転生チートはなかったけど婚約者のおかげで無事でした
妹がやっていた乙女ゲームを覚えている。
「なあ、この王子って馬鹿なのか?」
何でこんな綺麗で頭良くてずっと自分を想って支え続けてくれた婚約者の公爵令嬢が居るのに入学式当日に出会ったばかりの少女――しかもあざとい系に惹かれてこんな公衆の前で婚約破棄なんて叫ぶの?
あんた王子だよね。外聞とか気にしないのか。こんな馬鹿騒ぎしてどう責任を取るつもりなんだ。
しかもゲームヒロインに危害を加えたから?
「自分の地位を脅かす存在に生ぬるいことを行う時点で公爵令嬢が犯人じゃないだろうし、浮気する男が悪いんだろう」
「何言っているのよ。真実の愛に目覚めたから仕方ないのよ!!」
「……………よく分からん」
これのどこがいいのか。浮気だろう。浮気を正当化するために冤罪に持ち込んでいるようにしか思えないからこれって名誉棄損だろう。
そんなことを思った。
特に興味なかったけど妹から見せられた攻略サイトには課金アイテムで好感度を上げるアイテムが大量にあったので麻薬か何かかよと戦慄したのが影響したのだろう。
俺は転生したらそのお馬鹿な攻略キャラな王子になっていた。
「殿下? 何を調べているんですか?」
図書室で調べ物をしようと本を漁っていたらいきなり声を掛けられた。
「ふっ、フランチェスカっ⁉ 何でここにっ⁉」
ストレートな黒髪を腰まで伸ばして、紫色の瞳を向けてくる公爵令嬢。婚約したから一緒に居る時間を作って交流を深めたいとお願いして勉強などを一緒にするようになったがまだ約束の時間よりも早かったよなと慌てて時計を確認する。
「すみません。……殿下に少しでも早く会いたくて……」
ぼそっと告げられる言葉にうん可愛いと顔に出さないけどノックアウトされる。こういう時イケメンに転生したことに感謝する。女の子にデレデレしてもイケメンだから許されるのであって、前世の自分だったら不審者扱いだろう。
「いや、嬉しいよっ!! でも、驚いたな。よくここが分かったね」
「それは……侍女が教えてくれたので」
図書室の入り口に控えている侍女を見て、ああ、なるほどと納得する。常に周りにいるのに慣れてしまったけど、護衛も侍女も普通にいるからな。
「殿下は熱心ですね。隙間時間に自主学習なんて……」
「いや、必須事項だから」
手に持った本を見せる。
「薬学……禁止魔術……」
「僕は王子だからね。僕を傀儡にして都合よくことを勧めようとする輩がいるかもしれない。だけど、知識があって対策を取れれば防げるかなと思ってね」
そう課金アイテムとか課金アイテムとか。
いろいろあったのだ。妹に見せられた攻略サイトの課金アイテムはヒロインの魅力を上げる魔法とか――その時点でヒロインやばい属性魔法を持っているじゃねえか。魅惑の香水とか――禁止薬物だろう。と思われる数々の品。
課金アイテムってさ……、普通通常なら使えないルートに行くための鍵とかさ。強くなるためのレアアイテムとかじゃないの。自分の知識が偏っている?
「防げる……?」
「そう。たとえば、この目と目を合わせるだけで相手を意のままに操れる魔術とかさ。禁術だからって使用禁止にしても違反して行なう者も居るかもしれないだろう。それならばさ、それ対策の魔術を考えた方が確実だと思うんだよね」
何で明らかに禁術なのに課金アイテムとか課金システムで使えるようになっているの裏ありまくりだろう。
陰謀説を押す。
「そうなんですね。素晴らしいお考えです」
「褒めても何も出ないよ。思いついただけで対策を取れなければ一緒だしね」
実際禁術は調べられたけど無効化する方法は難しい。以前何かで聞いたミックスジュースを元の形に戻せるかと言えば戻せないというのはこういうことかと実感した。
「壊すのは一瞬だけど、直すのには時間掛かるってあったな……」
前世で見た戦争で壊されてしまった文化財を修理するドキュメンタリー番組だったか。
リハビリとかも生活できる域まで回復させることは出来るけど、以前のような生活を保障する事は出来ないからそれにどれだけ近付けられるかが医療に関わっている人たちの挑戦だというのも聞いたような……。
「魔法があるのだからそこらへんは簡単かと思ったよ……」
転生チートも内心期待したのだ。だけど、全くなかった。
「時魔法という魔法属性を持つ人もかつてはいたという話はありましたけど、本当かどうか分かりませんしね。完全に元に戻す技は、聖人と呼ばれる者しか行えないとか」
調べていた本を先に読み終わって解読したフランチェスカの言葉に、
(そういえば……妹に無理やり見せられた攻略サイトで馬鹿王子は自分が優秀じゃない劣等感で婚約者を毛嫌いするようになったってあったな)
というのを思い出すが、どちらかと言えば自分の場合、何とかする方法はないという絶望と、そこまで苦労して調べたあの難しい本を自分よりも先に理解できたフランチェスカを尊敬してしまう。
王族として足りないところが多すぎる自分にはすごく勿体ない婚約者だ。
「そっか……じゃあ、未然に防ぐしか方法ないか……」
ゲームのヒロインが実際はどんな性格か分からないけど、あんな課金アイテムがある世界だ信用してはいけないだろう。悲しいことに……。
(人を見たらドロボウと思え。というか人を疑うのが当たり前の環境というのは切ないな。そこまでしないと自分が攻略キャラという立ち位置からの脱出も出来ないし、王族としての国も民も守れないというのが現状だけど)
「殿下。殿下?」
ずっと考えていたらフランチェスカに呼ばれていたのに気づかなかった。
「殿下」
じっと目の前に覗き込まれてびっくりした。フランチェスカはまだゲーム本編前で幼いのだが、さすが乙女ゲームのヒロインの前に立ち塞がる存在。悪役令嬢という言葉はいろいろ相応しくないと思うが悪役令嬢と言われるだけある将来美人になるのが決められているような顔立ちだ。
「殿下がそこまで憂いておられるなんて……」
フランチェスカが呟く声。
「殿下っ!! わたくしが何とかしますっ!!」
誓うように宣言するフランチェスカに、
「あっ、ああ、じゃあお願いするね」
勢いがすごすぎて押されるように頷いた。
数年後。恐れていたゲーム本編スタートの時期が訪れた。
自分の感覚では王族として産まれて自分のすべきことを理解しているのにそれを捨ててまで恋に走りたくないし、そもそもぶりっ子ヒロインは好みではない。好みのタイプはフランチェスカだ。それでもこの手のパターンに実際あるのかどうか分からないが強制力というのもあるのでそれを警戒した。
(好みのタイプじゃない。フランチェスカが好きなのだ。そこでヒロインに心惹かれるのなら強制力か魅力の課金アイテムだけだろう)
油断すると掛かりやすいと聞くから注意しないと。
「殿下おはようございます」
「おはようございます殿下」
「おはようございます」
次々と声を掛けてくるのは側近候補とその婚約者たち――つまり、攻略キャラと悪役令嬢たちなのだが、その関係性は良好だ。
どこぞの騎士団長の息子に手作りのお弁当を持っていくと喜ぶかもしれないと唆したり、どこぞの天才少年に解けない謎を持ち込んで興味を惹かせたらどうなるんだと話題を振ったり、どこぞの宰相の息子に机上の空論では分からないことがあるだろうと振り回したりと、いろいろ婚約者を唆して行った結果、仲よくなったとか報告を受けた。
『側近のことまで気に掛けるなんて殿下は素晴らしい方ですねっ!!』
そんな自分の行動をフランチェスカは大げさに褒めてくれて、そこまで褒められて嬉しいやら恥ずかしいやら。
(なんでこんな素敵な子を捨てて他の女に走れるんだろう)
つくづくゲームのお馬鹿王子が信じられない。
そんな面々とゲームのOPのシーンであるヒロインとぶつかるが再現された。
「きゃっ、ごめんなさい!!」
ゲームと同じように遅刻しそうになって走ってきたヒロインと衝突――する前に騎士団長の息子が前に出て防いでくれたのでそれは起きなかったが、彼女と目が合った瞬間きらきらと光り輝いているような感覚に襲われる。
(これは強制力か……)
引き寄せられる。彼女がどんどんかわいく見える。
「あたしって、ホントドジで☆」
自分でこぶしを作って軽く殴る様にあざとさを感じるが、それよりも可愛いとしか思えなくなる。こんなの自分じゃないと慌てて正気に戻れと言い聞かせようとするがうまくいかない。なんかヒロインから良い匂いが……。
「殿下。失礼します」
フランチェスカが足をカックンと攻撃したと思ったらどこからともなく目薬を取り出して差してくる。
「あっ……」
さっきまで魅力的だったヒロインがただあざといイラつく存在に変化する。でも、良い匂い……。
「こっちも必要ですね」
今度は点鼻薬を取り出して鼻に勢いよく突っ込んでくる。正直痛い。
「フランチェスカ様っ⁉」
「皆さんも婚約者に対処してください」
人数分の目薬と点鼻薬を取り出してあっという間に差し出すと自分と同じようにヒロインに魅力を覚えた面々に焦っているからか乱暴に目薬しやすいようにしゃがませて――天才少年の婚約者は唯一相手よりも背が高かったのでそんな手間をかけていないで、顎クイで目薬も点鼻薬も行っていた。
「フランチェスカ。これは……?」
「殿下に言われて研究してきました、魅了アイテムを防ぐ薬です」
と誇らしげに告げると、
「なっ、何それっ!! そんなのゲームになかったでしょ!! せっかくお小遣いを貯めて購入した課金アイテムがっ!!」
はい。転生者確定です。
そこで自白したので王族である自分に危害を加えたとして、すぐに警備の者に捕まっていった。
「お願い助けてよっ!! ルブラン!!」
喚いて暴れる様に、
「――お黙りなさい」
ヒロインにフランチェスカが近づいたかと思ったら一喝する。
「殿下が魅了の効果の薬をどれだけ恐れていたのか!! 殿下を軽々しく呼び捨てなどをして、羨ましい!! あと、殿下を思い通りにしようとするなんてなんて烏滸がましい!! わたくしだって、出来たらしてみたいのを自重しているのに!!」
「えっ!! 何でフランチェスカがBADENDのヤンデレ化しているのよっ⁉」
「殿下の憂いを無くす。貴女のような輩が居るから殿下はずっと苦しんで……」
「フランチェスカ……」
乙女ゲーム開始に怯えていたのも、魅了の課金アイテムをどうにかしたいと対策を考えて何も出来ないでいたのもずっと見られていたのだ。恥ずかしい……。
顔に出さないように気を付けつつも、フランチェスカの話はまだ続く。
「自分が怯えているのにそれでも国のため。民のために色々動かれて、側近たちのことも案じられて……そんな殿下を苦しめるなんて万死に値する!!」
「ひぃぃぃぃ!! 御免なさい!! 許して!!」
怯えたように捕まえている騎士たちに、
「さっさとこの女を遠ざけて檻でも牢屋でもいいからっ!!」
檻も牢屋でも同じだけどよほど恐れていると言うことだろう。騎士たちを引っ張るように自分から刑罰を受けに行く様にあっけに取られてしまいつつ、
「フランチェスカ……ありがとう」
そんな自分をずっと気に掛けていてくれたのだとお礼を告げる。
「いえ……それが婚約者の務めです」
誇らしげに微笑むさまに、
「婚約者ならそろそろ名前で呼んでほしいけど」
ヒロインに呼び捨てにして羨ましいと言っていたから呼びたかったのかなと思ってお願いしてみる。実はずっと殿下呼びで寂しかったのだ。
「そ……そんな……恥ずかしい……」
顔を赤らめて告げてくる様に可愛いなと思ってしまう。
「なら、呼びたくなったら呼んでほしいな」
本当は今すぐでも呼んでほしいが無理強いはしない。
そういえば、いろいろヤンデレな発言が聞こえたけど、フランチェスカならいいかと恋は盲目なので気にしなかった。
BADENDだと殿下も殺してわたくしも死ぬというヤンデレ一直線キャラでした。