16話 監視
「随分と人が集まって来たわね。何人くらいいるの?」
モニターを覗いて愛は伊東に問いかけた。
まだライブ開始には時間があるというのに、会場の外には続々と人が集まってきている。ライブと言うこともあって、奇抜な格好をしている若者達の姿もあったがうろんな人物は見あたらない。
殺人事件を犯す人間がみんな異様な雰囲気を醸している訳ではないので、一概にこの中に犯人はいないと決めつけられない。
むしろこの中に犯人が潜んでいる可能性が高いのだ。
「会場に入れるのはスタッフ、メンバー含めて150人ほどです。チケットを持っていない人もいるようですから200人はいるかと思います」
狭い空間にこれだけの人数を押し込んだら顔を確認するのも余裕じゃない。
愛は目に見える範囲で人の顔と成りを確かめた。
伊東と藤岡の仕入れて来た情報は捜査本部でそれほど大きく取り上げられなかった。一色一樹を犯人と決め込んでいる本部では、クヴァドラートのライブ当日に必ず殺人事件が起きていた事よりも、一色一樹がどこで少女達と知り合ったのかを気にしている。
その接点がこのライブハウスにあると言う可能性は否定できないだけに捜査員を何人か借りる事ができたが、それでもこの人数を洗うには人員が足りない。
全員分記録に残し、不審な人物だけをリストアップするのが取り敢えず今できることだ。
「まずは男性を優先的に記録して。あまり不審な人物がいればライブ終了後、職務質問。警察だと言うことは知らせず、なるべく多くを聞き出すこと」
捜査員たちが了解と声を上げる。
警察がこの近くをうろついているのを知られるのは得策ではない。そのため捜査員全員私服だ。長身で目立ちすぎる伊東は無理だが、愛やとても警察には見えない藤岡ならライブ会場に紛れていても違和感はないだろう。
ライブが始まり次第、愛は会場に入って内側から様子を見ることを考えていた。
「あらぁ?」
楽しげに藤岡が声を上げた。
捜査員達が一斉にそれに注目する。
「どうかしたの?」
「可愛い男の子、はっけーん♪」
「・・・・眞由美ちゃん、あなた何しに来ているの?」
不満そうに睨む愛に彼は肩をすくめる。
「捜査協力」
「だったらもう少し真面目にして」
「酷いわ〜、私いつだって真面目なのよ。この子、女の子みたいだからみんな見落とすんだろうなって思ったのよ」
そう言って彼はモニターを示す。
覗き込んで伊東は怪訝そうにする。
彼が指し示した所にいるのは双子の姉妹のような女の子が二人映っているだけだった。髪の長い子と短い子。モニター越しではあまり分からなかったが、可愛い女の子のように見えた。
「男の子ですか?」
「そうよ、髪の短い方がね」
伊東は髪の短い方を見る。
モニターからはボーイッシュな格好をしている女の子にしか見えないが、藤岡が確信しているのなら男の子なのだろう。とすれば、中学生くらいだろうか。ライブハウスに出入りするにしては随分と若い。
伊東は何かを感じたような気がしてもう一度モニターを見た。
姉弟だろう。よく似た顔の二人が映っている。
「・・・どうしたの? イトメくん?」
今度は逆に伊東を覗き込んで問う。
口元に手を当てて何か考えている様子の彼は二、三度瞬いて小さく首を振った。
「いえ。別に」
「ふぅん?」
藤岡は一瞬何か言いたげに首を傾げたが、すぐに作業に戻る。伊東も同様に作業に戻った。
作業を続けながら彼は先刻見たあの二人を気にしていた。
どこかで見たことがあるのだ。
彼らの顔は、つい最近どこかで見た記憶があった。確信が出来ないからには言い出すことは出来ないが、確かにどこかで見たのだ。
(・・・・だが、どこで?)
黒髪、小柄で色白、目が大きくはっきりした二重。
関わった事があるのなら忘れないだろう。印象に残る顔の子だ。だが、どこで出会ったのかを良く覚えていない。
会ったのか、それとも見ただけなのか。
「あ、思い出した!」
再び捜査員の視線が藤岡に集中する。
彼はのけぞるように振り向い姉弟の映るモニターを示した。
「どこかで見たことがあると思ったら集合写真よ」
「集合写真?」
「この間の捜査会議で一色くんの身辺調査でクラスの集合写真があったのよ。その中に、彼女いたのよ。こんな長い黒髪は珍しいから覚えていたの」
「なるほど」
合点がいったと言う風に伊東は頷く。
集合写真は伊東も確認した。少しの間見ただけだったが、職業柄顔を覚えるのが癖のようになっている。印象的な子だから記憶の片隅に残っていたのだろう。だからどこかで見たような気がしたのだ。
不意に、伊東の懐で携帯電話が震える。
「誰?」
「鑑識の原村さんです」
愛に問いかけられ伊東は答える。
彼女が頷くのを確認して伊東は電話に出る。
「はい、伊東です」
『原村です。例のDNA検査の結果が出ましたので報告します』
現場に残されていた蝶の抜け殻のようなものに付着していた血液の事だ。
伊東は表情を引き締める。
『血液は前の被害者のものでした』
「前の?」
『はい。三人目の被害者の所にあった抜け殻には二人目の被害者の血液が付着していました。この分だと四人目の所にあったものは・・・・』
三人目の被害者の血液ということになる。
これは少なくともこの二件の事件が同一犯の犯行である可能性を強固にするものだ。
何故、現場にそんなものが残されていたのかまだ分からないが、偶然現場に残されていただけとは考えられなくなった。
『それとですね』
原村は続ける。
電話の向こう側で紙をめくる音がした。
『これは被害者全員に共通するのですが、稀血なんですよ』
「・・・・まれけつ?」
『稀な、血液ということです。それぞれ種類こそ違うのですが、Rhマイナスより遥かに珍しい血液型です。赤十字に登録されている訳ではなかったので、おそらく本人達も知らなかったのでしょう』
吸血鬼、という言葉が脳裏に浮かぶ。
稀な血液型。
もし、犯人が稀血を選んで被害者にしていたのなら、藤岡の言った「吸血鬼説」が有力に思えてくる。本人達も知らなかったのなら犯人が血をかぎ分ける能力を持っていない限りこんな何万分の一の確率で稀血を引き当てることは出来ない。
けれど、
(・・・・何か、まだ、何かが足りない)
何か重要な所を見落としている気がする。
否、見落としているというよりは、まだそこに辿り着けていないのだ。
『引き続き鑑定を急ぎます。署に戻りましたら正式な報告書を提出すると愛さんにもお伝え下さい』
「わかりました。ご苦労様です」
お互いにねぎらいの言葉をかけ合って電話を切る。
あと、もう少しで何かが分かりそうな気がする。
「・・・・少し、嫌な予感がするな」
「どうかしたの?」
「あ、いえ何でもありません。ええっと、原村さんから伝言を預かっています」
側で聞き耳を立てていた彼女にはおそらく聞こえていただろうが、原村から受けた報告を正確に愛に伝える。
聞いていた捜査員達は怪訝そうに伊東の方を向いたが、何も言わずに作業に戻った。
愛は自分自身に言い聞かせるように言う。
「考えるのは後にしましょう。ライブが始まるまでそれほど時間はないわ。開場したら私も中に入る。怪しい人物を見かけたらイヤホンに呼びかけて下さい」
彼らは頷き、表情を引き締め直した。
無駄な捜査に終わるかも知れないが、犯人に辿り着くヒントを得られるかも知れない。
伊東は自分の頬を叩いて気合いを入れた。