6話:非常用階段
まさか、あんな場所に非常階段が隠されていたとは。
「ごめんねメトくん、かってについてきて。 わたしも歌姫は見たかったの」
「ええねん笑歌、入り口見つけたんオレらやし」
「たしかに、ぼくたちじゃ見つけられなかったよ」
絶対に。オーナーや設計者も考えなかっただろうね、まさかこの高級ホテルで、自販機のしたを小銭探して執拗にのぞき見るヤツがいるなんて。
「おにーちゃんやろ! はずかしいことしてたんわ! パパが缶ビール買いにきてくれて助かったよぉ」
「なにがはずかしねん、金持ちは小銭落としてもほっときそーやから稼ぎどきやんけっ」
犯罪だよ、エコやエコ、とよくわからない持論をもちだすラクショーに、「まあいいけど、それよりさあ」ぼくはいまさらながらに、疑問をぶつける。
「ふたりとも、なんでそんな平然としてるの? ぼく、魔法使いだったんだよ?」
そう、パパことキンちゃんに『メトがなんやおもろいことたくらんどるから、オレもいってくるわ!』『おう! かーちゃんにはうまいことゆーといてやるさかい、気ぃつけていってくるやでぇ!』
なんて軽い報告をすまし、『おにーちゃんわたしもいく!』『ま、またんかい笑歌! お前はあかん! 芽兎についていくなんてあかん! お、お前はあかんのやあああああ!』『いってきまーす!』『はい、いってらっしゃい』ってことで、もー考えるのもめんどうになったから全部話したんだけど。
「びっくりはしたけどメトやもんなあ」
「うん、メトくんノラネコなみに神出鬼没だもんね。 パパも『あいつ魔法使いの末裔ちゃうかあ?』ってむかしからゆってたもん!」
⋯⋯まじか。
「オトンはギャンブルさしたらあかんけど勘とロト6だけはよーあてよんねん! ほんでこの小鹿より、オレが気になるんはおばちゃんの方やな!」
てうるさい、ひとの足をゆびさすな。とゆーかちょっとはぼくに興味をしめせラクショー、友達が魔法使いだったんだぞ?
「うん! ご先祖様のエピソード、ほかにもききたいです!」
⋯⋯妹もだ。
「そうねえ。 魔女が登場するような逸話はもう残ってないのよねえ。 男嫌いだったとか、仕立て用の糸を肌身離さずかかえているような奇人だったとか⋯⋯そういえばわたしのこのブレスレットは、その名残らしいわ。生まれたときに、母があんでくれたんだって」
マダムがコートのすそをめくる。ほんとだ、ぼくの首飾りと同じ色合いをしたブレスレットだ。
「それはまた強情そうなおばーはんやなあ」
「職人気質な方だったのね。 きっと、カリンさんみたいな素敵な女性だったのよ」
「笑歌ちゃんはかわいいわねえ」
「ほら見てみメト、やっぱり気強いでこのおばちゃん」と、ゆかいげにいうラクショーに、ぼくが無言をつらぬいたときだ。
「あっ、天井だ」
「ほんとだあ! とゆーことは」
「到着っちゅうことや!」
「長かったわねえ」
このとほうもなく続いた階段の、終着点をつげる天井が見えたのだ。
やっと、到着、だっ。
「あかんてメト気ぃぬいたら! ドア、すりぬられへんやん!」
そうはいっても限界なんだよ、ちょっと休ませてくれ。
深呼吸がしたい。
「ふう」
ぼくはおおきく一度吸って、ゆっくりはく。
ひっひっ、
「ふう」
もういちど吸って。
ひっひっ、
「ふう」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯楽生。
「ぼくの呼吸をラマーズ法にするのはやめてくれないか?」
「いやあ、なんか生まれへんかな思うてん」
お前はさっきから怒りしか生んでないのだぞ。
「おにーちゃん、余計に疲れさせてどーすんの!」
まじでそれ。
このやっかいな友人の教育はあいらしい妹さんにたくして、ぼくは脳の一角に集中状態を取り戻そう。
ゆっくり、三十秒だ。
「よし」
それから黒光りするドアの前にたつと、みんなの手をにぎって姿を景色と同化する。
「それじゃいこう⋯⋯⋯」
そして、黒光りするドアに足を踏み入れる。
「⋯⋯⋯歌姫のいる、最上階へ」
願いをこめ、ぼくたちはその扉をくぐった。
「ヒザ笑かしながらなにゆーとんねん」
「メトくん、その動き⋯⋯ぷはっ」
「あらら、ツボにはいったようね?」
「⋯⋯透明化解除」
「「「――いてっ」」」」(ドアに頭をぶつけた音)