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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

月光を浴びて踊る猫

作者: 鬼柳シン

とある企画で書いていた作品です。

 月明かりの夜、アタシは盗みに入った屋敷の食糧庫で上機嫌に口笛を吹いていた。


「旧時代のツナ缶が手に入るなんて、今夜のアタシはツイてるねぇ」


 フンフフン、と鼻歌を口ずさみ、暗い食糧庫の中で匂いを嗅いでみる。


「スンスンスン……食べられるよね……? むぅ、アタシの鼻じゃわかんないか……」


 猫獣人であるアタシの鼻は、犬獣人に比べると鈍感だ。


「まぁ旧時代の缶詰は長持ちするっていうし、大丈夫かな――っと、これは……」


 半面、耳や気配の察知に関しては、犬獣人より何倍も敏感だ。サッと身を屈めながら、食糧庫の大扉へ目をやる。


「見つかったね。扉の外に十……十五人くらいかな?」


 パンや飲み水の詰まった図多袋にツナ缶を入れ終え、扉の向こうから聞こえる声に耳を向ける。


 早く開けろと怒鳴っているけど、あの扉は今の時代じゃ『閉じると開かない』。


 だから、ほんの少し隙間がある。


 テコの原理とかいうので開け閉めするために、どうしても隙間は必要らしい。


 十六歳にしては小柄、更に猫獣人のアタシからしたら、入口みたいなものだけど。


「頑張って開けてねぇ……じゃないと、逃げるに逃げられないし」


 戦利品のパンを齧りながら扉が開くのを待つ。

 外の灯りがボンヤリと入ってきた鉄の扉は、本来なら、かつて人間と戦争をしていた『AI』っていう機械の認証がなければ開かない。


 よくわかんないけど、頭が良い機械だったそうだ。けどなぜか、アタシが生まれるずっと前に、人間に戦争を挑んだ。


 やがて何十年も人間と戦争をして、負けたから滅んだらしい。


 人間はそれに凝りて機械にあまり頼らないようになったらしいけど、詳しいことなんて知らない。


 アタシはただ、ここからの逃げ道と、逃げるチャンスを知っていればいい。

 帰りを待つ、沢山の子供たちのために。


「族を捕らえろ!!」


 扉が開いて大人たちが押し寄せてくるけど、そんなの関係なく出口へと走り出す。


「おい! 明かりが付かないぞ! 暗くてなんも見えねぇ!!」

「壊しやがったんだ! チクショウ! 代理品なんてねぇぞ!!」

「見えないのは族も同じだ!!」


 暗闇のなか騒いでいる大人たちを、猫獣人らしく瞳孔を大きく開いてニヤッと嘲笑ってやる。


「普通の人間のアンタたちと違って見えてるんだなぁ、それが。さて、お次は……」


 出口へ走る足を止め、機を伺う。


 少し待つと、騒いでいる大人たちとは別の気配を、大きな猫耳がピコンと跳ねて知らせてくれた。

 外にいる仲間が動き出す気配だ。


「おい! 外から連絡だ! 裏の路地に逃げていく奴らがいるぞ!!」

「なっ!? いつの間に逃げ出した!?」

「と、とにかく追え! 食い物だって安くねぇんだ!!」


 騒がしくなったら『ネズミ』の出番だ。

 約束通り、子分の「ネズミ獣人」たちが外で騒いでくれたので、人間たちはアタシが外に逃げたのだと思ってバラケテいく。


 当然まだ中にいると疑る奴もいるけど、暗闇の中で少しでも隙間が出来たら、アタシに逃げられない場所なんてない。


「さてと、パーティー開始だね」


 旧時代にあったというネズミ花火のように、子分と人間がバチバチ弾けるような喧噪の中を、図多袋を手に駆け抜けていく。


「お先に―!」

「このっ! どこだ!!」

「もういないよっ!!」


 逃げながらからかってやりつつ、屋敷の中を階段を目指して駆けた。


 どこかで「金庫の方を確認しろ! 食い物の次はそっちだ!」なんて声がする頃には、もう食料庫から遠ざかっていた。


「金庫ねぇ……そりゃ女の子だからお金とか宝石には興味あるけど、足がつくからなぁ」


 盗みに入った金持ちの屋敷は贅沢な品ばかりだが、盗んでもアタシには捌く伝手がない。


 金を盗んでも、使えばその時点で捕まるだろうから無視だ。


「生憎だけど、このまま突っ切るよ!」


 走って、飛んで、跳ねて、屋敷の天井へ出ると、大騒ぎになっている中、ふと聞こえた。


「金庫に危害なし……この手口は――猫女の『ルナ』だぁ!!」


 その叫びに、アタシはムッとして夜の闇のなか叫んでやる。


「アタシはただのルナだ!!」


 最後にそれだけ叫ぶと、屋根伝いに飛んでいく。


 下の路地で「こっちだ!」「いやこっちだ!」と、小回りの利くネズミ獣人たちが大人たちを翻弄する。


 彼らも逃げながら必死にアタシのために時間を稼いでくれるので、こっちも出来るだけ早く逃げ切るようにと、屋上から入り組んだ路地へと飛び降りた。


 あとは、勝手知ったる捨てられた都市区画を抜けていくだけだ。


 崩れた煉瓦と錆びた鉄線ばかりの都市区画は、行く場のない輩の集まる、通称『貧民街』。


 露頭で寝る見知った小汚い顔と、こんな場所でも力強く咲く露頭の花々。


 その最奥にあるホコリの被ったシートを潜る。ここは貧民街で暮らすアタシのアジトであり、暗闇の中、愛しくも見慣れた獣人の子供たちが帰りを待って……


「……誰、アンタ」


 待っている中に一人、見慣れない姿があった。足を組んで震えており、どうやらアタシの姿はよく見えていないようだ。


 半面アタシは良く見えるので、その風体をジッと睨む。


「人間ね……それも今時珍しい、混ざりっ毛のない人間の子供」


 みすぼらしい格好の猫獣人とネズミ獣人の幼子に紛れて震えていたのは、小奇麗な服に身を包んだ銀髪の少年だった。


 しばし静寂が流れると、人間の子供は恐る恐ると口を開いた。


「ぼ、ボクは……ボクは、エド」

「エド? 誰だか知らないけど、なんていうか……派手な格好ね。もしかしてお金持ち?」

「やっぱり、猫には暗くても見えるんだ……」

「アタシは猫じゃない! 名前はルナ!! 半分は人間よ!!」


 つい怒鳴ると、エドと名乗った少年はビクッと震えた。人間にしては、やけに弱気だ。


「そんな怖んないでよ、にしてもアンタ……むぅ」

「な、なにかな……」


 ヒュウと風が吹いて月明かりが差し込みハッキリ見えたのは、エドの涙に濡れた、青い瞳だった。


「イケメンだね」

「え……?」

「お腹空いてるんじゃない? アタシの食べ残しだけど、パン食べるかしら?」


 投げ渡してあげると、エドは不思議そうな顔をしていた。


「なにボケッとしてるのよ。獣人の食べ残しは嫌?」

「そうじゃなくて、ボクの事は……」

「訳なら明日にでも聞く。それまでに自己紹介くらいは考えといてね」

「で、でも!」

「うるさいなぁ……今夜は疲れてるの。悪いけど寝かせてもらうよ」


 ボロボロの毛布に包まりながら言うと、エドも黙った。

 なんで場違いな子供がここにいるとか、誰なのかとか、色々聞きたいことはある。


 正直、エドを探した大人の人間がここに来ないかとか、寝てる間に逃げ出してアタシの居場所を密告しないかとか不安だ。


 だけど、涙をハッキリ目にして言葉を濁してしまった。


 痛めつけて問いただすことは出来る。縛り上げて尋問だって出来る。

 でもそうするのは、アタシたちを虐げてきた身勝手な大人と同じだ。


「……早く寝よ」


 心のどこかで捨て身になっている自分を常日頃から感じているからなのか、エドに対する不安なんてあっと言う間に消えてしまった。


 所詮『今』を凌ぐのが精いっぱいなコソ泥。『先』の事は、あとで考える。


 教える大人がいなかったから、アタシはこんな生き方しか知らないのだ。


 ####


「にゃう……」


 朝が来て目を覚ます。だが昨晩の疲れからか、すぐには起きられない。


 まだ寝ていたい欲望に抗いながら、ぼんやりと寝返りをうてば、ハッと目を覚ました。


「あの人間がいない!?」


 昨晩はアジトの中にいたはずだが、辺りを見回しても姿はない。


「って、昨日盗んだ食べ物もない! アタシの持ち物も消えてる!」


 戦利品の詰まった図多袋も、ここでの暮らしに必要なナイフや蝋燭を纏めてある風呂敷もなくなっていた。


 寝る前に感じた嫌な予感が現実になったのかと思い、まだ遠くへ行っていないことを祈りつつ、アジトの外に飛び出した。


 すると、


「あ……お、おはよう、ございます……」


 人間――エドは、アジトの目の前で生活に使う道具や、戦利品の食べ物を並べて腕を組んでいた。


 アタシに気づいて弱気な挨拶が来るけれど、すぐさま詰め寄って問いただす。


「勝手に持ち出してなんのつもり!」

「そ、それは……」


 逃げるつもりなら、わざわざ並べたりしない。ならば理由があっての事なのだろうが、だとしても勝手に持ち出されたのには腹が立った。

 エドはキッと睨むアタシを直視できないでいたが、やがて小さな声を出す。


「役に……立とうと思って……」

「は?」

「だ、だから! この食料も、道具も、ここで生きていくための物だろう? たぶん、一緒に住んでる子供たちと分け合うために、君が、その……」


 口籠ったので、アタシから言ってやる。


「盗んだのよ。悪いかしら?」

「い、良いか悪いかなら、悪いよ! 悪いことは、したら駄目だ……」

「へぇ、こんな世界で、ずいぶんとズレた能書きを言ってくれるじゃない」

「だって、そうだろう? 悪いことをしたら、負けだよ……」

「誰とも勝負なんてしてないのに、勝手に負けとか言わないでくれる?」

「そうじゃなくて、相手は……人生そのものとか、世界そのものだよ」

「ん? よく分かんないんだけど……」


 思わず首を傾げてしまうと、エドは小難しいことを話し出した。


「悪いことをしたら、自分を卑しめることになる。尊厳を失うし、裁かれるし、なにより……」


 ああだこうだ御託を並べだしたので、アタシは遮るように言葉を放った。


「ハッ! 卑しく負けて結構よ! それに正しさですって? とことん世界ってものを知らないのね! いい? この際だから教えてあげるけど、正しさなんて都合よ!」

「都合……?」

「所詮、力を持ってる奴等の都合の良いことが正しさになるの! じゃなきゃ、なんでアタシを猫獣人にした大人たちは裁かれないのよ!」


 どうにも見た目通り世界を知らない金持ちのお坊ちゃんみたいだから、この世界について教えてやろうとして、エドは暗い顔で頷いた。


「そうだね……言われてみたら、あの大人たちが裁かれてないのに、被害者の君だけ悪者なんて、おかしな話だ」

「被害者って、その口ぶり……アタシが誰に何をされたか知ってるの?」

「……孤児を集めて行われた、動物の遺伝子と人間の遺伝子を組み合わせる人体実験」

「ッ!」


 言われ、アタシの脳裏に幼い日々がフラッシュバックする。


 貧民街で暮らしていた沢山の孤児たちと一緒に連れていかれ、麻酔もなしに実験という名の拷問が始まった日々。


 血に濡れた実験器具や、錆びついた冷たい檻。なにより、大人たちの物を見るような瞳。


 思い起こすだけで動悸が激しくなって、クラッと倒れそうになるアタシを、エドは咄嗟に白く華奢な手で支えてくれた。


「嫌な事を思い出させたのならごめん! トラウマだよね!?  PTSDになってるんだろう? こういう時の特効薬は……!」


 今にも倒れそうなアタシを支えながら、エドは必死に頭を回している。

 直感的に、エドは悪い奴じゃないのだと思えた。


「……やけに優しいじゃない。それに、ぴぃーてぃーえす……なんだか知らないけど、難しい言葉も知ってるのね」


 どうにか踏ん張って一人で立つが、当時の事が頭から離れない。


 機械に代わる新しい働き手のためとか言われ、アタシを含む孤児たちは様々な動物の遺伝子を結合させられた。


 どの動物の遺伝子がどう役に立つか検討もつかないから、片っ端から試されていたと聞く。


 アタシの場合は猫の遺伝子だ。


 幼い頃の事でも、鮮明に覚えている。

 麻酔もなしに行われた実験の痛み。耳が日に日に肥大化しながら金色の毛が生えていく不気味さ。鋭くなっていく五感への戸惑い。


 なにより自然で生きる動物だからか、相手の感情が気配で感じとれてしまう苦悩。

 全て忘れることはないはないだろう。


 でも、誰かと喋る時だけは忘れられていることに気づいた。

 思い出しても、こうして支えられ、心配される。この手も声も、感じたことのない温もりが籠っていた。


 一人だったら自分で自分を抱きしめて、蹲ったまま忘れろと繰り返すしかないのに。とても冷たい気持ちになるというのに、なんという差だろう。


 これが善意、というものなのだろうか。

 少なくとも、悪い気はしなかった。


 勝手に持ち出した理由くらいなら聞いてもいいと、自然と許すことが出来た。


「……で、アンタは結局なにしてたわけ?」

「だ、だから役に立とうと思って……」

「フンっ、何をどう役に立ててくれるのかしら? まさかパンをステーキにでもしてくれるの? 出来たら最高ね、子供たちの飢えもしのげるわ」

「それは、ちょっと無理だけど……」


 アタシが運よく研究施設から逃げてから、時折忍び込んで助けてきた子供たち。

 所詮助けられても、今の生活が精いっぱいだから、結局辛い思いをさせている。


 でも、研究施設にいるよりマシだ。なにせあそこは――


 なんて、またしてもかつての光景が蘇ってきたら、エドが思いもよらぬことを口にした。


「今ある分のパンと水、それから缶詰とかを使って、もっとお腹に溜まって、健康的な食事なら作れると思う」

「健康的? そんなのいいわよ、お腹さえ膨れたら……」

「だ、だから! お腹も膨れて健康にもいい、効率的で健康的な食事だよ! ボクならそれが出来る!

「料理人って柄には見えないわよ? それでも出来るのかしら?」


 呆れ半分に言うアタシに、エドは首を振り続けた。


「確かに料理は普段しない。でも作るための理屈と方法なら知ってるんだ! もう少し物資があれば、機材がなくてもここで食用の水と食べ物を作る方法だって何通りも頭に入ってる!」

「……それ、本当?」


 腕を組んで訝しむアタシに、エドは興奮気味に頷きながら続けた。


「本当さ! 飲み水なら今ある物でなんとかなる! パンだって、せめて小麦、いや、何か野菜類が手に入れば……」

「野菜だけで……? パン粉とか、よく分かんないけど要らないの?」

「干して乾かして砕けば粉になるから不要だよ。なんなら種類があれば味付けの変化だって可能だ」

「味のあるパン……」


 金持ちはバターとかジャムというのを使って、しょっぱくしたり甘くしたりするとは聞いていた。


 本当なら盗みたいが、そんな超高級品、昨晩の成金程度では持っていない。


 アタシの獲物は、精々旧時代の壊れた倉庫に缶詰を備蓄している程度の相手なのだ。


 持っているのは、警備も住んでる世界も段違いな、それこそかつての技術で守られている都市の地主やお抱えの知識人だけだ。


 アタシじゃどうにもならない相手。だから、もう何年も味のないパンをみんなで分けていた。


 こんな理屈っぽい奴の知識一つで、それが変わるというのだろうか? 


 だとするなら、


「何が望みなの」


 必死に説明するエドに、嘘とか悪意は感じない。むしろ、大人たちにはない善意を感じている。

 加えてエドにはアタシにはない豊富な知識がある。それがあれば、せめて子供たちに美味しいものを食べさせたかったという願いも叶う。


 どうせ穢れた身だ。未来ある子供たちのために使ってくれるというのなら、この身体だって差し出しても構わなかった。


 けれど、エドが頭を掻きながら口にした言葉は、とてもシンプルなものだった。


「その……ここに、居させてくれないかな……」

「は? それだけ? こんな泥棒の獣人と一緒に住むのが望みなの?」


 獣人。自虐気味に口にした言葉に、エドは突然大声を出した。


「君は人間だ!!」

「――!」


 今までと打って変わって、強い意思の籠った叫び。感じる感情は、怒りと……悲しみが籠っている。


「あ……ご、ごめん……」


 理由が分からず面喰うアタシに、エドは弱気な態度に戻る。不安でいっぱいな顔でアタシを見つめていた。

 だけどアタシは、柄にもなく「期待」を抱いてしまっていた。


 他人に助けられるという、そんな甘い期待。生活が豊かになって、盗みの危険を冒さなくてもよくなるという、心の奥底で眠っていた願いが湧き出てくる。


 信じたら裏切られるかもしれない。けど、疑っていても、最悪アタシが騙されれば済む話。


 どうせ長くは続かない生活だ。疑って身の保身をするより、信じて裏切られた方がマシだろう。

 だからアタシは、今の叫びを信じてみることにした。


「ルナよ」

「え……?」

「名前よ。君じゃなくて、ルナ。お月様と同じ色の髪してるでしょ? どこかの言葉でお月様をそう呼ぶって聞いたから、自分で付けたの。呼ぶ時はそう呼びなさい」


 そうして柄にもなく微笑むと、変な所で察しの悪いエドを子供たちに紹介したのだった。


 ####


 当然、一緒に住むのなら仕事はしてもらう。男にしては小柄だが、歳が同じなので気兼ねなく雑用を任せられた。


 といっても……


「お、重い……」

「ああもう! 毛布の十枚くらい男なら軽いもんでしょ!」

「ど、どこまで運ぶの……」

「貧民街の外れよ。そこから地下に降りて湧き水で週に一回は洗うのよ」

「あ、洗ったら、どうするの?」

「持って帰って干すに決まってるでしょ? こんなに天気がいい日なら、すぐに乾くからね」


 途端に、エドは苦い顔を浮かべた。


「水分を含んだ毛布の重さは、今より増すよね……」

「なに? 持って帰れないって言うの? だったらご飯抜きよ。働かざる者食うべからずって、貧民街じゃ有名なんだから」

「それは人間の間でも有名だけど……」


 今にも弱音を吐きそうなので半分持とうとしたら、エドはキョロキョロと辺りを見回してから口を開いた。


「街外れの水脈から持って帰って干すより、ほら、あの瓦礫に引っかけた方が日射時間は長いと思うよ?」


 視線の先にある煉瓦は建物の残骸だ。屋根となる物がないので誰も住んでいないから、干せそうな鉄骨が剝き出しだった。


「まぁね。でも、誰が乾かしてる間に見るはずだった子供たちの面倒をやるの?」

「そ、それは洗う役と運んで乾かす役を分ければ済む話だよ……」

「ん? えっと、どういうこと?」


 エドは言いづらそうにつっかえながらも、説明してくれた。


「一定量洗ったら片方があそこに運んで、乾いた毛布は置いたままにしておくんだ。それで帰りにまとめて回収すれば、時間が節約できるし、労力も減るだろう?」

「あ、ああ、なるほどねぇ……き、気付かなかったわ……そうしましょうか!」

「分かってくれて、ありがとう。噛み砕いた説明ができてるか心配だったから……」

「アタシが普通の説明じゃ理解出来ないような口ぶりやめなさいよ!」

「ご、ごめん……」

「いや、いいんだけどね……はぁ」


 慣れない。今まで盗みに入るのも面倒を見るのも、歳の離れたアタシ一人だったので、こういう分担作業が慣れないのだ。


 ついでに、エドはなにかと頭がよく回る。気が付いていれば一人で出来ていただろうこともすぐに考えつき、言いづらそうにしながらアタシにも分かるように説明してくれるのだ。


 分かってしまうだけに、反論もできない。なにより普段の生活が知識一つでドンドン楽になっていく。


 エドは何者なのか。今の世の、所謂戸籍のある子供は地主や政治家、つまりは金持ちに生まれた子供だけだ。


 育ちがいいのは察していたが、だとするなら、なぜこんなところにやってきて、居座るようなことをするのか。


 アタシの頭じゃ分からない。でも、思考放棄は気が引ける。


「……考えなきゃね」


 その理由が頭を過ったせいか、暗い声が出る。そんなアタシの顔を、エドが覗き込んできた。


「ど、どうしたんですか?」

「へっ!?」


 大声を出したからか、エドは驚いて身を引いた。そのせいで毛布を落としてしまう。


 アタフタと謝ればいいのか拾えばいいのかと、怖がりつつ迷っている様子のエドに、アタシも取り乱してしまう。


 こんな時、なんて言えばいいのだろうか。


「えっと、えーーっっと!! ……ごめんね? 怒ってるとかじゃなくて、ちょっと考え事してて」


 無い知恵を絞った結果、らしくなく謝っていた。


 しばらく静寂が流れてから、エドが探るように問いかけてきた。


「な、何の考え事ですか? 知恵なら貸しますよ?」

「いや、そういうんじゃなくてね……アタシもしっかり考えないと、顔向けできないなぁって」

「顔向け? 誰にです?」

「えっと、それは……」


 言葉を濁すアタシに、エドは考える素振りを見せると、もしかしてと切り出した。


「ルナさんと同時期に実験を受けた孤児たちですか?」


 それは見事に当たっていて、呆気にとられてしまう。


「な、んで……」


 分かったのか。そう続けるのも辛い過去を思い返して言い淀む。

 エドはそれすらも見抜いているかのように、気落ちした声で続けた。


「今でこそ安定している遺伝子結合実験ですが、ルナさんの頃は手探り状態で、その……所謂失敗作と呼ばれる個体が多かったですから」

「ッ! ――アタシの友達は失敗作なんかじゃない!」


 怒鳴るが、すぐ我に返った。こんな八つ当たりみたいなことをしていいはずもないし、エドはなにも悪くないのだから。


「ご、ごめんね……?」

「いえ、あの、ボクが偏った事しか知らないからです」

「変に詳しいけど、アンタに分かるの? みんながどんな扱いをされているのか」


 今まで誰にも打ち明けられなかった過去と苦悩。片方である過去を知っていたエドへ、もう片方について問う。


 心のどこかで、アタシに期待を抱かせたエドなら、この苦悩を取り除いてくれると願いながら。


 やがて、意を決したように、エドは顔を上げた。


「言葉選びが苦手なので、また怒らせてしまうかもしれません。それでも話していいですか?」

「いいよ、アンタに悪意がないのは分かってるから」


 アタシが耐えればいい話。そう心に決めてエドの言葉を待つと、かつての日々を、まるで見ていたかのように語りだした。


「当初は機械に代わる労働力として行われていた動物の遺伝子との結合実験ですが、今の技術力では上手くいかず、知能が低下し、喋ることもままならない個体が続出しました。まるで、動物そのもののように」

「……そうよ、アタシの友達は人間じゃなくなっちゃったのよ。失敗作とか言いながら、そうなった子たちは、愛玩用のペットみたいに扱われているらしいじゃない……」

「ルナさんが苦しんでいるのは、数少ない成功例だからですよね」


 エドはハッキリ言い当てた。猫の耳が生えたアタシを見て成功例だと言い切ったのだ。


 ここら一帯に逃げてきてから、半端者とか獣人とか蔑まれてきたが、成功なんて言葉を向けられたのは初めてだ。


 でも、


「その成功が、アタシには苦しかったの」


 本来喜ぶべき言葉なのだろうけど、アタシには呪いに他ならない。


「アタシは見ての通り猫の耳が生えてるし、普通の人間より速く走れたり、高く飛べたりする。五感も鋭すぎるくらいよ。大人たちはアタシを見て喜んでいたわ。どう使ってやろうかって、話しながらね」


 自虐的なアタシの言葉に、エドは口を開きかけて、何も言い出せずにいた。


「いっそ、アタシもみんなみたいに失敗すれば良かったのに。そうすれば、死ぬ思いをして逃げることもなかった。こんな日々を耐えることもなかったんだから」

「ルナさん……」

「いいのよ、下手な慰めなんて……慰め、なんて……」


 いらない。今まで抱いてきた強がりが、上手く口から出ない。


 やっぱりアタシは、エドに期待しているんだ。


 この苦痛に満ちた日々に、せめてもの光をもたらして欲しいと。


「あれ……?」


 気付けば涙が流れていた。必死に拭うけど、とめどなく流れていく。


「ご、ごめん、泣いちゃって……す、すぐに泣き止むから! 泣くのなんてしょっちゅうだから! だから、ちょっとだけ待ってて……強いアタシに、すぐ戻るから……」

「――くそう、こうするしかないなんて」

「え……?」


 エドの心から悔しそうな声が聞こえると、次の瞬間には抱きしめられていた。


 ただ強く抱きしめるエドは、耳元で悔しい声のまま続けた。


「ルナさんは被害者で、心に深い傷を負っていて、本当なら救われるべきなのに……! 今のボクに出来るのは、こんな感情的な行為だけなんて……それでも……!」


 抱きしめる手に力が更に籠る。それをこの身で受けていると、水を吸った布を絞るように、瞳から涙が流れていく。


「わかん、ない……」

「何がですか」

「なんで泣いてるのか、なんで涙が止まらないのか……分かんない……なんで、離れたくないのかも、分かんなくて……! 頭が、メチャクチャで……! 情けないじゃない……!」

「もし悪い感情がそこになかったら、特に深く考えなくていいと思います。情けなくても、ボクなんかには想像もできないくらい耐えてきたんですから、少しくらいいいんですよ。少しくらい……」


 ――少しくらい、泣いたっていい。


 エドの囁きに、アタシはつい、声をあげて泣いた。弱くて情けなくて、そうあっては生きていけないと知りつつ、泣いた。


 もしエドがずっといてくれたら、弱さも情けなさも受け入れられて、過去に苦悩する日々が終わる。

 そんな夢のような期待感に包まれながら、寂れた貧民街に、アタシの泣き声だけが木霊していった。


 初めて負の感情以外で泣けたからか、今までの分だけ泣き続けた。


 エドに想いを寄せているのだと気づいたのは、涙が止まってしばらくしてからだった。

 

 ####


「はぁ~……」


 泣き腫らしてから数日が経った曇り空の下、大きなため息が出る。

 アタシはらしくないと思いつつ、路頭に座り込んで小難しい事を考えていた。


「聞くべきか、どうかねぇ。でも、真実とはいつもなんちゃらって言うしなぁ」

「何がです?」

「そりゃ、エドがどこから……ひゃっ!!」


 悩みの種が、すぐ近くにいた。普段なら気配で察知できるというのに、こんな近くに来るまで気付けないとは。

 それだけ悩んでいる証拠ではあるのだ。エドがどこの誰なのか、ハッキリ問いただすか否かについて、かれこれ三日は悩んでいる。


「な、何か問題でしたら知恵なら貸しますが……」

「ん、んー……これに関してはねぇ……」

「もう二週間くらい置いてもらっているので、嘘はつきませんよ」

「そりゃ、アンタが嘘をつくような奴じゃないのは分かってるわよ。けどねぇ……」


 嘘つきで悪意ある人間じゃないのは分かっている。猫獣人故に身についた直感的なものと、二週間の付き合いで、それくらいは理解しているつもりだ。


 ただ、何かを隠していることも熟知している。そもそもここに来た理由だって聞いていないのだ。


 だから考えている。本人が話したくないのであれば、自分で考えてみるべきだ。


 とは思っていたが、生憎と頭を使うのは苦手だ。三日考えて進歩なしでは、もういっそのことストレートに聞いてしまえばいいのだろう。


 エドは悪意を持たず、誰かのために自分の頭を使える人間だ。

 基本的に弱気だが、芯の部分には強い物を持っている。

 だからアタシが問いただしても、どうしても答えたくなかったら口を閉ざすだろう。


「ねぇ、この際だから突っ込んだこと聞くんだけど、いい?」

「えっ? は、はい。お答えできる範囲でしたら、答えます」

「じゃあ聞くけどさ、アンタはなんで実験の事とか知ってるの? 世間にある程度は知られてても、真実はお偉いさんが隠しているはずでしょ? けど、アンタは隠されているはずの事も知ってた」


 そこまで告げると、深呼吸を一つして、エドを見据えて問いかける。


「アンタは、どこの誰なの?」

「それ、は……」


 エドが迷うそぶりを見せたとき、鈍色の空から雨粒が一つ降ってきた。


 まるで合図でも送られてきたかのように、エドは言い淀みそうなところで歯を食いしばると、アタシに苦しそうな瞳を向けた。


「ボクは、近代都市で遺伝子実験をする科学者の息子なんです」

「なっ!?」

「顔は覚えていないけど、たぶんルナさんとも幼い頃会ってると思います。父親曰く、社会勉強だって」


 言葉が出なかった。なにせエドはアタシと、沢山の友達を地獄に落としてきた科学者たちの息子なのだから。


 言葉に詰まるアタシと違って、エドはポツリポツリと紡いだ。


「言ったら、殺されるかもしれないから迷ってました。でも、ルナさんは深堀しないで、ボクをここに置いてくれました。一人の人間として普通に接してくれました」

「だ、だからって、殺されるかもしれないのに話したの!? アンタなら、いくらでもアタシを言いくるめられたでしょ!?」


 ようやく吐き出せた言葉に、エドは顔を伏せて返してくる。


「あんな大人たちみたいな事をしたくなかったんです。嘘ばかり言って、自分たちだけ良ければそれで良いみたいな大人と同じ事はしたくなかったんです……ボクはそんな奴らに勝つのが夢でしたから……」

「ちょっと待ってよ、じゃあ、アンタはなんでここに来たのよ!? 大人が気に食わないんでしょ!? 気に食わないなら立ち向かえばいいじゃない!!」

「……そう、したかったです。でも怖くて仕方ないんです。結局ボクは大人たちに歯向かうのが怖くて、夢も捨てて、ここへ逃げて来てしまいました」

「怖いですって……!」


 立ち上がって、つい怒りをあらわにする。けどこの怒りは、無力な自分への怒りでもあった。


 エドの胸倉を掴みながらも、アタシは込み上げてくる怒りと情けなさで、涙を流していた。


「アタシの友達たちは!! みんな痛いの我慢して、怖いの我慢して、その挙句にペット扱いされてるのよ!! ここに居る子供たちも、見つかったら同じ目に遭うの!!」

「でも、それが今の世の中で、現実で……」

「このっ……!!」


 そう言いだしたとき、アタシはエドの頬を思いっきり殴っていた。


「なら変えなさいよ!! アンタなら出来るでしょ!! アンタの立場なら不可能じゃないでしょ!!」

「そう簡単には……みんな汚い手で他人を蹴落としたり、騙したり、危険な世界で……ボクの夢を叶えるのは、とても難しくて……」

「難しいに決まってるじゃない!! でもアンタの場合は難しいで済む話なの!! でもアタシはっ……! アタシは変えたくても不可能なのよ!! 可能性の光もない、真っ暗な世界しかないのよ!!」


 頬を腫らしたエドを涙を流しながら睨みつけ、ずっと溜め込んできた、己の無力感を吐き出していた。


「アタシに出来るのは、子供たちのちょっと先の未来を守ることだけなの……! けど、大人たちから逃げ続けられないことくらい、人間の賢さを身に染みて知ってるから分かるのよ……!」


 所詮、アタシはその場しのぎのコソ泥だ。大人たちの知恵と力で追い込まれて捕まったら、未来もなければ、子供たちを守る術もない。


 だけど、エドは違う。富も力もある科学者の息子なら、いくらだって賢くなれて、安全な立場から世界を変えていける。


 少なくとも、その可能性を持っているのだ。


「怖くても挑んでよ……! 迷ってんなら屁理屈こねてないで光ってる方に行きなさいよ!」

「光ってる、ほう……?」

「夢のある方よ!! 光ってるから夢なんでしょ!? 危険とか怖いとか、あーだこーだ考えてないで、光の差す方に行ってよ!! アタシには……アタシには……!! 一筋の光もないんだから!!」


 感情が吐き出され、泣き崩れると同時に、冷たい雨が降ってきた。


 エドは殴られた頬を抑えながら、何かをつぶやいている。

 アタシはエドに目を覚ましてもらいたくて、最後の叫びを発した。


「アンタはやる前から無理だって決めつけるの? 言っとくけどね、そんなの、嘘つきの大人たち以下の臆病者よ!!」

「あの大人たち、以下……」

「分かんないの!? なら分かるまで怒鳴って殴ってやるわよ!! ひたすら怖い思いさせて、逃げ帰らせてあげるわよ!!」


もう自棄になって、とことんまでやってやろうとしたとき、エドの目つきが変わった。


「――帰ります」

「ぇ……?」

「お世話になりました」


 それだけ言うと、エドは踵を返して去っていった。

 別れの言葉も、言い訳も何もない突然のことに、アタシはただ、呆然と雨に濡れる事しかできなかった。


 ####


 扉が開かれると、無機質な白い壁に並ぶ実験器具ばかりの部屋が広がっていた。

 対するアタシはボロボロで、血に汚れている。そんなアタシを突き出し、ここまで連れてきた男の一人が告げた。


「クラーク博士、実験個体名『キャット351』を捕獲、連行しました」


 エドとの別れから数年。あの後、なんとか立ち直って盗みの日々を過ごしていたけれど、ついに私は捕まった。

 更によりにもよって、幼い頃に過ごした研究施設に帰ってきてしまったのだ。


 それでも最後の最後まで、思うようになってたまるか。


 せめてアタシはアタシとして生きて、死にたいのだ。仮にこの身体の生が人間の物ではなかったとしても、心は人間だ。なら死ぬときまで、人間でありたいのだ。


 それこそがアタシの、小汚い盗人ながらも生きた証――矜持なのだ。


 らしくないが、エドのように物事を深く考え、足掻き続けた証なのだ。


「……血の匂いがするのは、どういうことだ? 傷つけず連れてこいと命令したはずだ」

「す、すいません! なにせこの猫女、どこまで追い詰めても歯向かうもんですから、ちょっと黙らせるために……」

「もういい、女を置いて下がれ」

「で、ですが! コイツは凶暴で!」

「下がれと言った」


 静かだがドスの利いた声に、屈強な男たちは頭を下げて部屋を出て行く。

 抑えられている手を離され、ドサッとこの身が床に落ちた。もはや立ち上がることもできない。


 それほど抗ったのだ。だからこの部屋に一人しかいなくても、立ち向かう力は残されていない。


「……クラーク博士さんだっけ? どうしたのさ。わざわざご指名してまでアタシが欲しかったんでしょ? 実験に使うなり、どうとでもしなさいよ」


 最大限に強がって言ってやった。振り返ったら嘲笑ってやるつもりだった。


 けど、クラークとやらは振り返らない。しかしそのまま、どこか懐かしい声で話し出した。


「恐怖の対象に挑むため、血の滲むような勉強の末にどんな大人も言い返せない理屈を展開できる頭脳を手にした。お陰で金銭的にも立場的にも、私に意見できる相手はいなくなった」

「……ハッ! ならここに一人いるよ。所詮アンタは空っぽの人間だってね」

「空っぽか……興味があるな。君の今の意見を聞こうかな」

「今もなにも、変わらない。アンタが自分で手にしたのは頭脳だけでしょ? それで結局手に入れたのは金と立場? 笑わせないでよ。世の中は、もっと大切なもので満ちてるんだから」

「君はそれを知っていると?」

「知ってるし、持ってるよ。散々足掻いて、守って、戦って、真の意味で理解したよ。アンタたちみたいな人間じゃ、気付くこともできないだろうけどね」


 精一杯煽ってやったのに、クラークは一向に振り返らず、いくらか頷きながら続けた。


「そうか。だが私は足掻き方や守り方を知るキッカケなら理解しているつもりだがね。同じやり方を試せば、私なら応用して、君の言うもっと大切なものも知れると断言できるよ」

「……ああもう、一々うっさいなぁ……」


 最後の力を振り絞って、なんとか立ち上がった。ゆらりゆらりと近づき、その肩を掴む。


 渾身の力を、もう片方の拳に込める。自分でも驚く力だ。きっと必死に生きた人生の愛憎が、最後に一発だけ世界に生きた証を残させてくれるのだろう。


「人と喋る時は、相手の顔見て喋れぇ!!」


 掴んだ肩を無理やり回転させて顔を向けさせると、拳を顔に叩き込んだ。


 だがその瞬間、私はその顔と、胸にあるネームプレートに目が奪われていた。


 『エドワード・クラーク』と書かれたネームプレートと、忘れたつもりだったのに、いつも脳裏によぎっていた顔が、明確な強さを手にして、アタシの拳を頬に喰らっていたのだ。


「……先に話しておくと、子供たちの保護は完了している。安全に成長できる施設も建設中だ」

「アンタ……まさか……エド……?」

「そう名乗ったのは、君の前くらいだったね。殴ってくれたのも、君だけだった」


 震える私を他所に、殴った拳をツンツンと指で突きながら続けた。


「あの時殴られて分かったんだ。私はただ、なんの意味もなく自分を見限っていただけだと――それが目覚めだった。「自分はこの程度」って思い込まないための、目覚ましビンタみたいな一発だったよ」


 幽霊でも見たように震えていると、肩を透かされた。

 

「悪盛んなるときは天に勝ち、天定まって人に勝つという言葉があるが、まだ先のようだ。けどせめて、親の世代の過ちは償いたい。だから……」


 アタシの拳を受けたまま器用に喋るエドワード……エドは、痛みに顔を歪ませながらも、なんとか微笑んで、言った。


「また殴ってもらうため、君がこれからも必要なんだ。ボクは怖がりだからね」

文字数制限の関係上色々と急展開なのは百も承知ですが、いかがでしたでしょうか?

ぶっ叩いていいので感想などいただけると幸いです。

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