1話:魔法と三角帽子
「あら、いらっしゃいませ」
世界を騒がす歌姫がきた。
ぼくん家のすぐ近くにある、“ニューゲイト・タワーホテル”の最上階に。
「おきにしめたかしら?」
そこはすっかり観光地化した有名な“パワースポット神社のある山”のふもとに去年できた、ピカピカのホテル。ちょーど今日で一周年なのに、今朝オープンしたようにまっしろな不思議なホテルだ。
そこにあの、世界中をお祭り状態にしていた“みこ”がお忍びできていたのが発覚したのが今朝。
町中の誰もが浮き足だって、彼女をひとめ見るため路傍に立ち並んでいる。
おまわりさんもたいへんだなあ。
ただでさえ今日は地元のお祭りの日で、太鼓台が出て花火もあがるというのに。交通整理に治安維持、ホテルの近くなんてとてもじゃないけど近づけないほど、ひとであふれていたもんね。
「ほんと、外はすごい大騒ぎねえ。 うちの子も今朝から写真送ってこいってね。 ここで働いてるからって会えるわけじゃないのにねえ」
で、ぼくはいま、そんなニューゲイト・タワーホテルの二階にある“マダム・カリン・トンの不思議な服屋さん”の前で、マダムらしきおばさんにつかまってるわけだ。
(まいったなあ)
今朝、友達の楽生が、『たいへんやメト! このまえ抽選に当たったゆーたやろ? オレが招待されたタイミングで、歌姫が泊まりにきてん!』なんて自慢をスマホに送ってくるから、『ラクショーの自慢は長くてめんどうだから ぼくも見てくるよ』との返信を実行しにホテルに忍びこんだのに。
エレベーターをおりてすぐに待ち構えてるんだからマダムったら。
(ワナにかかった野生動物って、たぶんこんな気持ちなんだろね)
「おみやげかしら? それともプレゼント? ごめんなさいねえ、うちの商品は男の子の服がなくって」
「うん、それは見たときにわかった」
あまり時間をさくわけにはいかないけど、これは逃してくれそうにない。お客を見るというより、井戸端会議の相手をさがしてうろつくおしゃべりゾンビの目をしてるから。
ただすこし違うのは、このマダムのほほえみはどこか妖しい。
「かわいいもんね。 それじゃ、おみやげに見せてもらう」
しかたがない。(思い出の)おみやげに見せてもらおうか。
「どうぞ、ゆっくりしていってね。 それで、じつはこれ全部、わたしの手作りでね〜」
ラジオ、店内bgmのラジオ放送がはじまったんだ。そういいきかして、ぼくは商品に目をやることにした。
「⋯⋯これ」
ガラス張りのディスプレイショーケースには、街のショッピングモールでは見ることのない、かわった商品がたくさん並んでいた。
そのなかでも最初に目についたのが、天井近くまで細長くのびるショーケースの6段目にたてて置かれた、魔女がかぶるような三角帽子だ。
「本物、初めて見た⋯⋯」
「かぶってみる?」おばちゃんがそれを手にとって渡してくれる。
「いい」つい受けとったけど、これといってみじんもかぶる気はしない。
「とてもステキなボウシだけど、うちのおかあさんにはこれに合わせる服がなさそうだし」
「それは残念」
ちっとも残念そうになくそういうと、おばさんは他の商品をガラスのうえに並べてくれる。
返しそびれた三角帽子をもったままだけど、もうしばらくの暇つぶしにお付き合いしよう。
妖精のような羽のついた、カラフルなドレス風な子供服。りんごのようなベレー帽。一点のヨレもない、エレガンスなよだれかけ。親戚のおねーちゃんの子供に着せたいとは思う。
他にもたくさんあるけど、かろうじてぼくに装着が許されるのは、おしゃぶりの形をしたリングキャンディくらいだろうか。
⋯⋯ごめん、これも絵面的にキツいか。もとよりサイフも持ち合わせてはないけど、どれも高そうな一級品で、それでいてどれもぼくには不似合いだ。
ぼっとしてると、おばさんが「くすっ」っと妖しく笑った。
「そういえば、この話は知ってるかしら? 今日は彼がかりだされてるんだって。 ほら、わたしも見たことはないけど、ウワサくらいはきいたことがあるでしょう?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
彼。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん」
「?? どうしたの? 顔色がよくないわ」
彼だ。なぜかわからないけど、ぼくはこの手の予感がよくあたる。だから時間をさくわけにはいかないっていったじゃないか。
うしろのエレベーター。マダムがその話題を口にしたとき、昇降ランプの上矢印が点灯したそれは、おそらく運んできている。
「ああ。 ごめんなさい、若い子は興味ないわよねえ。 あのね、このホテルにはすごいお方がいるの」
「知ってる、その彼は」
ゆったりとしたマダムの、ここちいいおしゃべりさえわずらわしく感じて、つい早口でさえぎったとき、到着を知らせるチャイムがピコンと鳴った。
もう間違いない。冷や汗がそれを教えてくれる。ムダな行為と思いつつも、顔半分をおおい隠すように三角帽子を深くかぶる。と、同時、マダムが心配したように、トンガリの先に指をおいた。
「どうしたの? その彼は?」
やらかした――あのつめたく重い箱にいるのは、隣の別館の最上階からぼくを追ってきた、
「⋯⋯人類最強の、警備員だ」