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8話:忍者と魔法

「にぃっ、きゅうっ、ゼロロク号室。 最上階じゃない!?」


「徹底してるわねえ。 ほんと、この先にはなにがあるのかしら」


 非常階段すら通じてないんだからロクな場所じゃないとぼくは思います。それにくわえ、マダムやぼくたちはいいとして、すくなくとも小銭をあさるようなヤツを連れていくのはまずい気がしてきた。

 

「よっしゃ! ほな自販機のぞこか! またそこに隠し扉があるとオレは見た!」


「わたしは違うカラクリがあると思うなあ。 おなじ方法で隠すなら、階段をわける意味がないじゃん」


 おにーちゃんじゃないんだから、にーちゃんもそう思ててん、なんて絵に描いたような口笛をふく楽生だけど、わりと音色はわるくない。だから笑歌ちゃん、視線の先はみないであげて。


「⋯⋯とりあえずぶらついてみようか」


「そうしましょう!」


 そして、カリンさんに肩をおされたぼくが歩きだそうとしたときだ。


「おもったより警備がゆるかったわね」


 ひとのこえだ。

 すぐ近くから、だけど、どこを探してもチリさえ見当たらない通路の真ん中で、誰の声だ。

 

「“人類最強の警備員”も魔力がないなら敵じゃないわ」


 魔力?


「油断、ダメ。 おばあさまが気をつけろというなら、強い」


 おばあさま?


 魔女、なんだろうか。あの男が敵、宿泊客じゃなさそうだ。ぼくとおなじ侵入者なんだろうか。

 最初のふたりは気の強そうな女性の声で、もうひとりはたぶん⋯⋯ぼくよりも子供だ。

 幼い女の子の声だった。

 

「なんやねんこの声! どこからきこえとるんや」


「おにーちゃんしっ!」


「だいじょうぶよ、わたしたちの声はきこえないの。 それはわたしがよーく知ってるわ」


 フォローするカリンさんに、ぼくは無言でうなずく。

 ありがとうマダム。いっしゅん“ぼく以外にも透明化の魔法使いが?”とおもったけど、これはそうじゃない。


 ⋯⋯ともいいきれないのか。ぼくは魔法の知識がいっさいないんだ、早々に決めつけるのはよくない。劣化版の透明化しか使えない魔女だっているかもしれないぞ。


 なににせよ、この声の主がどこにいるのかが問題だ。


「ちょっと冬音(ふゆね)、おばあさまの名前をだすのはよしなさいな。 あの妖怪ババア、“名前をいってはいけないあのひと”なみに地獄耳なんだから」


「同意するわ。 だけど、冬音のいうとおりね、油断はよくないわ。 最上階にいって、この世界を買える(・・・・・・・・)ほどのお宝(・・・・・)とやらを手にするまでは妖怪の助言だって受け入れるんだから」


 この世界を買えるほどのお宝――?


「メトくん、お宝ってなあに?」


「オレも初耳やでメト? 歌姫に会いにいくだけとちゃうんか? お宝ってなんやねん?」


「ぼくも初耳だ。 そもそも、歌姫にだって会いに行くつもりはなかったし」


 ゆいいつ情報をもちそうなカリンさんを見る。


「ウワサにきいたこともないわ。 だけどお宝ってなにかしら、おばさん、年甲斐もなくわくわくしてきちゃった!」


 マダムはマダム、ほっとするよ。


「おばあさまの悪口はよくない。 それに、冬音はやっぱり客室を推薦する」


「客室はダメよ。 うえにひとがいたらあぶないでしょ。 ここならいま、ひとはいないはずよ。 歌姫と花火をさしおいて洗濯に気を回せるひとなんていないでしょ」


「それはそう。 でも、カメラのあるところで魔法を使うと」


「冬音、魔法なんていうとそれこそおばあさまにしかられるわよ?」


「そうよ、それにいいのよ。 ちゅうちょしてると、だしぬかれるわよ」


「⋯⋯わかった。 ランドリールームでいい」


 幼い声がそっけなくそういったところで、声がとまった。かわりに、害虫よけの超音波のような痛い音をしゅんかんてきに耳がひろってぼくと楽生と笑歌ちゃんは顔をしかめた。


 ランドリールームだ。ぼくたちのいる自販機コーナーの対面にある、(おそらく)宿泊客用の洗濯部屋のドアがほんのすこしだけあいた。魔女たちが侵入したんだ。


「ついてこう。 うまくいけばうえにあがれる」


「せやな! 誰か知らんけどたすかったでえ!」


「えーーー! いまの内容的にけっこうあぶないことするつもりなんじゃないかな? わたし、犯罪者はやだよ?」


「おばさんも賛成しかねるわねえ。 だけど、魔女がなにかをたくらんでるなら、ほっとくわけにもいかないわね」


 パワフルマダムがコートを腕まくりすると、「透明化(これ)、離れてもだいじょうぶかしら?」


 どうやら、ぼくたちを置いて様子を見に行くつもりらしい。


「まえに、じーちゃんと実験したときは六畳間くらいの距離だった。 たぶんむり」


 この高級ホテルのランドリールームだ。きっと広い。

 ぼくの透明化の効果範囲じゃ全域をカバーできる保証がない。


「ぼくたちはあくまで不審者を発見した正義のひとだ。 それに巻き込まれたとしても、犯罪者になることはないはずだ」


 ぼくははじめての音読のように棒読みでいった。

 

「いこう」


「メトに賛成すんで!」


「もーーーふたりともっ! わかったあぶないからついてく!」


「保護者の責任、正義の心、わきあがる冒険心。 どうしましょう、おばさんの脳内で天使と天使とジャジャ馬がさんすくみ状態よ」


 最初の天使は笑歌ちゃんだろうか、泣きつくように抱きしめてるし。

 しかしまあ危険はないと判断する。魔女たちが室内にいるかぎり自分たちに被害がこうむることはさけるだろうし、なにより宿泊客の心配してたもんね。


「カメラが無実を証明してくれるよ、さあ、ジャジャ馬に身を任そう」


 それに、不法侵入者はぼくひとりだからあとはみんな注意をうけるくらいですむはずだ。そのときにぼくの魔法の存在が露呈したところで、世間に公表されることはないだろう。断言してもいい。


 魔女がいる最上階を、魔女たちがめざしてるんだ。偶然なわけがない。


「わかったわ、だけどあぶないまねだけは」


 ――と、店内放送のラジオなみに鼓膜にはりつく説法がはじまったところで、ぼくたちはランドリールームのドアをぬけた。


 そのとき、「おねえさま! いっけぇぇぇぇぇえ!」「2本めはないから、がんばって」


「まかせなさい! “舞桜――一点突破・クナイ打ち”――ッ」


 ドカーーーーーーーーーーーン。


 あざやかな桜の花びらがさかのぼるように舞うと、打ち上げ花火が咲いたような音が、ランドリールームの室内をうめつくした。



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