第26話 眠れない理由
夜は、静かだった。
騒ぎはない。
叫び声も、物音も。
それなのに――
眠れなかった。
目を閉じると、
門の前の顔が浮かぶ。
呼ばれた顔。
呼ばれなかった顔。
感謝の声。
恨みの視線。
どれも、
はっきりしている。
だから、
目を閉じたくなかった。
「……起きていますね」
声に、
ゆっくり顔を上げる。
セレナだった。
焚き火の明かりに、
影が揺れる。
「少しだけ」
そう答えたつもりだったが、
声は掠れていた。
「今日は、
何人入れましたか」
彼女が聞く。
「……十七」
「何人、
残しましたか」
答えが、
すぐに出ない。
数えたくない。
「……分からない」
正直な答えだった。
セレナは、
何も言わなかった。
ただ、
隣に座る。
それが、
逆にきつい。
「……代わりに、
決めましょうか」
彼女が、
静かに言った。
「基準は、
すでにあります」
「あなたの負担を、
減らせます」
優しさだ。
理屈も、
正しい。
俺は、
首を横に振った。
「……それは、
できない」
「なぜですか」
即座に聞き返される。
逃げ道は、
用意されていない。
「俺が、
引き受けた」
短い言葉。
「最初に、
立つと決めた」
「今さら、
渡せない」
それは、
意地かもしれない。
だが、
責任を分けた瞬間、
逃げる口実が生まれる。
それが、
怖かった。
沈黙。
焚き火が、
小さく爆ぜる。
「……あなたは、
壊れます」
セレナが、
低く言った。
「このままでは」
否定できない。
だから、
何も言えない。
夜が更ける。
巡回の足音が、
遠くで聞こえる。
安全だ。
今は。
だが、
俺の中は、
安全じゃない。
帳面を開く。
今日の判断。
昨日の判断。
線が、
少しずつ太くなっている。
迷いが減り、
判断が速くなる。
それが、
正しいとは限らない。
「……怖い」
気づいたら、
口に出ていた。
誰に向けた言葉か、
分からない。
セレナが、
少しだけ目を見開く。
「何が、ですか」
「……慣れることが」
正直だった。
「人を切ることに」
「顔を見ない判断に」
言葉にすると、
胸が締め付けられる。
セレナは、
しばらく黙っていた。
やがて、
小さく息を吐く。
「それなら、
まだ大丈夫です」
「……なぜだ」
「慣れた人は、
怖いとは言いません」
その言葉が、
胸に残る。
夜明け前。
空が、
わずかに白む。
眠っていない。
だが、
立たなければならない。
今日も、
門の前に人が来る。
俺は、
焚き火の灰を見つめながら、
静かに思った。
眠れない理由は、
恐怖じゃない。
恐怖を、
手放したくないからだ。
それを失った瞬間、
俺は、
ただの判断装置になる。
それだけは、
避けなければならない。
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