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人徳スキルしか持たない俺が、 英雄だらけの大陸で覇王にまつりあげられる話 〜戦えないのに、人が集まりすぎて困ってます〜  作者: 無名史官


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第28話 名前を使われる

 最初に気づいたのは、

 取引の帳面だった。


「……これは?」


 俺が指さすと、

 商人の男は当然のように答えた。


「保証です」


「誰の」


「リクス様の」


 胸の奥が、

 冷たくなった。


 紙には、

 こう書かれていた。


――本取引は、

 リクス・エンの名の下に行われる。


 文字は整っている。

 つまり、

 慣れている手だ。


「俺は、

 こんなものを認めていない」


「ええ」


 商人は、

 落ち着いて頷く。


「ですが、

 拒否もされていません」


 その通りだった。


「誰が書いた」


「あなたの記録官です」


 記録官。


 いつの間に、

 そんな役割が生まれた。


 天幕に戻ると、

 セレナが帳面を閉じていた。


「説明してくれ」


 感情を、

 抑えた声。


「保証が、

 俺の名前になっている」


 彼女は、

 視線を逸らさなかった。


「止められませんでした」


「止めなかった、

 の間違いだ」


 少し強い言葉。


 だが、

 引っ込めなかった。


「取引が、

 止まりかけたのです」


 セレナは、

 静かに言う。


「窓口はあなた」

「保証もあなた」


「それがないと、

 商人は動きません」


 理屈は、

 完璧だった。


 だから、

 なおさら怖い。


「……俺は、

 名前を貸した覚えはない」


「ですが」


 彼女は、

 一歩も引かない。


「あなたが立った瞬間、

 名前は“資源”になります」


 資源。


 人の名前が。


 昼。


 別の報告が来る。


「南の村で、

 噂が広がっています」


「どんな」


「“リクスの庇護下なら、

 安全だ”と」


 喉が、

 鳴った。


「……否定しろ」


「否定しました」


「では、

 なぜ広がる」


 セレナは、

 短く答えた。


「都合がいいからです」


 人は、

 信じたいものを信じる。


 午後。


 門の前で、

 小競り合いが起きた。


「俺たちは、

 リクス様に許可を得た!」


「聞いてない!」


 そのやり取りを聞いた瞬間、

 頭が真っ白になる。


「……俺は、

 そんな許可を出していない!」


 声を張り上げる。


 一瞬、

 静まる。


 だが。


「でも、

 名前はある」


 誰かが、

 そう言った。


 それだけで、

 空気が戻る。


 夕方。


 帳面を、

 叩きつけた。


「これ以上、

 俺の名前を使うな!」


 周囲が、

 息を呑む。


 怒鳴ったのは、

 初めてだった。


「……分かりました」


 セレナが、

 そう言った。


 だが、

 表情は硬い。


「ただし」


 続く言葉を、

 待つしかない。


「止めるなら、

 代わりを示してください」


 それが、

 現実だった。


 名前を使うな。

 だが、

 名前なしでは回らない。


 矛盾だ。


 夜。


 一人、

 焚き火の前に座る。


 剣を研ぐ音。

 取引の話し声。

 見張りの合図。


 全部、

 俺の知らないところで、

 俺の名前を使って進んでいる。


 恐怖が、

 はっきり形を持った。


 俺は、

 力を集めた。


 だが、

 力の使い方を、

 決めていない。


 その空白に、

 人は勝手に意味を入れる。


「……数えられている」


 ふと、

 そんな言葉が浮かぶ。


 名前。

 人。

 武器。

 噂。


 全部が、

 どこかで数えられている。


 それを想像した瞬間、

 背筋が冷えた。


 俺は、

 焚き火を見つめながら、

 低く呟いた。


「……これは、

 もう村の話じゃない」


 否定したかった。


 だが、

 否定するほど、

 遠くに来てしまった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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