4話:透明化
タイトル書くのを忘れていたので、編集しました。
「そう。 この世界にまだ、魔法使いは残っていたのね」
「あれ? 驚かないの?」
「驚いたわ。 だけど無縁じゃないのよ。 わたしのご先祖様はね、この世界に魔法の力を持つひとたちがたくさんいたころ、魔女御用達のおしゃれな仕立て屋さんだったらしいのよ」
「⋯⋯そんなことある?」
「まじかっ」って思わずいいかけたぞ危ないあぶない、びっくりさせられてどーする。
秘密を明かしたのは生まれて二度めなのに。⋯⋯くやしい。
ぼくは「あるみたいねえ」と妖しくほほえむマダムに預かったままだった三角帽子を手渡しながら、わけ知り顔をした。
「だからだ。 このいかにもな形をした帽子。 これはそのころからの伝統というわけだ?」
「いいえそれはわたしの趣味なの」
「まじかっ」
やっちゃいましたこれはどうも。
「ご先祖様は遠い遠い昔だから」
そんなくすくすあたたかい目を向けないでください。
「ほんと、どんな服を作ってたのかしらね。 そのあたりはあなたの方が詳しいんじゃないかしら?」
「ぼくが?」
なんでだろ?
「首元からのぞくそれね。 その配色と編み方は糸結家の⋯⋯そうね、伝統なの」
「まさかのこっちだ」
ぼくは鎖骨とパーカーのスキマからそれを指先ですくいあげる。赤と黄と黒で複雑にあまれたこれが、カリンさん家の伝統⋯⋯?
マジかっ。おいおいまじかッ。
「あら? ご存じなかったの?」
「ぜんぜん。 まったくもってご存じなかったです」
「そうなの? それを見たとき、魔法使いのおうちで大切に継承されてるんだって胸が熱くなったわ」
もっとも、あなたが魔法の力まで受け継いでいるとは思わなかったけど、とカリンさんは続ける。
「そうなんだ⋯⋯じーちゃんばーちゃんかけるにも、とーさんもかーさんも超常的な力なんてなかったから。 ぼくは特別な人間なんだと思ってた」
「あなたがポジティブな子でよかったわ」
「ぼくもそう思った」
だけどいえない。とてもじゃないけど、夢見る少女のように目をキラキラさせるマダムに、(この怪しげな石のついた首飾りがぼくん家の倉庫に大量に眠ってる)なんて。じーちゃんが、『見るからにいわくつきってのかなあ、呪力とか盛っとりそーで、代々処分に困っとるんじゃ』なんていって、神社でもらったお札をはった木箱におしこんでたなんて。ぼくはいえない。
「あなたのそれは、隔世遺伝かしら。 そうなのねえ、魔法使いのおうちにも色々とあるのねえ」
うんある。それはもう色々とある。というより、地球に魔法使いが当たり前に存在した歴史なんてぼくはたったいままで知らなかったくらいだ。
まった。それなら。
「これ、“日常生活に支障をきたす子孫がでてきたとき使え”って感じの言葉と一緒に残されてきたみたいなんだけど。 もしかして、これにも魔法の力はある?」
じーちゃんは毒を盛りこまれてるみたいないい方してたけど、そうだ。魔法なのかも。
ちっちゃいころ、テレビアニメで見た透明人間をマネたぼくが本当に透明になったことがあって、『誰かに相談もできないし、苦肉の策でこの首飾りをはめてみた』ってばーちゃんが、『呪われんでよかったわい』というつぶやきとともに教えてくれたことがあったけど。
結局ぼくの”透明化”の力はそのままだったから、お守り的なものだと思ってたんだけど。
「どうかしらねえ。 ご先祖様自身が魔女だったのかはわたしたちも知らないのよ。 きっと、日記を書くようなタイプじゃなかったんでしょうね」
「⋯⋯そうなんだ」
ぼくんとこもだけど、どうしてそんな重要な情報をはしょっちゃうかな先祖様⋯⋯。意図的に、何か事情があるのか、カリンさんがいうみたくご先祖の性質が原因なのかはわかんないけど。知りたい。
このネット社会で陰謀論にすらあがらない魔法使いの歴史に、ぼくはとても興味がわいてしまった。
「カリンさんは魔法使いを探そうとは思わなかったの? それに、『まだ残っていたの』ってなんか⋯⋯ふくみがありそうだ」
「おとぎばなしがあるの」カリンさんは一本指を唇にあてると妖しくほほえむ。
「おとぎばなし!」
日記や書物に並ぶ、ある意味伝統の継承方法だ。寝る前に、子守唄がわりにきかされるというあれを、カリンさんのご先祖様は選んだのか。どうしよう、めちゃくちゃ気になる。
「カリンさん。 もしよかったらそれ、きかしてもらっていい?」
「いいけど⋯⋯うちの商品をマクラにするのは関心しないわね」
「ごめんなさい」
ちょっとテンションがおかしな方向に暴走している。
ショーケースに、ふかふかした生地の服を丁寧に戻すぼくを見ながら「よろしい」と妖しくほほえんでうなずいたカリンさんは、おだやかなトーンではじめた。
「かつて魔女たちは神様のお導きにより世界を渡り」
それは予言を告げる巫女のようにすきとおる声だった。
「また、慣れ親しむこの世界を離れることをこばむ魔女たちは歴史の影に身をひそめた」
「⋯⋯⋯おお」
ごくり、ぼくの喉が音を鳴らす。
「⋯⋯いじょうね」
「異常?」
魔女? 神様か? それとも異世界だろうか。 異常とは、なにを示す言葉なんだろうか。 続きは、はやく⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯いじょう、いじょう、異常な沈黙⋯⋯。
「えっとカリンさん? いじょうとは以上?」
「ええ⋯⋯」
だからマクラなんて必要なかったのよ、と目をそむけるカリンさんに、ぼくは大人の女性の哀愁をみた。
「そうか⋯⋯勉強になりました」
なるほど。世界が隠し続けてきた真実とは、陰謀論ほどたやすくあばけるものではないと。
感心したとき、カリンさんの背後にあるガラス窓に、ぼくの姿がうつる。透明化の魔法がとけてしまったようだ。
「気がぬけちゃった⋯⋯そうだカメラで監視されてるんだ!」
「ちょっとだから、商品を乱暴に扱うのはいくら魔法使いだからってわたし怒るわよ!」
「ごめんカリンさん、三十秒だけこのままにして」
ぼくがカウンターショーケースのしたにある商品の在庫をひっぱりだしてもぐりこむのを見て、カリンさんが発狂寸前の鬼のような顔になったけど、申し訳ないけどそれどころじゃないんだ!
この“透明化”の状態を維持するには、一定の集中状態を脳の一部に確保する必要がある。そして一度とけてしまうと次に発動するまでのインターバルが必要なんだ。
つまりこれからの三十秒、防犯カメラにバッチリぼくの姿がうつっちゃう!
ぼくはなんとしても歌姫を近くで見たい!さっきひとめ見るまでは画面のなかのひとで、ぼくは彼女の歌にここちよさを感じるだけで、会いたいなんて思ったことはなかったんだ。
だけどさっき、あのはかなげに空を見上げる姿を見たとき、ぼくは彼女に会いたくなった。いいようのない親近感がわいたんだ!そしてカリンさんの話をきいてその正体がわかった。
「彼女は、歌姫みこは、魔女だ! ぼくとおなじ、魔法使いなんだよ! ⋯⋯ぼくはどうしても彼女に会いた――」
がらにもなく声を張り上げそうになったとき、カリンさんの両手がぼくのパーカーをつかんだ。
「あなたの興奮はわかったわ! だからでてきなさい! このお店の内側はちょうどショーケースの影にしてあるから、監視カメラにはうつらない、っの!」
「――あ痛ッ」
⋯⋯⋯⋯⋯。
床に転がされたぼくの視界でのびる、柱のような長方形。
「⋯⋯⋯⋯⋯三角帽子を置いてた縦型のショーケース。 なるほど、カメラはこれの向こうにあると?」
「わかったならすることがあるでしょう?」
「はい」
ぼくは体を起こして正座すると、缶ビールと缶チューハイが主食の中年男性がくらす六畳間のごとく散乱した服たちを一枚一枚丁寧にたたみなおしていく。
(はあ。 今日は予想外の連続だあ。 とくにあのセキュリティに会ってから、不慣れなできごとに翻弄されてるよなあ。 見つかったのがカリンさんにだからよかったけど⋯⋯)
普通のひとだったらこうすんなりと信じてはもらえなかったよ、ぼくが魔法で透明人間になってたなん⋯⋯⋯て?
「手が止まってるわよ?」
「ねえカリンさん、うそはついてないよね?」
その声はかさなった。
「うそ?」
「うん」
ぼくはまっすぐに目を見た。
「カリンさんはどうして、“透明人間状態でエレベーターをおりたぼく”を目視できたの?」
「⋯⋯⋯まさかあのときすでに、透明だったの?」
「うん」
それにあの三角帽子。 透明化したぼくの手は、物質をすりぬけるはずだ。
「カリンさんもしかしてぼくを――」
そして、信じたくない可能性を言葉にするぼくの声と、
「まさかわたしに、魔法の才能が――?」
火よでろ水よ流れよ風よふけはああああ――ッ!とまるで昼休みの小学二年生教室からきこえる男子児童のような声がマダムの口から飛びでたのは、同時のことだった。
「⋯⋯⋯⋯だめよ、でないわ」
「⋯⋯⋯⋯でないね」
「残念だわ」
「うん」
ぼくはいったん思考を放棄してでも、このマダムを信じてみようと思った。