第12話 これは、英雄の始まりではない
朝は、いつも通りに来た。
焚き火の灰を片付け、
水を汲み、
畑の様子を見に行く。
昨日までと、何も変わらない。
――変わらない、はずだった。
「……人が増えてます」
見張りに立っていた兵が、低く言った。
村の外れ。
街道の向こう。
数人の影が見える。
武装していない。
旗もない。
ただ、こちらを見ている。
「……また、噂か」
俺は、息を吐いた。
追い返すべきか。
受け入れるべきか。
その判断だけで、
また世界が一歩動く。
セレナが、隣に立った。
「受け入れるかどうかは、
今日決めなくてもいい」
「……ああ」
彼女は、俺の顔を見る。
「でも、覚悟は必要です」
その言葉の意味を、
俺はもう理解していた。
昼前、村の中央に人が集まった。
兵たち。
村人たち。
そして、外から来た人間。
俺は、前に出る。
少し前まで、
こんな位置に立つことはなかった。
「……ここは、安全な場所じゃない」
最初に、そう言った。
「盗賊も来る。
正規軍も来る」
「これから先、
もっと厄介な連中も来るかもしれない」
視線が、俺に集まる。
だが、恐怖よりも――
静かな集中があった。
「それでも」
言葉を続ける。
「ここでは、
無駄に人を死なせない」
それだけだ。
拍手も、歓声もない。
だが、
誰一人として背を向けなかった。
夕方。
村の外れで、
一人の兵が、俺に言った。
「……なあ」
「俺たち、何になるんだ?」
答えは、用意していなかった。
隊でもない。
軍でもない。
国でもない。
「……雑用だ」
そう言うと、
彼は、吹き出した。
「今さらかよ」
「今さらだ」
笑いが、広がる。
それは、戦場では聞かなかった笑いだった。
夜。
俺は、村を見下ろす小さな丘に立っていた。
灯りが、点々と見える。
守られた命の数だけ、
灯りがある。
俺は、静かに思った。
英雄になるつもりはない。
覇王になる気もない。
剣で世界を変える力も、
才覚もない。
それでも。
ここに立ち、
逃げないと決めたことで、
誰かの運命は変わってしまった。
それが、
良いことなのか、悪いことなのか。
まだ、分からない。
ただ一つだけ、はっきりしている。
――この世界は、
優しさだけでは許してくれない。
遠くの空に、
火が見えた。
別の戦。
別の勢力。
別の覇王。
きっと、
誰かが、誰かを数えている。
死ぬ数を。
捨てる数を。
俺は、拳を握った。
「……それでも」
小さく、呟く。
「ここでは、数えない」
無駄死には、させない。
それだけを、守る。
この丘の上で、
俺は、初めてはっきりと理解した。
これは、英雄譚の始まりじゃない。
覇王に祭り上げられる男の、
いちばん静かな出発点だ。
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