14話 Scarlet Butterfly
瞳を刺すような陽光の中で 赤いヴェールが広がる
輝く事を知らない暗澹の世に お前だけが鮮明に輝いている
華が咲かずに散るのなら せめてお前だけはその翅を広げて
一晩でもいい 夢を魅せてくれ
もっと 俺を 狂わせてくれ
スカーレット・バタフライ
熱く燃えたぎる太陽 緋のヴィーナス
狂気のように俺の上で舞い続け
スカーレット・バタフライ
二度ともう戻れないなら
その熱い 熱き翅で 俺を殺してくれ
コンポから聞こえて来る曲は思っていたよりも激しい。ロック調のノリで、刺す、殺す、狂わせる、と多少過激な単語は含まれているが、呪われる曲という印象はない。
一台のパソコンでCDを焼きながらもう二号機で歌詞カードを作る。面倒な英単語が少なかったため、それほど手間にはならなかった。
CDショップで知り合った小学生、勇気は物珍しい様子で部屋の中を歩き回っている。
プラモデルやフィギュアなどの趣味のない雅斗の部屋は本が大部分を占めている。それほど面白いものでも無いだろうと思ったが、彼にしてみれば高校生の部屋自体が珍しいようだ。
一通り部屋を見て回った後、結局彼は本棚の前で立ち止まって背表紙を眺めていた。
「珍しいもの、あった?」
無意識で出た声は僅かに笑いを含んでいた。
勇気は振り向く。
「本、多いなって思って」
「ああ、中毒のようなものだからね」
「中毒?」
「活字の。煙草と一緒で無いと落ち着かないんだ」
肩をすくめてみせると少年はくすりと笑った。
実際雅斗が本を読むのはあれこれを考えすぎて深みにはまってしまうのを抑制するためだ。暇な時間があれば思索にふける癖のある雅斗にとってはいい緩和剤になる。
脳は適度に休眠させないといざというときには使い物にならなくて困るのだ。
勇気を家に連れてきたのも息抜きの為が半分だった。残りの理由の大半は母親の小言を防ぐための盾代わりにするつもりだったことが占める。
世間体を気にする母親はさすがに客の前では激しく責め立てることはしない。もっとも今日は母親が留守だったため、無駄になってしまったが。
「そう言えば兄ちゃん噂知ってる?」
「うん?」
「この曲聞くと、死ぬんだって」
雅斗は苦笑した。
まさかそれを確かめるために曲を買ったなんて言えない。
「聞いたことはあるな。面白がって・・・・・」
言いかけた時、玄関のチャイムが鳴った。
窓から確認すると、外に人影が見えた。そのコートと髪型には見覚えがある。間違っていなければ天野だろう。
少し待つようにと勇気に言い残して雅斗は階段を下った。
軽く靴を履いてドアノブをひねって開けた。
「ああ、やっぱり天野だったか」
玄関を開けると黒髪の少女が少し首を傾けた。
「凄いわ、どうして分かっちゃうの?」
「上から見えた。・・・・どうした?」
「有賀くん今日お休みだったから、届け物」
彼女はそう言ってカバンからプリントとルーズリーフを出す。
「テスト範囲と今日のノートよ。明日から連休になるでしょう? 早い方がいいと思って持ってきたの」
「ああ、わざわざ悪かったな」
礼を言うと少女は微笑む。
こう優しくされると他の男子なら勘違いをしてしまうだろう。だが、天野は誰に対してもこうだ。知っている以上誤解のしようがない。
プリントを受け取って雅斗はざっとテスト範囲に目を通す。
テストは再来週だ。この分量なら少し見直せばそれほど悪い結果には成り得ないだろう。
「・・・・あれ? クヴァドラート?」
「ん? ああ、知ってるのか」
こくりと頷く。
「うん。有賀くんもこういうバンドの曲聞くのね」
「ま、たまには」
「バラードとか良いわよね、クワトロって」
「実は今日買ったばかりでろくに聞いてないんだ」
「そうなの? じゃあ、批評はまた今度にするわ。CD全部持っているから、良かったら貸すけど?」
全部持っているというのは少し意外な感じがした。
ファンなのだろう。インディーズバンドなんて言う俗物的なものを聞くように思えなかったが、そのミスマッチが面白い。
「気に入ったら借りることにするよ。今日はありがとうな」
「どういたしまして。・・・・それ、一色くんにも渡しておいてくれる?」
「ああ、頼まれた」
雅斗は紙の束を軽く持ち上げて答える。
よろしくね、と微笑んで天野は踵を返し、外へ向かって歩いていく。
見送りながら雅斗は息を飲んだ。
蝶が舞っていた。
天野の周りを、赤い斑紋を持った蝶が舞っている。
初めは二匹だった。
しかし、それは互いにぶつかり合い、分裂するように増えていく。
(天野が、飲まれる)
蝶に。
今度こそ、被害に遭うのは彼女だ。
蝶に襲われ、彼女は死ぬのだろう。
連続殺人事件という、謎の解けないままの推理小説の中で、彼女は息絶える。
死を嘲笑うかのように蝶は天野の周りを舞う。縮れた翅をいっぱいに広げやがて蘇のみが果てるまで永遠と舞い続けるのだ。
がたん。
音がして雅斗は慌てて振り向いた。
「勇気? どうしたんだ?」
いつの間にか一階に下りてきていた少年は青い顔をしている。
まるで見てはいけないものを見てしまったかのような顔だった。
「蝶が・・・・・」
ぽつり、と彼が呟く。
雅斗は目を見開いた。
「お前、見えるのか?」
「え?」
勇気の目もまた見開かれた。
雅斗の手に握られたルーズリーフの端に蝶がとまる。澄んだ翅をゆっくりと上下に羽ばたかせた。
ゆっくりと。