15話 ライブ前日
「良かった〜。腫れは酷いけど声の方には問題ないわ〜」
ドラムを叩いていた女が喜々と声を上げる。
同意するように二人の男も頷いた。
「そうだな」
「明日のライブは大丈夫そうだね」
「・・・・お前ら、俺よりライブの心配か?」
マイク越しに凄んで邦彦はメンバーを睨む。
目の下の辺りは赤くなり腫れている。熱ももっているのだろう。
沢田に殴られた後、ちゃんと冷やさなかったために今になって腫れてきてしまったのだ。
不幸中の幸いか。当たったところが目の下あたりだったために、声を出すのには影響が無かった。
明日は凄い色になっていそうだが、顔に関してはメイクと、それっぽい包帯などの小物を使えば隠せそうだ。
ライブを中止する必要は無さそうだと彼自身も安堵していたのだが、メンバーにここまで言われるとやはり腹が立つ。
「私は心配してるわよ〜、邦あってのクワトロだもん」
「・・・・・それは結局クワトロの心配だな」
突っ込みを入れると彼女は手を叩きながら笑う。
「そうとも言うかも☆」
「まぁ、確かに圧倒的にSIVAのファンが多いからな」
青い髪の男が答えると金髪が左右に揺れながら不満そうにする。
「ボーカルの特権だねぇ。いいな、歌えばもてるなら俺も歌いたいな〜」
「却下する」
「止めておけ、死人が出る」
「歌っちゃダメよ、タロは」
メンバーに口々に言われタロは頬を膨らませた。
バンドをやっているだけあって彼の音感もリズム感も最高だった。ただ欠点は歌が下手なこと。
声帯に問題があるのだろう。彼は殺人的に歌が下手だった。
「死人が出るって言えばさー、あの曲、どーする?」
タロは軽い調子で聞いたが、聞かれたメンバーは暗い顔をする。
噂は聞いていた。
自分たちの曲と最近起きている連続殺人事件の因果関係を、メンバー全員が把握している。小学生の噂に過ぎないのだが、やはり気になってしまうのは本当だった。
「人気ある曲だから、ライブに歌いたいけどね〜」
「そうだな、確かに人気あるし、思い入れも強い曲だから歌いたいのは山々だけど」
「無視はできない、か」
それで万が一何かがあって、バンドを解散するハメになったら笑うに笑えない。犯人が捕まって因果関係が明らかにされるまで曲を封印するのも必要なことかもしれない。
クワトロは邦彦の生き甲斐のようなものなのだ。
これをやめなければならない状況になれば最大の楽しみを失うことになる。あの進学校で上位の成績を収めているのはこのバンドを続ける為だ。成績を落とせばバンドを止めなければいけないと言うのが親との約束だ。
そして学校にもばれてはいけない。
ヴィジュアル系のバンドなんてものをやっていると知れたら学校を退学させられかねない。そうすれば必然的にクワトロも止めることになる。
親のスネをかじっている立場上、仕方のないことだ。
もし、警察が絡んで来て、学校にも知られることになったらこれほど厄介なことはない。
暫く考えて邦彦は呟く。
「止めておくか、今回は」
「うーん、だけどね、パンフ刷っちゃったし、ファンも八割方が死んでもいいって感じらしいんだよね」
半信半疑なのだろう。
ファンも曲を聴いて死ぬのなら面白いと思っているのかも知れない。それが自分ではなく、他の誰かだったら、の話ではあるが。
「大体、死ぬ曲なら先にプーが死んでるだろう、って話。プーだって一応若い女の子なんだから」
「いちおう、って何よ」
赤髪の少女は頬を膨らませる。
プーは彼女のあだ名だ。ファンの前ではあまりやらないが、気に入らない所があるとこうして頬を膨らませる癖があるのだ。だからメンバーの中ではプーと呼ばれる。
声を立てて笑ってからタロは片手を上げて言う。
「歌っても大ジョブじゃないか、ってのが僕の意見」
「俺は反対だ」
邦彦は言ってプーを見る。
「うーん、私は賛成かなぁ。マーくんは?」
「わかんね」
青い髪の男は決めかねると言う風に両手を上げた。
プーが責めるように睨む。
「どっちつかず」
「だって、曲で死ぬなんて信じられないし、かといって何かあっても責任もてねぇし」
「そうだな。俺もそれと同意見だ。だから敢えて反対する」
「でも、2対1,5だね。僕らのかち〜」
にこにこしながらタロに言われ邦彦は息を吐いた。
クヴァドラートの掟。何かあったときは多数決で決める。この場合、マーがはっきりしない以上、邦彦の負けだ。
どどのつまり、「あの曲」は今度のライブで歌われる事が決定した。
「・・・・仕方がないな」
「そう言う訳で、次はスカバの練習ねぇー」
「はいはい」
ちょうどその時だった。
練習用のスタジオのドアが開く。
まだ、クワトロの練習時間は終わっていないはずだ。四人の視線が一気に出入り口の方に集まる。
邦彦とそれほど身長差の無い男が戸口の所に立っている。
スーツを着込んだ男は軽く会釈をして懐から手帳を出した。
「少し失礼します。捜査一課の・・・・・」
「!」
反射的にタロが物陰に隠れる。
「・・・・捜査一課の、伊東と言いますが、どうかされましたか?」
「あ・・・えへへ。昔の癖でつい」
メンバー三人は同時に苦笑する。
こう見えて、タロが一番年上だ。昔は少し警察に捕まりそうな事をやっていた、と言う噂を聞いている。それが昔の「癖」なのだろう。
言及すれば話が進まないと判断したのか伊東はそれ以上彼には触れなかった。
「クヴァドラートの皆さんですね?」
「そうだけど、何?」
慣れた様子でマーが問う。
四人の中で一番外交に向いているのは彼なので自然に接客は彼の役目だ。
「明日のライブの事で少々お話が」
全員がぴくりと反応する。
その話をしていたばかりだ。
反応しない方がおかしい。
刑事は続ける。
「実は少しお願いしたいことがあるんですが」
四人は示し合わせたかのように同時に首を傾げた。