小さなお客様(中編)
寒い夜の雨。ひとり歩く女の子を、私はあたたかな店の中へ招き入れた。戸を閉めると、店の空気に触れた女の子は、ほっと安堵の息を漏らす。
「お腹、空いていませんか?」
「いいえ、あ……少しだけ」
控えめ声のあと、きゅるりと小さなお腹が鳴った。その音に女の子は恥ずかしそうにお腹を押さえ、入り口近くのカウンター席に腰を下ろし、遠慮がちに店内を見回していた。
お腹が空いているなら何か作ろうかと考える。雨の夜は冷える、うどんを作りましょうか。
だが、ひと玉のうどんは、この子には少し多いかもしれない。私はうどんを茹で、半分は小さな器に残りの半分は自分の分に。煮込んだ油揚げも半分に切って、小さなきつねうどんをつくった。
「どうぞ、温かいうちに召し上がってください」
「え、いいんですか? ……いただきます」
女の子は箸を取り、小さく「ふぅふぅ」と息をかけて、そっと口に運んだ。誰もいない店の静けさの中、うどんを啜る音がやわらかく響く。
自分用にと作ったきつねうどんを、カウンター内で一緒にいただく。湯気の立つ器の前で、女の子の頬がぽっと赤く染まっている。
「美味しかった、ごちそうさまでした」
器をきちんと揃えて、女の子が頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いいえ。さっき持っていた携帯で、ご家族に連絡してみましょう。通じたら、ここまで迎えに来てもらいましょうね」
女の子は頷き、肩掛けのカバンから携帯を取り出した。
すぐに親御さんが出たようで、「ごめんなさい」と、何度も謝っている。
携帯の向こうから、心配そうな声が漏れ聞こえた。
「チカ? 今どこにいるの?」
「えっと……お店、にいる」
「お店? すぐ迎えに行くから、そこにいて。――あ、いいわ、スマホの位置検索で探すから。そこから動かないでね」
「うん、わかった」
――おや、便利な時代ですね。ご家族はすぐに、この子のいる場所がわかるようです。
こちらから説明しようと思っていたけれど、その必要はなさそうだ。電話を終えた女の子が、こちらを向いて口を開く。
「あの……今から迎えに来てくれるそうです」
「それは良かったですね。でも、もう夜遅い時間です。危ないですから、これからは気をつけましょうね」
「はい」
「よいお返事です。……ところで、美味しい卵のプリンがあるのですが、まだ少し入りますか?」
「プリン! 入ります」
「ふふ、ではご用意いたしましょう」