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3話:マダム・カリン・トンの不思議な服屋さん

「“マダム・カリン・トンの不思議な服屋さん”⋯⋯はっ、悪夢じゃねえか」


 その男はエレベーターを降りると見るからに不機嫌そうな顔で、ぼくのいるショーケース裏に近づいてきた。


 看板を見て悪態をつきながらも、その眼球はぐるりとまるでハエを追う爬虫類のようにまわっている。


「いらっしゃいませ、何をおもとめかしら?」


 帽子を目からずらしてその様子を見ていると、肩の上から声がした。ぼくはため息をつく。横目にいっしゅん見えた横顔には、かわらない妖しいえみがあった。こんな失態は生まれてはじめてだ。


「あん? 誰もいねえじゃねえか。 店じまいもしねえでいいご身分だなまったく。 ⋯⋯ち、世界的アーティストかなにか知らねえが、そんなにひとめ見たいもんかねえ」


 その警備員の男は店内をのぞくと、ぼくと店主のおばさんがいるあたりをギロリとにらむように確認してから、タバコの煙をはく。ほそいスーツのそでからしゅっとしてスウ、流れるような動作だった。


 タバコといっても、近年主流の電子タバコだから火はない。だけどほかにひとがいないとはいえ、まさかタワーホテルのフロアの一角にあるショップのなかで一服するなんて。ね、火災報知器が騒ぐはずだ。


「ああもしもしおれだ。 とめてくれ」


 一声でサイレンが鳴りをひそめた。


「150年に一度の歌姫ねえ、おれにゃよくわからんがよそ見してねえで仕事しろ。 ああ? わかったわかった吸わねえ吸わねえ。 ⋯⋯ったくわがままムスメが、バルコニーなんざ目立つ場所に立ちやがって。 こっちは不可解な登山少年に暇つぶされてタバコもロクに吸えねえ」


 二服目いったあ――。吸えねえいいながら、三服四服、ぷくぷくがとまらない。ここが服屋だからってその服は御法度だよ。電子タバコのポップコーン臭が、鼻をぴくぴくさせてくる。


「あの、お客様⋯⋯いえ警備の方よねえ? どなた様にしろ、ご遠慮いただけないかしら? 喫煙所じゃないのおわかり?」


「っち、あの赤パーカーのガキ。 どのコネもった子連れのセレブだろうがきっちり(ナシ)つけてやる」


 どっちも声にトゲがある。それが一方通行に、流れてく。⋯⋯どうせだから、ぼくも思いの丈を流すことにするか。


「ここの宿泊客のお金持ちの子に、ぼくのそっくりさんいてくれないかなあ。 いたらすぐにさしだすから。 だから一服して欲しい。 ぼくから遠く離れた場所で」


「ねえ、これは何が起きているの?」


 なんてボヤくと、マダムの顔がドアップにきて、警備員がぼくの顔にむかって煙をはいた。バチが当たるとはこのことだろうか。


「あなた、わたしは見えてるかしら? ねえあなた、このひとに追われているの? 何がおきてるの?」


「落ち着いてください」


 おばさん⋯⋯マダム・カリン・トンの店主のマダム⋯⋯⋯カリンさんでいいや。カリンさんが困惑した顔を鼻先まで近づけてきたから、ぼくはとっさに手のひらを胸の前に出して、半歩下がって距離を取った。のに、コーヒーとミルクの香りがした口はまた距離をつめてくる。


「見えてるのね? あなたはわたしのこと、見えてるのよね! ねえ! これはいったい、何が起きてるの!」


「あーーそのえっと、これはその⋯⋯あっそうだ」


 どう説明すれば、この荒ぶるイノシシのように猛進するマダムをとめられるだろうと視線をさげたとき、ぼくはぼくの手の中にある黒い三角を思い出して、それを頭に乗せてみる。


 それから、その三角帽子をまぶたが隠れるくらい鼻先まで深くかぶって、歯が見えるくらい口元をつりあげると。


「魔女⋯⋯」ぼくはせいいっぱい、茶目っぽくいった。


「じつはぼく⋯⋯魔女なんだ」


「あなた女の子だったの!?」


「そうじゃないんだよなあ」


 天然、いやいまのはぼくが悪いのかとヒタイに手を置くぼくをよそに、男は二度めの電話をかけサイレンを鳴り止まさせると、ぷかぷかと浮かぶ煙をつれてフロアの奥に消えていく。



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