きつねうどんと、いなり寿司
最後のお客さまが帰り、食事処お花は静かに一日の幕を下ろした。
店の外にふっと、狐火が灯る。ゆらりと揺れるその灯りの中から、小さな狐が二人、暖簾をくぐってやって来た。
「お疲れさまです、キュウ様。お迎えにあがりました」
「来たよー!」
迎えに来たのは、スズとラン。いつものように、店を閉めた私を社へ連れて帰るために現れたのだ。
けれど今夜は少しだけ違う。私はカウンターに、温かいきつねうどんと、ほんのり甘いいなり寿司を三人分並べる。
いつもなら閉店後すぐに戸を閉め、社へ向かうというのに、食事の支度を始めた私を見て、スズとランはきょとんと目を丸くした。
「どうされたのですか、キュウ様?」
「いい匂い! お腹すいちゃった!」
「ふふ……今夜はお客さまたちを見ていたら、なんだか私も食べたくなってしまって。少し遅くなりますが、一緒に食べてから帰りましょう。私は店を閉めてきますから、先に食べていてもいいですよ」
「いいえ、待っております」
「僕も、待つー!」
対照的な二人を横目に見つつ、私は暖簾を外して「準備中」の札を掛け、戸締りを終える。戻ってくると、二人はカウンター席にちょこんと座り、うどんにも寿司にも手をつけず、私の帰りをじっと待っていた。
スズは目を閉じて凛と静かに、ランはというと、よだれを垂らしながら落ち着きなく身を揺らしている。……どちらも、食べたくて仕方ないくせに。
「もう待たなくて大丈夫。私もいただきますから、さあ召し上がって」
「キュウ様、いただきます」
「やったー! いただきます!」
三人並んで腰を下ろし、湯気の立つきつねうどんをすする。
この身では食べる必要はないけれど、美味しいものは心に沁みる。そんな夜には、こうして二人と食卓を囲んで帰るのだ。
静かな店内に、うどんを啜る音が響く。
出汁の香りが鼻をくすぐり、汁の上にはふっくらとした油揚げが浮かぶ。その甘く煮含められた一枚をそっとかじれば、「コン」と、どこか懐かしい音がした。
「油揚げって、本当に美味しいですね」
「はい。キュウ様のお料理は、どれも美味しくて……」
「うまいっ! もっと食べたい!」
スズは上品に箸を運び、ランは夢中になって口いっぱいに頬張る。
その食べ方の差がまた、可愛らしくてたまらない。注意なんてしない。
こうして二人が美味しそうに食べている姿を見るのが、私にとって何よりのごちそうなのだから。