第94話 生存者を発見する
廊下で美夏達が尋問をしている間、楓は実験室のPCを使って情報を引き出そうとしている。
多くはパスワードが掛かっているので深くは調べられなかったが、ざっくりとこの施設がどんな用途で使われていたかが徐々に見えて来た。
「これ以上は、本部の誰かに調べてもらわないと無理だな」
徒労感を覚えながら手近な椅子に腰を下ろして、闇切丸に心の声で話しかける。
(どうしたマスター?)
「あのなぁ、この様子が分かっているんだろ?そんなリアクションなのかよ」
(ああ、我はヒト的な意識を持っているが、ヒトのそれとは違っているらしい。悲惨な状況なのは分かるが、それに乱される事はないからな。以前の何人かのマスターには嫌われたよ)
「そうなのか、気が付かなくてすまない。それで、美夏達に負担を掛けたくないから、俺も感知魔法を使ってみたいんだ。いけるか?」
(分かった、だが昨日は苦戦していたが大丈夫か?)
「ああ、さっき美夏と情報魔法で繋がった時に、とっかかりを掴んだ。短時間ならなんとかなるだろう」
そう完全に闇切丸を抜き放って、精神を集中させる。
「おっと、感知条件を意識しないとだった。動態反応を感知する」
刀身に魔力を流した後、すぐに魔力を拡散させるイメージを頭に浮かべると自分を中心にして魔力の波が広がって行く、その距離は美夏と美冬が使う魔法よりかなり狭く、半径約20メートルが限界だった。
楓が発した魔力は決めた検索条件に引っかからない物質をすり抜けて行き、動いている物体に触れると反射をしてその位置を楓に伝える。
「ふうっ」
体内の魔力が急激に減っている事が分かる、闇切丸でシャープネスなどの直接攻撃タイプの魔法を使うより3倍は消耗が激しい。
(マスター。分かっているか?そろそろ魔力の限界だぞ?)
そう闇切丸の声を聴きながら、楓の感覚が自分の認識していない動態反応を捉える。
距離は3メートルと認識した楓は感知魔法を維持したまま闇切丸をそちらへと向ける、そうすると動態反応が強くなり、死体と思っていた1人の女性エルフの心臓が微かに動いている事を認識する。
急いでその傍に行って、エルフの様子を観察すると五体満足だが布に覆われていない腕に脚に複数の手術痕が見えている。
脈を取るが微かにあるのか?という程度に弱々しいので自分では手に負えないと判断を下す。
「これは俺じゃ助けられないな。さっきここに来るなと言ったが、美冬を呼ぶしかないか…」
この実験室の惨状を見せたくなかったが、美冬を呼ぶと入り口から姿を現す。
この部屋の状況を見て取ると口に手を当ててショックを受けた表情を見せるが、楓の深刻な様子を見て近づいて来る。
「楓にい、どうしたのー?」
「ああ、あのエルフだけど瀕死だが生きている、助けられるか?」
ここの凄惨な様子は戦場のそれとは違う、美冬の心に深刻な影響を及ぼさないといいな、と思いながら話しかける。
「うんー。見てみるね、楓にいは廊下とここの両方の監視をお願いできるー?」
「分かった・・・すまないな」
「ううんー。いいのよー」
そう言って楓が美夏と美冬の援護位置に着くと、廊下の様子は落ち着いているようだ。
「楓にい、良く分かったわね。この人は何らかの手術を行われた後に何かの薬物を使われているみたい。傷もそうだけど薬物の影響で血圧、脈拍、呼吸回数も危険水域に入っているわ」
「助けられそうか?」
「うん、かなり魔力を使うけどね。すぐにかかるから見張りをお願いー」
そう言った美冬は、大きい身振りをし始める。
楓はそれが高度な回復魔法を使うための「舞」という事を知っている。
魔法は詠唱や簡単な身振りで発動が出来るものもあるが、効果が高いものの多くはこの世界に存在するエーテルに働きかけるため、大きい身振り手振りを行う必要がある。
「名乗らずの生命の精霊よ、我が呼びかけ応じてここに来たまえ、この者に自愛の息吹を与えたまえ・・・」
詠唱をしている美冬の魔力の濃度が急激に高まり、周囲に蒼色の球体が出現する。
それを慈愛の表情で優しく掴み、自分の胸に持っていくと美冬体内に入って行く。
「真輝再生」
美冬の右手が清冽な青の輝きを発し、それを女性エルフの胸の辺りに当てると光が体内へ入って行き、数秒すると手術痕から蒼い光が漏れて行く。
「ご・・・ごふっ・・・ぐふっ!」
呼吸の気配がなかった女性エルフが咳き込んだ後、ビクンビクンッと激しく痙攣を起こす。
「大丈夫、大丈夫ですよー。落ち着いて、息を吸って、吐いてー」
仮死状態から復帰したショックで、パニックを起こしそうになっていた女性エルフを美冬が介抱を始める。
その様子にホッとしていると、美夏が傍に来る。
三島達が妙な真似をしないように、楓はシグザウエルの銃口を向けて牽制する。
「どうした?」
かなり疲れた様子を見て取って、プレキャリのポケットから梱包した携帯用のスティックケーキを取り出して美夏に渡す。
「ありがとー。気が利くわね」
中身は保存が利くように作られたレアチーズケーキで、味は普通のものより落ちるが美夏は気にしないようだった。
「・・・はあ、少し心が軽くなったわ。連中の尋問を終えたんだけど、酷い内容だったわよ」
「そうか・・・」
「うん、美冬が今その部屋に居るんでしょ?被害者は相当な事をやられているわ。それは後から話すけど、気分転換を兼ねて増援の受け入れをしに行くわ、通信が入りやすい位置に行くから捕虜をよろしくね」
そう言って階段の方へ向かう美夏の背中を見ながら、捕虜の傍に来た楓は思考を巡らせる。
(俺達だけじゃあ、手が足りないな。そもそも今回の目標はこの工場内に橋頭保を作るまでだったはず。だが、緊急事態が発生したのでこんな事になっているが、完全にキャパオーバーだ。キャパを増やす方法はいくつかあるが、人員の増強と俺達自身の戦闘力の向上が必須だな・・・人員については本部に相談をして、俺達は戦闘力の訓練の時間を増やすようにするか・・・?)
そう考えていると、階段の方から複数の足音が地下に響いて来たのだった。




