第19話 名前のない組織
朝の村は、静かだった。
だが、第Ⅰ部の頃とも、
第Ⅱ部の終わりとも、違う。
人は動いている。
畑に向かい、井戸に並び、見張りに立つ。
問題は――
その動きに、迷いがないことだった。
「……皆、俺の方を見るな」
思わず、口に出た。
通りを歩くだけで、
視線が集まる。
期待でも、敬意でもない。
確認だ。
「これでいいか?」
「次はどうする?」
そんな目。
俺は、答えを持っていない。
集会用の天幕では、
すでに人が集まっていた。
兵。
村人。
外から来た人間。
数が増え、
顔と名前が一致しなくなっている。
「……では、現状整理から始めます」
セレナが前に出た。
紙を広げ、淡々と話す。
「人口は三百二十七名」
「可動人員は百二十」
「備蓄は、余裕なし」
数字が並ぶ。
それだけで、
ここが“村”ではないと分かる。
「提案があります」
セレナが、俺を一度見た。
許可を求めている。
俺は、黙って頷いた。
「役割を、明文化します」
ざわめき。
「見張り」
「配給」
「記録」
「交渉」
言葉が並ぶたび、
人の表情が変わっていく。
安心する者。
緊張する者。
そして――
逃げ場を失った顔。
「……反対は?」
セレナが聞く。
一瞬の沈黙。
だが、誰も手を挙げなかった。
それが、
一番怖かった。
「異議がないなら、
仮制度として運用します」
“仮”。
その言葉だけが、
かろうじて救いだった。
会議が終わった後、
俺はセレナを呼び止めた。
「……勝手に進めていい」
自分でも、
驚くほど弱い声だった。
「私が進めているのではありません」
彼女は、はっきり言った。
「この場所が、
そうすることを求めています」
返す言葉が、なかった。
昼過ぎ、
兵の一人が報告に来た。
「南の街道で、
行商が足止めされています」
「理由は?」
「“ここを経由する許可が欲しい”と」
胸の奥が、微かに鳴る。
経由。
それはもう、
通過点ではないという意味だ。
「……案内しろ」
俺は、短く答えた。
行商の男は、
俺を見るなり頭を下げた。
「噂は本当でした」
「……何の噂だ」
「“話が通じる場所”だと」
嫌な評価だ。
だが、否定できない。
「通行料は?」
「取らない」
「護衛は?」
「必要なら、
話し合いで決める」
男は、目を丸くした。
「……国ですか?」
その一言で、
空気が凍った。
「違う」
俺は、即答した。
「まだ、違う」
男は、それ以上聞かなかった。
聞かないことも、
判断だと知っている人間の顔だった。
夕方。
丘の上で、
村――いや、
この場所を見下ろす。
柵が増えている。
見張り台が、二つになった。
誰の命令でもない。
必要だから、
作られた。
それが、
一番厄介だ。
「……名前を、
付けるべきでしょうか」
いつの間にか、
セレナが隣に立っていた。
「何に?」
「この組織に」
組織。
その言葉が、
胸に落ちる。
「……まだ、いらない」
俺は、そう答えた。
「名前がついたら、
逃げられなくなる」
セレナは、
少しだけ笑った。
「もう、逃げていませんよ」
俺は、
返事をしなかった。
できなかった。
夜。
焚き火の明かりが、
規則的に並んでいる。
秩序だ。
善意だけで保たれたものじゃない。
俺は、思う。
これは、国じゃない。
軍でもない。
だが――
もう、ただの村ではない。
名前のない組織。
それが、
どこへ向かうのか。
俺自身が、
一番分かっていなかった。
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