採用面接に来たのが織田信長だった件
大企業のエリート人事部長vs織田信長
勝つのはどっちだ!
「なんでこんなことに……」
田中三郎は頭を抱えていた。彼は大手総合商社「尾張商事」の人事部長で、数多の面接を取り仕切ってきたベテランだ。国立大学を卒業し、同期の中で最速で管理職に昇進、社長の覚えも良い、エリート中のエリートである。そんな彼が、今、面接室で繰り広げられている信じられない状況に、全く対処できないでいた。
それは十数分前のことだった。
田中は前の会議が押してしまい、予定より遅れて面接室に駆け込んだ。
「いや~、すみません。前の会議が押しちゃって……」
軽い調子で扉を開けたその瞬間、田中は動きを止めた。目の前には、信じがたい光景が広がっていた。
上座には、まるで歴史書から飛び出してきたかのような男が座っていた。豪華な甲冑をまとい、腰には二本の刀。そして、まるで威圧感を具現化したかのような存在感。田中はその男の視線に釘付けになり、自然と息を飲んだ。
さらに驚くべきは、他の面接官たちだった。彼らは床に正座し、怯えた表情で黙り込んでいる。それは、今まで何百、何千回と繰り返してきた採用面接の経験すべてを、一瞬で無効化するほどの衝撃的な光景だった。
「え、えっ? な、何これ……」
田中は混乱したが、正座している人事課長の渡辺が慌てた様子で小声を発した。
「ぶ、部長、早く座ってください!」
訳の分からない状況に、田中は思わず従い、床に正座した。
目の前の男――いや、威圧感そのものの存在に、田中は全身が硬直し、滝のような汗が噴き出ていた。それでも状況を理解するには情報が必要だと考え、勇気を振り絞り、震えながらかすれた声で言葉を絞り出した。
「あ、あの、失礼ですが、お、お名前をお聞かせいただけますか……?」
男はじっと田中を睨みつけた。その視線に込められた圧力は凄まじく、舌が口に張り付いたようで、言葉が続かない。
すると男は、ゆっくりと田中の方を睨みながら、一喝した。
「名を申せだと! 遅れてきた分際で、名も名乗らぬ者に名乗る名など無いわ!!」
その一喝に、田中は反射的に深く頭を下げた。
「も、申し訳ございません!! 私、この会社で人事部長をさせて頂いている田中三郎と申します!!」
男は冷たい目で田中を見据え、低い声で尋ねた。
「人事部長? はて、それはどのようなものじゃ?」
「えー、じ、人事部長はですね、採用や教育の責任者です……」
「して、官位は?」
「えっ? か、官位? 官位って……えっ?」
予想外のフレーズに混乱していると、渡辺が小声で助け船を出した。
「朝廷からもらう位だそうです! 多分無いと思います」
「あっ、な、無いです!」
その瞬間、男の表情がさらに険しくなり、声が一段と高く響いた。
「官位もないくせに、わしと同じ名を名乗るとはなんたる不届き者! わしは織田信長――正二位右大臣であるぞ! うぬはこれより、禿三郎と改名せよ!」
なんと、男はあの歴史上の偉人「織田信長」だったのである。
証拠はないが、田中を構成する全細胞――いや全素粒子が、この目の前にいる男を織田信長であると認識してしまっていた。田中はその事実に衝撃とある種の感動を覚えたものの、目の前の威圧感のせいで、心の中は完全に恐怖に支配されていた。
「は、ははー!」
田中は反射的に、時代劇で出てくるような土下座をし、その言葉に従わざるを得なかった。
それからの時間はまさに地獄だった。いくつか質問をしてみたが、返ってくる答えは「デアルカ」の一言だけ。しかもその口調にはどこか苛立ちがにじみ出ていた。
(なんかイライラしてるなぁ……)
田中が心の中で思ったその時、信長が突然怒鳴りつけた。
「遅い! 遅い!! いつになったら、うぬらの主は来るのじゃ!?」
信長の怒声に、田中は慌てて社長を呼びに走った。数分後、社長が険しい表情で面接室に入ってきた。
「何事だ? 君がここで騒いでいるという話を――」
社長が言葉を切ったのは、信長の鋭い視線に気づいた瞬間だった。
信長はじっと社長を見つめ、低い声で問いかけた。
「お主がここの主か?」
「は……そ、そうだが……」
社長はその視線に射抜かれたように硬直した。
「して、官位は?」
「え、か、官位? え……」
やはり社長も不意の質問に理解が追いつかず、混乱していた。そこで田中は小声で再び助け船を出した。
「朝廷からもらった位だそうです! 多分無いと思います」
「あっ、な、無いです!」
小さな声でそう答えた瞬間、信長の顔に怒気が満ちた。
「官位もない分際、この信長を待たせおって! このっ、たわけ者がぁ!!」
ガラスにヒビが入るほどの大声が室内に轟き、全員の心臓を貫いた。その瞬間、社長を含め、室内にいる全員があまりの恐怖で失禁してしまった。
呆然とする中、信長は再び社長に問いかけた。
「ならば、お主に問う。お主は、この信長を如何に使うつもりか?」
(え、面接だって、分かってたんだ……)
田中は信じられない気持ちでその場を見つめていた。一方、社長は大量の汗をかきながら、しどろもどろになった。
「あ、えっ? つ、使うと言っても……えーっと……」
現代に織田信長を使いこなせる人間など存在するわけがない。社長は何とか言葉を探そうとするが、全く出てこない。沈黙だけが続き、時間が凍りつくようだった。
しばらくして、社長はふと顔を上げ、震えながら言った。
「あ、ありました、最適な役職が……」
信長は社長を見据えたまま、重々しく頷いた。
「デアルカ。」
翌朝、新聞の一面には大きくこう書かれていた。
「総合商社最大手の尾張商事、社長交代」
そしてその写真には、甲冑姿の侍の姿が掲載されていた。