妻と思い出のおにぎり
ひと月に一度から、一年に一度だけ店を貸し切りにして、来店してくださる年配の男性がいる。その男性は店に来て、シャケのおにぎり、焼きたらこのおにぎり、梅干しのおにぎり、沢庵、豆腐とわかめの味噌汁を二膳頼む。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「こんばんは。店主さん、いつものをお願いします」
「かしこまりました、サンガ様。しばらくお待ちください」
サンガと呼ばれた、男性は静かに胸元から一枚の写真を取り出し、カウンターのテーブルにそっと置く。その写真は、彼と亡き奥様のものだった。
「いつも、すまないね」
「いいえ、奥様との大切な時間を楽しんでください」
「ありがとう。この店だけだ、妻との時間を嫌がらずに、過ごさせてくれるのは」
男性はそう言って、奥様の写真を見つめながら瞳を細める。あの頃の二人の時間が、今でも彼の中で生きているのだろう。店主は静かに、注文された料理を作り始める。
この男性は月に一度――妻とこの店を訪れ、彼女が大好きだった、おにぎりと味噌汁を注文していた。それは、二人にとって特別な時間だった。奥様がここの味を気に入ったから。ゆったりとした時間が流れる中で、二人は会話を交わし、店の隅で静かに過ごす。あたたかなぬくもりに包まれて、二時間の時があっという間に過ぎていった。
だが、奥様が病で他界してからは、男性は一年に一度、彼女の誕生日の近くに、この店を訪れるようになった。彼がくる日は、店を貸し切り、再び二人だけの時間を求めて。店主はそのたび、心を込めて料理を作り、静かに見守ることしかできなかった。
「サンガ様、お待たせしました」
「ありがとう」
「私は店の奥にいますので、何かあればお呼びください」
店主はいつも通り、彼と奥様だけの静かな時間が流れるよう、奥に引っ込む。二時間が過ぎ、男性の顔に微笑みが浮かんだ。
「ありがとう、妻とまた楽しい時間を過ごせたよ」
「それは良かったです。またお越しください」
「もちろん、また来るよ」
その言葉が、もう決して聞けなくなるとは、このときの店主は思いもしなかった。数ヶ月後、男性は病に倒れ、奥様と同じ場所へ旅立ったと、のちに聞かされた。