7話:ボブとキョウジと防犯カメラ
「どーなってやがる」
その男は一階にある監視室で、記録された防犯カメラの映像を巻き戻していた。
モニターの光が、男の緊迫した顔をうす暗い室内にうつしだす。
「キミの目にはなにが見えてるんだい? キョウジ、人類最強の警備員はいつから霊能力者になった?」
あっはっはっは、と横でイスに座るボブがちゃかすようにいうが、キョウジの目は一点をにらんで動かない。
「見てろ、この左側のなげぇショーケースの6段目だ」
ボブは「小人を見たひとは幸せになれるらしいね」といいながら、モニターに目をやる。
「んー? さっきまであった三角帽子のことかい? それなら、なかのマダムがとったんだろう。 あそこはプライバシーを尊重してカメラにうつらないようになってるからねっ」
「ああ。 この直後、店内を確認するおれが記録されているが、そのときにはもぬけのからだったがな」
ボブは眉をしかめる。さっきから何度も巻き戻される映像にはキョウジをのぞいて、出入りする人影はなかった。
しかし見てろといったのは、そのすこしあとのことらしい。モニターに、エレベーターをおりるキョウジがうつる。それから二度 火災報知器が鳴り、電子タバコをふかしながら歩くキョウジがうつると、残ったのは変化のない絵だ。
「⋯⋯ここだ」
映像が動きを止めた。
「見たか。 影だ。 6段目のケース内の影が濃くなった」
「⋯⋯⋯光のイタズラじゃないかい?」
「そうじゃねえ。 これは人間の髪だ」
ボブは何度もまぶたをほそめて数秒間の映像を見比べてみるが、(どうしてこれを髪と断定できるかな)と小首をかしげるほどの違いしかない。
しかしまあ、彼がいうならそうなのだろう。
「それじゃ、キミが探していた少年はここにいたわけだ」
「それはわからねえ。 だが、仮にこれがあのガキのもんだとすりゃあ」
背中がひややかになるほど鋭くひらかれた目だ。ボブは(かわいそうに。 ぼくはその子供がキミに見つかるよりも前に、このホテルを脱出できることを祈ってしまいそうだ)とヒタイの汗をぬぐう。
きっとその少年は歌姫に夢中なんだろう。ぼくだってもうすこしヤンチャさがのこっていたころなら、ホテルに忍びこんだろう。
“その子は奇術師だ”⋯いや、“ショーケースのしたに隠れていたのかもしれない”⋯⋯だめだ、この彼は鼻がきく。それならいっそのこと、こんなのはどうだろう。
“その少年は透明人間だ”
⋯⋯⋯うーーん、ファンタジーとは無縁な彼が、そんなとっぴょうしもないギャグでわらうわけがないか。
さて、どうしてこの彼のいかりをなだめよう。
「――ヘイキョウジ! 29階の非常階段に人影が!」
「なんだと――」
「はっはっはっはっ、じょーくじょーくジョーク!」
んーーー、火に油をそそいだみたいだ。
「ったく。 ま、たすかったわ、こんど酒でもおごるわ」
ボブが顔も知らない少年に胸中で手のひらをあわせていると、ぶっきらぼうに肩をたたいて、キョウジがきびすを返した。
「もういくのかい?」
「安心しろ、しっぽはつかんだ」
だから安心できないんだよ――ボブは両目を手のひらでおおいかくす。
「ほどほどに、ほどほどにだよ? そうだ! ほかの映像はどうだろう? 一服しながらそれを見ていかないかい?」
ボブは灰皿に手を伸ばす。
「わりいな、紙タバコは昨日でやめちまった」
それに、そこにはなにもうつってねえよ――キョウジは口のなかでつぶやいた。
ここから先は、おもてのフロアを監視する権限しかもたない彼とは無縁の世界だ。
そう、こっから先は――。
(おれの仕事だ。 魔法使い)