っ!」

 やっとの思いで息を吸い込む。

 ひゅうっと、風を切るような鋭い音がした。

 喉に、何かが入り込む。

 あめ玉をそのまま飲み込んでしまった時のような奇妙な感覚。

 喉が灼けそうな程熱い。

 再びイメージが流れ込む。まだまだ続く嫌な感覚から少しでも逃れようと彼は目を閉じた。否応なしにそれは勇気の中に入り込んで来る。

 黒い蝶。

 赤い斑紋。

 刑事、そして少年。

 浮かんでは消えていく誰かの記憶。

 断片的な映像。

 パトカー。

 蝶。

 夜。

 人だかり。

 小さい、守り刀。

 樹。ご神木。

「・・・・埋まっている?」

 勇気は目を開いた。

 赤黒い嫌なイメージは祓われている。その代わり、勇気の中に何か異物が紛れ込んでいるような妙な感覚が残る。

 マスコットに付いていたものが全部自分の中に入り込んでしまったのだろうか。否、おそらく、それだけではないだろう。

 大麻を拾い上げ祓いの続きを施した。

 お祓いを終えたマスコットを手に取ると少し指先が震えた。蝶のイメージはもう消えていた。残るポプリの匂いがするだけで人形はにこにこと笑っている。

「ご神木の下・・・・」

 そこに何かがある。

 何の意味があるかは分からない。

「でも、きっと何か意味がある」

 彼は練習場を飛び出し、拝殿の横を通り抜ける。途中、何人かが怪訝そうな顔をして勇気を見たが気にならなかった。

 ご神木は拝殿の裏にある古木だ。

 三本あるうちの一本。

 勇気が見たのは一番古いこの樹だ。

 半ば朽ちかけて氏子に拝まれることもめっきり減ってしまった神木は落ちそうな枝を支えられやっと立っていると言う感じだ。

 勇気は袴が汚れることを厭わずご神木の下に座った。

 祝詞を奉納してから勇気は古木の下を掘った。

 思っていたよりも土は軟らかい。

 手の力だけでも簡単に掘り起こすことが出来た。

 土の中から小さな飾り箱が出てくる。古いが、大昔に埋められたという印象はない。せいぜい十数年前くらいに埋められたものだ。

 勇気は土にまみれた紐をほどき、飾り箱の蓋を開く。

「・・・・守り刀」

 それは古い守り刀。

 何百年も前に作られ、誰かの棺に収められるはずだった刀だ。それが、今こうして出てきている。

 勇気はそれを握りしめた。

 何故だか妙に懐かしい気持ちになった。


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