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人徳スキルしか持たない俺が、 英雄だらけの大陸で覇王にまつりあげられる話 〜戦えないのに、人が集まりすぎて困ってます〜  作者: 山奥たける


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第29話 数えられる命

 その話を持ってきたのは、

 商人ではなかった。


「……記録官?」


 名を呼ばれて、

 俺は眉をひそめた。


 若い男だ。

 装備は軽い。

 だが、腰の筒だけが異様に頑丈だった。


「はい」


 男は、

 淡々と頷く。


「北方交易路の、

 情報整理を担当しています」


 嫌な肩書きだ。


「何の用だ」


「確認です」


 即答。


「あなた方の、

 “現状”について」


 言葉の選び方が、

 冷たい。


 天幕に通すと、

 男は迷わず紙を広げた。


「人口、

 約四百名」


 胸が、

 ひくりと鳴る。


「可動人員、

 百五十前後」


「自警行動、

 非公式ながら確認」


「武装率、

 三割弱」


 数字が、

 次々と並ぶ。


「……誰に頼まれた」


「誰にも」


 男は、

 あっさり答えた。


「記録とは、

 そういうものです」


 嘘ではない。


 だから、

 始末が悪い。


「これは、

 何のための記録だ」


 俺が聞くと、

 男は少しだけ考えた。


「判断材料です」


「誰の」


「動く人の」


 それだけだった。


 セレナが、

 低く言う。


「軍のものでは?」


「軍だけではありません」


 男は、

 淡々と否定した。


「商人も」

「領主も」

「……覇王も」


 その言葉で、

 空気が変わる。


「俺たちは、

 戦うつもりはない」


 思わず言った。


「記録は、

 意思を測りません」


 男は、

 事実だけを返す。


「能力と、

 規模だけです」


 それが、

 何より怖い。


 紙の端に、

 小さな注釈があった。


【危険度:未確定】

【対応:経過観察】


 冷たい文字。


 だが、

 刃より鋭い。


「……人は、

 数字じゃない」


 俺は、

 そう言った。


 男は、

 一瞬だけこちらを見る。


「数えないと、

 守れません」


 それが、

 彼の答えだった。


 夕方。


 男は、

 何も奪わず、

 何も約束せずに去った。


 だが、

 何かを確実に残した。


 視線だ。


「……覇王、か」


 セレナが、

 小さく呟く。


「気づかれた、

 ということですね」


「違う」


 俺は、

 首を振った。


「最初から、

 見られてた」


 気づいていなかったのは、

 俺たちだけだ。


 夜。


 焚き火の前で、

 帳面を見つめる。


 数字。

 項目。

 整理された行。


 そこに、

 顔はない。


 笑った子どもも、

 睨んだ男も、

 眠れなかった夜も。


 全部、

 消えている。


「……覇王は、

 こうやって見るのか」


 独り言のように、

 呟く。


 地図の上で、

 点を見る。


 点が増えれば、

 線を引く。


 線が増えれば、

 刈る。


 それが、

 合理だ。


 拳を、

 強く握る。


 俺は、

 ああはならない。


 そう思う。


 だが同時に、

 理解してしまった。


 理解できてしまったことが、

 一番怖い。


「……数えられる命を、

 どう守る」


 答えは、

 出ない。


 ただ一つ、

 確かなことがある。


 もう、

 俺たちは“外”じゃない。


 誰かの地図に、

 載ってしまった。


 その事実だけが、

 重く残っていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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