ミカサさんとソースカツ丼
「もう、嫌になっちゃうわ。ビールおかわり!」
店に入るなり、大ジョッキのビールを一気にあおったOLのミカサさん。カウンターにジョッキを置く手には、今日一日の疲れと苛立ちが滲んでいた。
二杯目のビールを注ぐと、それも迷わずぐいっと飲み干す。
「もう一杯、おかわり!」
「ミカサさん、空きっ腹にビールは控えたほうがいいですよ。あまりお酒に強くないでしょう? ウーロン茶か、温かいお茶にしませんか?」
「……うぅ、わかった。温かいお茶ください。それでね、店主さん、聞いてよ――また先輩が仕事で無茶振りしてくるの!」
少し酔いの回ったミカサさんは、ぽつりぽつりと会社での出来事を語り始めた。
今回のプロジェクトで、ある男性社員と企画書を一緒に作ることになったのがミカサさん。その男性は、なんと先輩が密かに想いを寄せている相手だったという。選ばれたのが自分ではなかったことに、先輩は腹を立てているらしい。
「その人、私のタイプじゃないし、仕事でしか話したことないのに……。でも先輩は嫉妬して、コピー取ってこいだの、お茶いれろだの、邪魔ばっかりしてくるの。企画書が全然進まない!」
「それは大変ですね……」
「でしょ! 『仕事上の関係です』って説明しても、全然聞いてくれないの!」
彼女の言葉に耳を傾けながら、温かいお茶を淹れてカウンターに置く。湯気の立つ湯呑みを受け取ると、ミカサさんはふぅふぅと冷ましながらひと口。
「……はぁ、美味しい。お茶の香りって、なんでこんなに落ち着くんだろ」
「それは良かった。なにか食べますか?」
「うん、食べる! 今日は……そうだな。お腹空いてるし。カツ丼ください!」
カツ丼といえば、卵とじ、ソース、味噌、あんかけ、醤油ダレ、デミグラスと、調理法はいろいろある。
「卵とじ、ソースカツ丼などありますが、どれになさいます?」
「うーん……今日は薄いカツの、ソースカツ丼が食べたいかも。あります?」
「えぇ、ご用意できますよ。今からお作りしますね」
仕込み済みの薄切り豚肉に細かいパン粉をまぶし、カラリと揚げる。香ばしく揚がったカツに甘辛い特製ソースをたっぷり絡め、ご飯の上に三枚盛りつける。脇には白菜の漬物と具だくさんの豚汁を添えて。
「お待たせしました、ソースカツ丼です」
「これこれ、懐かしい……。豚汁も、漬物も最高。しあわせ~」
ミカサさんは久しぶりの味に目を細め、ぺろりと平らげた。重たい心も、少し軽くなったようだ。
「美味しかった! ごちそうさまでした。明日あさってはゆっくり休んで、月曜からまた頑張る。絶対、先輩なんかに負けない!」
「無理はなさらずに。今日のお持ち帰りは、鰻の蒲焼です。専用のタレ付きですよ」
「鰻とタレ! 欲しいです、お願いします!」
「かしこまりました。少々お待ちを」
鰻とタレを丁寧に包み、手渡す。
「ミカサさん、お持ち帰りできました」
「ありがとうございます! 帰ってからの楽しみが増えました。しばらく店には来られないかもだけど、企画書が書けたら、また来ます」
笑顔を残し、ミカサさんは帰っていった。