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人徳スキルしか持たない俺が、 英雄だらけの大陸で覇王にまつりあげられる話 〜戦えないのに、人が集まりすぎて困ってます〜  作者: 無名史官


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第15話 まだ、大丈夫だと思っていた

 期限は、三日。


 使者が残していったその言葉が、

 村の空気に、薄く張り付いていた。


 誰も口には出さない。

 だが、誰も忘れていない。


 俺は、それが少しだけ楽でもあった。


 ――急がなくていい。

 ――まだ、決めなくていい。


 そう思えるからだ。


 最初の違和感は、小さなことだった。


「……道具が、戻ってません」


 畑仕事をしていた男が、

 困ったように言った。


「昨日、貸した鍬です」


「誰に?」


「……分かりません」


 セレナが帳面をめくる。


「貸し出しの記録は?」


「ありません」


 沈黙。


 奪われたわけじゃない。

 壊されたわけでもない。


 ただ、

 誰の物か分からなくなった。


「……探してみます」


 そう言って、話は終わった。


 終わってしまった。


 昼前、今度は別の声が上がる。


「見張りの順番が、

 守られていない」


 兵の一人が、眉をひそめていた。


「昨日は、三人足りなかった」


「理由は?」


「“自分は兵じゃない”と」


 胸の奥が、わずかに軋む。


 兵でもない。

 村人でもない。


 その境界に、人が増えている。


「……強制は?」


「していません」


 それが、

 この場所の約束だからだ。


 午後、井戸のそばで小さな口論が起きた。


「俺が先だ」


「昨日は、あんたが先だったろ」


 声は荒れていない。

 だが、視線が鋭い。


 俺が近づくと、

 二人は黙った。


「……すまない」


 謝ったのは、

 どちらでもない男だった。


 なぜ謝ったのか。

 自分でも分かっていない顔だ。


 俺は、何も言えなかった。


 言うべき言葉が、

 まだ見つからない。


 夕方。


 セレナが、静かに言った。


「境界が、曖昧になっています」


「……境界?」


「責任の、です」


 帳面を閉じる音が、

 やけに大きく聞こえた。


「誰が決めるのか」

「誰が管理するのか」

「誰が止めるのか」


「それが、

 全部あなたの“沈黙”に

 預けられている」


 胸が、ちくりと痛む。


「……まだ、

 大きな問題じゃない」


 自分に言い聞かせるように言った。


「ええ」


 セレナは、否定しなかった。


「“まだ”は」


 その一言が、

 妙に重かった。


 夜。


 焚き火の前で、

 人々が談笑している。


 笑い声もある。

 怒号はない。


 ――平和だ。


 少なくとも、

 表面上は。


 俺は、その光景を見ながら思った。


 今、決める必要はない。

 もう少し様子を見てもいい。


 明日でも、

 明後日でも。


 そうやって、

 時間を稼げばいい。


 その考えが、

 胸の奥で広がっていく。


 甘いと、

 分かっているのに。


 焚き火が爆ぜる。


 小さな火の粉が、

 闇に消えた。


 その一瞬、

 理由もなく思った。


 ――これは、

 崩れる前の静けさだ。


 だが、その考えを、

 俺は振り払った。


 まだ、大丈夫だ。


 そう思いたかった。


 決断を、

 一日だけ、

 先送りにしたかった。


 二日目の朝、村はいつもより静かだった。


 騒ぎが起きたわけじゃない。

 争いがあったわけでもない。


 ただ、

 誰もが様子を見ている。


 俺は、それが一番嫌だった。


「……逃げた人がいます」


 セレナが、低い声で言った。


「家族四人。

 夜明け前に」


 胸の奥が、きしむ。


「理由は?」


「はっきりとは。

 ただ……」


 彼女は、一瞬言葉を選んだ。


「“どうなるか分からない場所に、

 子どもを置けない”と」


 責められない。

 正しい判断だ。


 だが。


「……止めなかったのか」


「止めませんでした」


 即答だった。


「ここは、

 “自由な場所”だと

 あなたが言った」


 その言葉が、

 鋭く刺さる。


 午前中、別の問題が起きた。


「食料庫が、

 勝手に開けられてます」


 兵の報告。


「量は?」


「大きくは減ってない。

 だが……」


「だが?」


「誰が管理してるか、

 分からなくなってきた」


 秩序の綻び。


 小さい。

 だが、確実だ。


 俺は、何も言えなかった。


 決めなかった。

 責任者を置かなかった。


 その結果だ。


 昼過ぎ、

 村の端で口論が起きた。


「俺たちは先に来た!」


「だからって、

 全部優先されるわけじゃない!」


 仲裁に入ると、

 二人はすぐ黙った。


 だが、視線は冷たい。


 止まるが、納得していない。


 それが、

 一番危険な状態だ。


 夕方。


 俺は、一人で村を歩いた。


 畑。

 井戸。

 焚き火。


 どれも、昨日と同じだ。


 それなのに――

 空気が違う。


「……遅い」


 独り言が、漏れる。


 決断が。


 あるいは、

 覚悟が。


 夜。


 焚き火の前で、

 セレナが帳面を閉じた。


「……限界が見えてきました」


 静かな声。


「人が増える速度に、

 秩序が追いついていません」


「制限を設けるか、

 管理者を立てるか」


 彼女は、俺を見る。


「どちらかを、

 選ばなければ」


 俺は、答えなかった。


 答えられなかった。


 選べば、

 誰かを切る。


 選ばなければ、

 もっと多くが崩れる。


 分かっている。


 分かっているのに。



本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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