第6話 誰も死ななかった
夜が来る前に、準備は終わった。
と言っても、大したものじゃない。
柵も、罠も、立派な防衛線もない。
あるのは――
時間を稼ぐための小細工だけだ。
川沿いの道には、わざと足跡を残した。
村とは逆方向へ向かうように。
森の入り口には、空の荷車を転がし、
争った跡があるように見せかける。
そして、村の中には――
誰も残らない。
静まり返った集落を見て、
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
もし失敗したら。
もし見抜かれたら。
俺たちは、村も人も守れない。
「……来た」
見張りの兵が、低く告げた。
闇の向こう、複数の影が動いている。
松明の火が、ゆらりと揺れた。
盗賊だ。
人数は、ざっと二十以上。
――多い。
喉が鳴る。
俺は、兵たちを見回した。
誰も喋らない。
だが、逃げようともしない。
「……約束だ」
小さく言う。
「無理だと思ったら、すぐ下がる」
全員が、静かに頷いた。
盗賊たちは、村に入ると同時に違和感を覚えたらしい。
「……人がいねえ」
誰かが叫ぶ。
松明が、家々を照らす。
空っぽの室内。
残された食器。
「逃げたか?」
「追え!」
その瞬間だった。
――川の方角で、火が上がる。
「向こうだ!」
数人が、そちらへ走り出した。
俺は、歯を食いしばった。
頼む。
気づくな。
気づかないでくれ。
だが、盗賊の中に一人、立ち止まる男がいた。
「……待て」
低い声。
「妙だ。
足跡が多すぎる」
心臓が、跳ねる。
男は、地面を蹴り、村の奥を見る。
森。
川。
そして――
俺たちが隠れている方向。
「……罠か?」
一歩、こちらへ。
もう一歩。
限界だった。
俺は、合図を出した。
次の瞬間、
森の奥で大きな音が鳴った。
倒木だ。
事前に削っておいた木が、
音を立てて倒れ、道を塞ぐ。
「ちっ!」
盗賊たちが、騒ぐ。
「面倒だ!
こんな村、後回しだ!」
焦りが、声に滲んでいた。
彼らは、長居を望んでいない。
守られていない村を、素早く荒らすのが目的だ。
――ここは、割に合わない。
「引くぞ!」
号令がかかり、盗賊たちは散り始めた。
松明の火が、遠ざかる。
闇が、戻ってくる。
……しばらく、誰も動かなかった。
「……行った?」
誰かが、囁く。
俺は、耳を澄ませた。
風の音。
虫の声。
「……ああ」
その瞬間――
力が抜けた。
膝が、がくりと落ちる。
生きている。
誰も、倒れていない。
「……生きてる」
誰かが、笑った。
次の瞬間、
堰を切ったように声が上がる。
「やった……」
「死ななかった……!」
泣き出す兵もいた。
俺は、立ち上がり、村の方を見た。
しばらくして、
森の影から、人影が現れる。
村人たちだ。
恐る恐る。
だが、確かに――全員。
「……誰も、死んでない」
その事実が、
胸の奥に、熱く広がった。
俺は、初めて分かった。
勝たなくてもいい。
倒さなくてもいい。
誰も死ななければ、それでいい。
「ありがとう……」
誰かが、俺の前に立った。
年配の女だ。
震える手で、頭を下げる。
「……ありがとう」
俺は、慌てて首を振った。
「俺は、何も……」
言いかけて、止まる。
違う。
何もしていないわけじゃない。
――逃げなかった。
それだけだ。
だが、その「それだけ」が、
誰かの命を、守った。
その夜、
村には、久しぶりに灯りが点った。
小さな灯り。
だが、確かな灯り。
俺はその光を見ながら、
静かに思った。
ここから、何かが変わった。
まだ、英雄じゃない。
覇王でもない。
それでも――
確かに、始まってしまったのだ。
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