第18話 まだ、反乱とは呼ばれていない
朝、村の外れに一人の男が立っていた。
武装はしていない。
だが、昨日までの使者とは違う。
立ち方が――
交渉に来た人間のそれだった。
「……来ました」
見張りの兵が、小声で告げる。
俺は、頷いた。
逃げない。
前に出る。
それが、昨日決めた俺の立つ場所だ。
「リクス・エン殿」
男は、俺の名を呼んだ。
役職名ではない。
雑用兵でも、代表でもない。
個人名だ。
「領主代行より、
再度の確認を命じられている」
“確認”。
その言葉に、
わずかな猶予が含まれているのが分かった。
天幕の中で、
男は淡々と書面を広げた。
「貴殿の昨日の返答についてだ」
「“登録は受けないが、敵対もしない”」
俺は、黙って頷いた。
「代行は、
それを“反乱宣言”とは判断していない」
胸の奥が、
わずかに緩む。
「だが」
男は、続ける。
「統治下に入らない武装集団を、
安全とも判断できない」
それが、本音だ。
「結論から言う」
男は、視線を上げた。
「この村は、
未編入自治集落として扱われる」
セレナが、静かに息を吸う。
俺は、その言葉を反芻した。
「……独立ではない、ということか」
「正確には、
帰属保留だ」
男は、はっきり言った。
「領主の支配を否定していない以上、
反乱とは見なせない」
「だが、
統治外である以上、
危険視はされる」
最も厄介な立場だ。
「条件がある」
男は、指を一本立てる。
「徴税は行わない」
「徴兵もしない」
俺は、顔を上げた。
「その代わり」
男の声が、低くなる。
「軍事行動を取らないこと」
「他勢力と同盟を結ばないこと」
「人員規模を報告すること」
――縛りは、ある。
だが、
剣を突きつけられてはいない。
「……返事は?」
男が、問う。
俺は、少しだけ考えた。
逃げ道はない。
だが、戦場でもない。
「受け入れる」
その言葉に、
男は一瞬だけ安堵した表情を見せた。
「ただし」
俺は、続ける。
「この村の内部判断には、
介入しないでほしい」
男は、即答しなかった。
だが、
数秒後に頷いた。
「……記録上は、
“自治判断尊重”とする」
グレーだ。
だが、それでいい。
使者が去った後、
村は妙に静かだった。
「……未編入自治、ですか」
セレナが、小さく呟く。
「便利な言葉だな」
「危険な言葉でもあります」
彼女は、はっきり言った。
「どこからも、
守られない」
「だが、
どこからも、
すぐには攻められない」
俺は、頷いた。
「……ちょうどいい」
英雄にはなりたくない。
覇王にも。
だが、
潰されるつもりもない。
夕方、
別の報告が届いた。
「南から、商人が来ています」
「“噂を確かめに”だそうです」
胸の奥が、
静かに鳴った。
噂は、
もう領主だけのものじゃない。
夜。
丘の上から、
村を見下ろす。
灯りが、増えている。
だが、
旗は立っていない。
王の旗も、
反乱軍の旗も。
俺は、
その空白を見つめた。
まだ、反乱とは呼ばれていない。
だが、
無視もされていない。
この中間地帯に立つことが、
どれほど危険か。
分かっている。
それでも。
「……逃げるよりは、
ずっとマシだ」
小さく呟く。
遠くの空の下で、
覇王たちが、
きっと地図を広げている。
その地図に、
まだ名前のない点が一つ。
それが――
俺たちだ。
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