小さなお客様(前編)
――今夜は雨ですね。
しとしとと静かに降り始めた雨は、やがて本降りとなった。この雨ではお客の足も遠のく。もちろん雨のせいだけではないだろうが、今夜はどうにも寂しい夜になりそうだった。
「……今日は、早めに店を閉めてもいいかもしれませんね」
新鮮なエビが手に入ったので、天ぷら用に下ごしらえをし、残りは醤油漬けにしていた。もうすぐエビ好きのシズクさんが現れる時間だが、この降りでは来店は望めそうにない。
「閉店したら、スズとランが迎えに来るし……一緒に食べましょうか」
天ぷら用のエビは丁寧にラップで包み、醤油漬けは密封容器に移して冷蔵庫へしまった。準備は万端、あとは客が来てくれるのを待つばかりだったが、雨は止む気配すら見せなかった。
⭐︎
時計の針は九時を回ったが、雨足は弱まるどころか激しさを増している。
結局、客は誰一人現れなかった。そんな日もあると割り切って店じまいに取りかかったとき、ふと店の入り口近くの磨りガラスに、小さな影と淡い黄色が揺れた。
――スズとランには、まだ連絡していない。
この時間に、小さな子供がひとり……?
ガラス越しのその姿に違和感を覚え、扉を開ける。
案の定、そこには小学生くらいの女の子が立っていた。肩掛けカバンを下げ、黄色い傘を握りしめている。体を小さく震わせ、頬には涙の跡が光っていた。
「どうしたんですか?」
こちらの問いかけに、女の子ははっとして、慌てて涙をぬぐった。
「あ、ごめんなさい……。コンビニに行こうと思ったんだけど、道に迷っちゃって……」
子ども用のスマートフォンをカバンにしまい、ポケットからハンカチを出して目元を拭く。しっかり者のように見えるが、それでもこの時間、この天気の中でのひとり歩きは危険だ。きっと親御さんも心配しているに違いない。
「こんなに冷える夜です。今日はお客さんも来ていませんし、どうぞ中へ入ってください」
「……入っても、いいの?」
「ええ。無理に立っていなくても、店の中で温まってください」
そう言って、店の中へと招き入れた。