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12話 噂

「クヴァドラートって知ってるか?」

 机の端に肘をついて格好つけたようなポーズをとりながらクラスメートの晴久は言った。

 晴久はクラス替えの後同じクラスになった男で、大分仲が良い。このクラスの中で一番親友に近いのだが、さすがに神社で修行中と言うことは話していない。何となく格好悪い気がしたのだ。

 他の奴にならともかく晴久に格好悪いと笑われたら我慢できない気がした。

 スポーツが得意な晴久は、言い意味で自分のライバルなのだ。

「なんだそれ。新しいゲームか?」

「違うよ、バンドだよ、ヴィジュアル系のバンド」

 勇気は瞬く。

 芸能関係の事を晴久の口から聞くなんて思っても見なかったのだ。

 勇気が驚いたのが分かって友人は満足したように笑う。どうやら反応がお気に召したらしい。

 彼は少しむっとして睨んだ。

「それがどうしたんだよ」

「クヴァドラートの音楽を聴くと呪われるんだって」

「はぁ?」

 思いがけないつながりに頓狂な声を上げる。

 ムラサキカガミの呪いとか、トイレの花子さんとか、増える呪いの階段とか、まことしやかに囁かれる怪談は小学校では人気の話題だった。

 勇気は全く信じていなかったが、そう言う噂はいくらでも存在するし、結構流行るものだ。

 だがヴィジュアル系バンドの呪いの音楽という話は初めて聞く。

「何だよそれ。嘘だろ?」

「いや、これ本当らしいぜ。連続殺人事件あるだろ? あれの被害者、みんなその曲聞いて死んでるんだって」

「アホくさ。曲なんて何十人も聞いてるはずだろ」

 晴久はにやりと笑う。

「条件があるんだよ」

「条件?」

「女で、四時四十四分に音楽聞いていること、一度は直接ライブを見ていること」

 勇気は頭を押さえる。

 ヴィジュアル系のバンドのファンと言ったら女が多いだろう。ライブを見に行くような人だったら一日中曲を聴いていたっておかしくないはずだ。条件に当てはまりそうな人間は何人もいる。

 それが全部呪われたというのなら、被害者は四人くらいですまないし、刑事である母・愛は現場から戻って来れないだろう。

「それ、どこから聞いたんだよ」

「被害者のイトコの友達に聞いたって姉ちゃんが言ってた」

「都市伝説だな。そこまで遠いと本当かどうかも怪しいな」

 友人は苦笑する。

「お前、本当にこう言うの信じないのな」

「当たり前だろ、非現実的だ」

「でもさ、その曲、聞いてみたくね?」

「呪いの曲を?」

「そ、‘スカーレット・バタフライ’って曲だってよ」

 ぎくり、とした。

 平静を装って、興味の無いフリをする。まさかあんな事、言えるわけがない。あんなのは現実じゃないし、この怪談話には無関係のことだ。

「やめとけよ、そんなの。馬鹿馬鹿しい」

「何だよ、怖いのか?」

 勇気はむっとする。

 こいつに怖じ気づいていると思われるのはやっぱり我慢ならない。

「そんなんじゃねーよ」

「じゃあ決まりだな。今日の放課後つきあえよ」

「なっ、おい・・・・!」

 勝手に決めて勝手に席を離れていく晴久を引き止めかけたとき、ちょうど授業開始のチャイムが鳴った。

 勇気は溜息をつく。

 つきあうしかないだろう。面白くない事だったが、それで晴久の気が済むなら弱虫、恐がりと笑われるよりはマシだ。

 ポケットの中で今朝拾ったストラップの人形がざわめいたような気がした。



     ※  ※  ※  ※


 パーキングに車を止め、少し歩いた所にライブハウスはあった。

 大きいとは言わないが、それなりの人数が収容出来そうな規模の店だ。店の前にはいくつかのアマチュアバンドのポスターが貼られておりその中の一つに「単独ライブ決定」と赤い文字で書かれていた。

 店は夕刻過ぎてから開かれるらしく、さすがにこの時間には人の姿が無かった。

 ライブハウスの二階は機材置き場を兼ねた事務所と僅かな住居スペースになっている。階段を上がってドアを叩くとややあって気怠そうな若い男が出てきた。

「あ、何だよ、こんな時間に」

 まだ昼前だったが、昼夜の逆転した生活を送る彼らには「こんな時間」らしい。苦笑して伊東は警察手帳を見せる。

 名前を名乗ると男は手帳の写真と伊東をしげしげと見やって上品とは言えない笑いを浮かべる。

「あー? 何だよ、またガサ入れか? だから乱交パーティもマリファナもやってないって言ってんだろ?」

 どうやら生活安全課や何かと間違えているらしい。

 彼らにしてみれば派出所勤務の警官も、公安の連中も同じに見えるのだろう。仕組みや仕事の内容までレクチャーするつもりはなかった。簡単にそう言う趣旨で来たのではないと説明すると、男は訝る様子で伊東を見上げた。

「へぇ、刑事さんねぇ。見えねぇな、ヤクザか香港マフィアの方が似合うんじゃねぇの」

 伊東は苦笑する。

 ここに藤岡を連れてこなかったのは正解だ。今日は婦人警官の格好をして来なかったが、女装しているのには変わりない。彼を連れてきていたら何を言われるか分かったものではなかった。

「で、何の用?」

「昨夜、この人物を見かけませんでしたか?」

 写真を手渡すと、男は思案するように首をひねった。

「うーん、昨日ねぇ・・・どうだったなかぁ」

「なーに、事件?」

 男の後ろから女の手が伸び写真を奪う。

 赤い顔をした女からは煙草と香水と酒でむせかえる匂いがする。女はふらふらとした足取りで写真を眺めて言う。

「あ、イロじゃん。何、イロがどうしたの?」

「昨日こちらで見かけませんでしたか?」

 問うと女はにこにこしながら答える。

「きのう? 来てたわよ、いつもより少し遅かったけど上機嫌で入ってきてしばらく女の子と遊んでたわよ。クワトロのライブ終わったら女の子お持ち帰りしてったわよー」

「良く覚えてんな、お前」

「だって、昨日声かけたら気分じゃないって断られたんだもん。それなのに巨乳娘お持ち帰りしちゃってさー、ちょっとジェラシー?」

 くすくすと女は笑うが、対照的に男は怒ったような表情を浮かべる。

 すかさず伊東は話を変えた。

「クワトロ、というのは何ですか?」

「最近人気のバンドのことよ。クヴァドラートって言うの」

「彼が一緒に帰ったという女の子の名前はご存じですか?」

「さぁ? 私女の方に興味ないし」

 おそらくイズミという少女の事だろう。ライブの時間などを事細かに聞くと、一色の証言に一致する。やはり間違いは無かったようだ。

 他に必要な事をいくつか質問をして、手帳に書き留める。

 一色の素行はお世辞にも褒められたものではない。中学時分からこのあたりをうろついていたようだ。さすがに摘発を恐れたのか、男は酒を振る舞ったという話をしなかったが、おそらく普通にアルコールを摂取していたのだろう。

 その上、高校一年という若さでこれだけ浮き名を流している。上層部が疑うのも無理はない。

 だが、と思う。

 これだけ女遊びが激しいのにも関わらず、恨んでいるような言葉は殆ど聞かれなかった。合コンで、めぼしい女の子は彼が持ち帰ってしまうという話も出たが、別にそれで恨んでいる人間はいなかった。遊ばれた女の子も「彼は優しい」といい、少し寂しそうな目をしているだけだった。

 やはり彼は犯人ではない気がする。

 確信に近い。

 伊東は丁寧に礼を言って階段を下りる。

 階段の下で待っていた藤岡は誰なのかは知らないが男の手を握って何やら話をしている。伊東が降りてきたのを見つけると彼は微笑んだ。

「あ、ダーリンが帰って来ちゃった。ゴメンネ、またね」

 そう言って男の手を放すと、男は苦笑した風に背を丸めて片手を上げた。

「・・・・何をやっていたんですか、あなたは」

 男が立ち去った方を見て伊東が問うと、藤岡は嬉しそうに笑う。

「やだ、ジェラシー?」

「何を言っているんですか。それに、ダーリンって誰の事ですか」

「うふふ」

 ‘可愛らしい’ポーズをとって藤岡は笑う。

 悪寒がした。

「仕事中ですよ、止めて下さい」

「あら、私も仕事してたのよ」

「何のですか?」

「聞き込み」

 伊東の表情がきゅっと引き締まった。

「面白い話を聞いたの。聞きたい?」

「はい、ぜひ」

「素直ね。・・・・クワトロって知ってる?」

 頷く。

 一色の証言でも、先刻の聞き込みでも聞いたバンドの略称だ。むろんそれは既にチェック済みである。

「殺人事件のあった日、必ず彼らのライブがあったのよ」

 細い目を見開く。

「本当ですか?」

「ええ。今回と前回、二日連続で起きているでしょう? ライブも二日連続であったわ。前の二件もライブのあった日の深夜。偶然の一致かしらね?」

「調べましょう」

 即座に伊東は答える。

 事件に関連のありそうな事、少しでもおかしいと思ったことは即座に調べること。それは重要な事だ。もし本当に関連性があるのなら、ライブ中止というのも視野に入れて考えなければならない。

 これ以上被害者を増やす前に、早く犯人を見つけ出さなければならない。

 警察は容疑者として一色一樹を調べている場合ではないのだ。

 強い視線を向けると、藤岡は力強く頷いて返した。




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