第31話 国境線の外から
最初に違和感を覚えたのは、
地図だった。
「……道が、
変わっていませんか」
セレナが、
広げた羊皮紙を指さす。
交易路の線。
村の位置。
昨日までと、
微妙に違う。
「中心が、
ずれている」
彼女は、
そう言った。
確かに。
街と街を結ぶ線が、
この場所を経由する前提で
引き直されている。
誰が描いたのか、
すぐ分かった。
外の人間だ。
「……誰の地図だ」
「北方商会です」
セレナは、
淡々と答える。
「最新版だそうです」
最新版。
つまり――
更新された現実。
昼前、
使者が来た。
正確には、
「通達役」だ。
武装は最低限。
態度は丁寧。
だが、
距離の取り方が違う。
「ご確認を」
差し出されたのは、
書状だった。
宛名は、
こうなっている。
――未編入自治集落
代表管理者
リクス・エン殿
喉が、
鳴った。
「……代表ではない」
思わず言う。
使者は、
一拍だけ間を置いた。
「承知しております」
「ですが、
窓口として登録されています」
登録。
その言葉が、
重い。
「これは、
何の通達だ」
「通行協定の更新です」
使者は、
事務的に説明する。
「関所扱いになりますので」
耳を疑った。
「……関所?」
「はい」
当然のように。
「通行の安全確保」
「紛争時の中立義務」
「協定違反時の責任」
並ぶ文言は、
国家向けのものだ。
村に向けた書類じゃない。
「拒否する」
俺は、
即答した。
使者は、
慌てなかった。
「拒否は、
記録されます」
「その場合、
経路は再設定されます」
遠回り。
遮断。
経済的孤立。
言外に、
すべて含まれている。
セレナが、
小さく言った。
「……これは、
圧ではありません」
「事実の整理です」
それが、
一番厄介だ。
「……署名は?」
俺は、
書類を見つめた。
「不要です」
使者は、
首を振る。
「受領確認だけで」
拒否も、
受領も。
どちらにしても、
扱いは変わらない。
使者が去った後、
天幕の中は静まり返った。
「……国扱い、
ですね」
誰かが、
ぽつりと呟く。
「違う」
俺は、
即座に言った。
「国じゃない」
だが、
続く言葉がない。
夕方。
丘の上から、
街道を見る。
商人の列が、
自然にここを通っていく。
止めていない。
命令していない。
だが、
選ばれている。
「……線が、
引かれましたね」
セレナが、
静かに言う。
「国境ではありません」
「ですが、
境目です」
否定できなかった。
夜。
焚き火の前で、
一人座る。
俺は、
何も名乗っていない。
王でも、
領主でも。
それでも、
線の上に立たされている。
怖い。
だが、
昨日までとは違う。
逃げたい怖さじゃない。
踏み越えたら、
戻れない怖さだ。
「……俺は、
名乗らない」
小さく、
だがはっきり言う。
「だが、
立つことはやめない」
焚き火が、
静かに燃え続ける。
その向こうで、
誰かが地図を書き直している。
俺の意思とは、
無関係に。
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